第22話 実技試験③
俺たちは実技試験の列に並ぶ。
まったく、サイラスのやつ‥‥‥クロに似て厄介な奴だ。
‥‥‥クロもこっそり見に来てるなんてないよな? 大丈夫だよな?
「サイラスさんと知り合いなんて、もしかしてギル君って実はすごい人?」
ベルベットが純粋な眼で俺に尊敬の視線を送る。
ドロシーとは大違いだな。
「いやいや、たまたま前に知り合う機会があっただけだから‥‥‥」
確かにサイラスが俺の魔術を見てこの学校に誘ったのは事実だけど‥‥‥それどころか学費まで工面して貰ってるわけだし‥‥‥傍から見ればサイラスが認めた魔術師って感じだよなあ。
うーん‥‥‥そこら辺の細かいところは誰にも言わない方が得策だなこりゃ。知り合いってだけでこんな反応されるとは想定外だ。
「ふーん‥‥‥。でもあのサイラスさんが目を掛けるなんて‥‥‥やっぱりサイラスさんがギル君に何か感じ取ったんだよ!」
「おいおい、何でもかんでも純粋に受け取り過ぎだろ‥‥‥。それにサイラスってそんな目を輝かせる程のやつか? 俺にはただの腹黒い優男にしか見えないんだが‥‥‥」
「とんでもない! グレイス家といえば名の知れた一族だよ。しかもサイラスさんの一番上のお兄さんは宮廷魔術師として活躍していて、お姉さんは魔術院で天才と言われた才女よ?」
そういえば、大分前にサイラスが言っていたことを思い出した。
兄弟の中でも出来損ないだったと。
それだけ立派な兄と姉の下で育ったという訳か‥‥‥。
「そしてサイラスさんは史上最年少で騎士団の試験に合格し、あの若さで異形狩りの部隊長を任される人物なのよ! そりゃすごいってもんじゃないわよ」
「ふーん‥‥‥サイラスも相当努力したんだな。エリート一族って訳か。ベルベットに姉弟はいないのか?」
すると、ベルベットはびくっと一瞬体を硬直させる。
なんだ‥‥‥地雷でも踏んだか?
しかし、それもほんの一瞬のことで、ベルベットはすぐさまいつもの笑顔に戻る。
「一応いるわよ、この学校の3つ上なんだけど‥‥‥。あの人は本当の天才だから‥‥‥。私と同じ血が流れていると思えないほどにね。優勢な遺伝子はすべて姉が持って行って、私はそのおこぼれみたなものだから」
「そんな卑下しなくても‥‥‥‥‥‥」
「いいの、わかってることだから。‥‥‥だからこの学校を受験するのは私にとっては挑戦みたいなものなんだ」
「‥‥‥‥‥‥」
なんだか家族の事情はよく分からないが、ベルベットと姉ちゃん‥‥‥何か引っ掛かるところがあるみたいだな。
何もないところから、ただ一人で魔術を学んできた俺にはよくわからない感覚だ。
身近に比較される対象がいるっていうのはどういう気持ちなんだろうか。
「えへへ、余計なこと話しちゃったね。とにかく、サイラスさんは凄い人なんだよ」
「ふーん‥‥‥。ま、少しは尊敬のまなざしを送ってやるか」
「ふふふ、そうしてあげて。まあ、そういう素な反応をしてくれるギル君だからこそ構いたくなるのかもね」
「どうだか‥‥‥」
◇ ◇ ◇
前方の演習場への入口の方からざわざわと湧き上がる声が聞こえる。
「ん、なんだ?」
「グリムさん‥‥‥」
どうやら先ほど試験を終えたグリムがちょうど演習場から出てきたところのようだ。
この騒ぎよう‥‥‥まるで有名人だな。
‥‥‥いや、魔術師界では立派な有名人か。
自信に満ちた顔で堂々と歩くグリムは、何やらこちらの方をチラッと見ると、一瞬目を見開き、何を思ったのかこちらの方へ寄ってくる。
「なんかこっちの方来てねえかあいつ‥‥‥」
「うん‥‥‥」
とうとう俺たちの前まで歩いてきたグリムはベルベットの方を向き、口を開く。
「やあベル、久しぶりだな」
「グリムさん‥‥‥」
え‥‥‥まさかの知り合いかよ!
「君のお父さんから聞いてはいたけど、やっぱりここを受験していたんだな」
「‥‥‥うん、挑戦したかったからね。あの家にも私を認めさせないといけないから‥‥‥。グリムさんもここを受けているとは思わなかったけど」
グリムは軽く肩を竦める。
「ま、俺はもともとこの学校に興味があったからな。一応学んでおきたいこともあるし‥‥‥。――っと彼は?」
グリムは俺の方を見ながらきょとんとした表情を浮かべる。
「ああ、えーっと彼は昨日知り合った人で、ドロシーの知り合いのギルフォード君」
俺は軽く会釈する。
グリムは値踏みするように俺を上から下まで眺める。
おいおい、男にジロジロみられるのは気持ち悪いな‥‥‥。
「ギルフォード‥‥‥面白い名前だな。実力はどれほどかは分からんが‥‥‥」
「ちょ、ちょっとグリムさん、その言い方は‥‥‥」
昨日のレンとは大違いな反応だな。
ま、こいつは名が知れた魔術師側の人間だし、こんなもんか。
「いやいや、気にしないよ俺は。まあどうやら英雄と同じ名前になっちまってるみたいだし、周りが勝手にハードル上げるのは何となくわかってきたよ」
「今までそういう機会がなかったのか?」
「森育ちなもんでね。残念ながら俺の名前を気にするような奴はいなかったかな」
「‥‥‥なるほどな。まあ俺は名前がどうこうなんて気にしないぜ? 思ったことがつい口から出てしまうタイプでな。気を悪くしたらすまない」
これは意外だな‥‥‥てっきり敵視してるもんかと‥‥‥。
「いや、俺はそういうのニブイからさ、別に気なんて悪くなってないよ。それより、さっきの試験みさせてもらったけど、なかなか闘い慣れてんのな。ここを受験するような奴らはみんなあんなに戦い慣れてんのか?」
「いやあどうだろうね。俺たちみたいな家の名前が強いところは指南役の魔術師を雇ってたりするもんだから、俺くらい戦えるような奴はゴロゴロいるんじゃないかな。逆にポッとでの魔術師なんかは戦闘は苦手かもね」
ゴロゴロねえ‥‥‥。こいつ程闘い慣れてる奴なんてそうそういるわけねえ気がするが‥‥‥。
ポッと出というワードもなかなか危険なワードだが、きっとこれも悪気があっていったんじゃないんだろうな。
‥‥‥いや、悪気がないのに出るかこのワード‥‥‥?
「あーでもそうだな‥‥‥結構若い魔術師の間でスポーツ的に魔術の戦闘をする競技がはやっているから、そういう界隈出身の受験者なら俺たちよりもっと闘い慣れてるかもね」
「ふーん、魔術の戦闘競技なんてもんがあるのか‥‥‥。そりゃ魔術を極めるにはうってつけの手段だな」
「ははは、君は実戦を重視するタイプなんだな」
「森では命がけだからな」
「そうか、ますます君に興味が出てきたよ。是非一緒に受かって手合わせ願いたいね」
「そうだな。お互い受かるように祈ってようぜ」
グリムの眼が、真剣に俺を見据える。
社交辞令‥‥‥ってわけじゃなさそうだな。
「あっ、ギル君、そろそろ出番くるみたいだよ」
「お、そうなのか」
「じゃあ俺はこれで。ベルもがんばれよ」
「うん、グリムさんもお疲れ様。またね」
グリム・リオル‥‥‥か。
恐らく、俺たちの世代の最強候補といったところか。
俺と話してる間もチラチラと見てくる奴が多いのなんの。
間違いなく一番の注目株だろうなあ。それにベルベットも。
二大有名人が話してりゃそりゃ注目もされるわな。
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