第21話 実技試験②

 実技試験は、演習場を使って行われる。


 演習場はさながら闘技場のようになっていて、第一から第三まで、三つの会場がある。

 演習スペースをぐるっと囲むように席が用意されていて、360度すべての角度から演習が見られるようになっている。


 演習場に入ると、丁度他の受験生が試験を受けているところで、魔道人形相手に戦闘を行っていた。


 少年は魔法陣を描いて応戦しようとしていたが、そんなものを待ってくれるはずもなく、受験生目掛けて突進する魔道人形に捕まり、地面へと押し倒される。


「うわあ‥‥‥魔道人形って言ってもかなり高性能のやつみたいだな‥‥‥。あまり手を抜くと一気に勝負をもってかれそうだ」


「さすが最高峰の魔術学校っていう感じでだね。魔道人形の調整も完璧‥‥‥。見る限り魔道人形は汎用魔術程度なら扱えるみたいだし、結構大変そう」


 奮闘も空しく、その少年はギブアップをし、演習場から姿を消す。

 やっぱり、選りすぐりのエリートだけが残ったこの二日目の試験でも、実戦となると上手くいかなくなる奴はいるようだ。


「緊張するね‥‥‥」


 ベルベットがあははっと気恥ずかしそうに笑う。

 やっぱり、英雄の血筋というものは彼女に相当なプレッシャーを与えているようだ。


「ベルベットはエレナの子孫なんだよな? やっぱり魔術は小さいころから叩き込まれてたのか?」


「んーまあね‥‥‥。やっぱり色々うちの家にも積み上げてきたものがあるから、私がそれを台無しにすることなんて出来ないから‥‥‥」


 少し照れながらベルベットは続ける。


「ギル君も、魔術師の家系なの?」


「いや、俺は特にそう言う訳ではないかな。独学みたいなもんだよ」


「えー! それは凄いね。羨ましいなあ」


「羨ましい?」


 羨ましい‥‥‥それはきっとさっきも感じた英雄の血筋というプレッシャーがそう言わせたのだろう。


 自由に周りの声を気にせず魔術を追及出来たら‥‥‥そんな思いがあるのかもしれない。


「ギル君‥‥‥。私このままだと受からないかも‥‥‥みんなすごく見えてきたよ」


「何言ってんだよ‥‥‥ベルベットだって他に引けを取らない力を持ってるだろ?」


 しかし、ベルベットは不安な表情が消えない。


「でも‥‥‥ここに居る人たちはみな優秀ですから‥‥‥。例えば――」


 ベルベットは少し先に立っている細身で黒髪のロングヘアの男を指さす。


「あの人はあの家紋からしてキングスマン家の人でしょう。キングスマン家は代々宮廷魔術師を輩出している家系なの。相当地力があるはず‥‥‥。あっちの緑の髪をした子は著名な魔術の研究者のハフマン・ゴードンの一人娘‥‥‥知識量なら群を抜いてる。それにあの金髪の男の子‥‥‥あの若さで現役のウィッチプレイヤーですよ‥‥‥! 他にも沢山名家の人が来てるんです!! 私なんかが‥‥‥」


 なるほど、よくわからんがここには魔術界では有名な人が大量にいるらしい。

 ウィッチプレイヤーというのが何かは知らないけど‥‥‥。


「なあ、ベルだって他の人から見ればあの英雄の末裔だって思われてるんだろう? そう考えれば楽にならねえか? 他の奴だってきっと名家のプレッシャーとやらに押しつぶされそうになってるかもしれないぞ。ベルと同じようにさ」


「私と‥‥‥」


「そうそう。何も自分だけがネガティブになったり劣ってるように感じる必要はねえよ。みんな同じ境遇だと思えば気が楽だろ? それに俺だって一緒に試いるわけだし‥‥‥」


「そ、そうですね。一人でネガティブになってもしかたないですね。こう見えて私は身体を動かす方が勉強より得意なんです! どちらかと言えば私の家の魔術は戦闘に特化した魔術でして‥‥‥。あれ‥‥‥なんだかさっきより行けそうな気がしてきた!」


「そうそう、その意気だぜ」


 俺は引きつった笑みを浮かべる。


 そう‥‥‥エレナの鎖魔術はマジで戦闘においては厄介の一言に尽きるのだ。

 昔、サイラスと会ったときもエレナの魔術をまねさせてもらったが、あんな比じゃないレベルの魔術をポンポン繰り出すのだ。


 エレナの鎖に捕らえられたら最後、変なデバフまで付与されて、動けないどころか後遺症まで出かねない‥‥‥。


 まあさすがに平和になったこの時代の魔術がそこまでシビアな能力を残しているかと言われると微妙な気はするけど、それでも一流の魔術には変わりないだろう。



 実技試験は演習場でやる都合上、いろんな人が見られる形になっている。


 多分、皆の注目はきっと名家の子供たちの試験のはず‥‥‥ということは否応なしにベルベットは注目されることになるだろう。

 つまり、俺の番も見られる可能性が‥‥‥。


 そうなってくると、あまり力を出すわけには行かない。

 

 特異魔術は絶対に使えない。あれは、人の死を招きかねない。


 ――汎用魔術だけで片を付ける。それがベストだ。


 すると、急にさっきまでと打って変わり歓声が上がる。

 先ほどの受験生と入れ替わるように、一人の男が演習場に姿を現す。


「なんだなんだ‥‥‥?」


「あっ、あの人――グリム・リオル‥‥‥!」


「リオル‥‥‥なんか聞いたことあるような」


「リオル家って言ってね、私と同じ原初の血脈で大戦前から続く名家なの。確か今の当主は宮廷魔術師の一人だったはず」


 リオル‥‥‥そうだ、そんな奴がいたかもしれない。

 確か大戦時に俺が配属されてた戦線とは別のところで隊長をやってたやつだ。

 

 そこからずっと続いてきたのか‥‥‥暗黒時代も乗り越えて。


 歓声が上がるだけあって、グリム・リオルは圧倒的な力を見せつけていた。


 腰から抜き出した筒状の魔道具に魔力を流し込み、刀を生成する。


 そうだ‥‥‥確かリオルは魔道騎士とし名を馳せていた。

 特殊な魔力操作で、いろいろな効果を持つ刀を自在に操ると聞いたことがある。実際に会ったことはないが、その名前だけは俺のところまで響き渡っていた。


 グリムは魔道人形の攻撃を軽くいなすと、紫色をした刀で斬撃を加える。


 その攻撃を食らった瞬間、魔道人形は急に動きが鈍くなり、地面に膝を着ける。まるで体重が何倍にもなったかのようにがたがたと震えながら必死に立ち上がろうとしているが、まったく動けない。


 次の瞬間、グリムの持っている刀が白に変わり、目にも止まらぬ速さで斬りかかる。

 

 縦横無尽に駆け抜けた刃は魔道人形を粉々にし、文字通りグリムは魔道人形を瞬殺した。


 一瞬間をおいて、会場が一気に湧き上がる。


「やっぱり凄いな‥‥‥」


 歓声に紛れて、ベルベットがぽつりとつぶやく。


 確かに、あの魔術‥‥‥完成度が高い。


 複数の効果を持った魔術をあの短時間で切り替える発動スピードの凄さ。

 それに最初の紫色の刀‥‥‥あれは恐らく重力魔術の一種だろう。


 その高等魔術をあれだけ簡単に発動させるだけの潜在的な魔力量と練度。

 恐らくはあの筒状の柄の部分に細工がされているんだろうが、これだけ注目を浴びるだけのことはある。


 完全に特異魔術ではあるが‥‥‥やはり以前のようにひた隠しにするという文化は今の世界ではないようだ。

 

 そもそも俺の時代と違って、今の魔術師達は殆ど他国との戦争というものに縁がない。

 あの時代は自分の得意魔術がバレて居れば、それは死につながると考えていたものだ。


 今はむしろ、その特異魔術の存在が魔術師の価値を高めるものであり、アピールすべきポイントなのかもしれない。


 争いが少ない時代だからこその発想だ。


 それでも俺は、人前で堂々と特異魔術を晒す気にはなれないな‥‥‥。


「グリム・リオル‥‥‥彼は合格しそうだね。相変わらず凄いなあ」


「確かにそうだな‥‥‥あの魔術もそうだが、身のこなしも中々だ。かなりの戦闘マニアなのかな」


「ふふふ、君でも少し心配になるのかな?」


 不意に話しかけられ、驚いて振り返ると、サイラスがいつもの優男みたいな笑みを浮かべ立っていた。


「さ、サイラス!? なんでここに。仕事は?」


「サイラス‥‥‥サイラス・グレイス!? ちょ、ちょっとギル君知り合いなの!?」


「あ、ああまあ‥‥‥」


 サイラスの登場に、周りもざわざわとざわめき出す。

 いや、どんだけ有名人なんだよ‥‥‥。


「君の晴れ舞台を見ようと思ってね。あと君のことを話したら興味をもった後輩が居たから連れてきたんだが‥‥‥ちょっとどっかいってしまったみたいだ」


「いや、別に見なくてもいいんだが‥‥‥」


「ふふふ、わかってるさ。君なら合格は間違いないだろうからね。まあ僕みたいな立場になるとこうやって試験の様子をみて有望な若者を探すのも仕事の一環なのさ」


「暇人だな‥‥‥」


「そっちの彼女は――いや、言わなくても分かる。ベルベット・ロア‥‥‥エレナ様の血を引く魔術師だね。いやあ、ギル君は手が早いなあ。ドロシーちゃんの次はベルベットちゃんかい? 村でユフィちゃんが泣いてるぞ」


 サイラスはおいおいと泣きまねを始める。


「うるせえ、そういうんじゃねえよ! まったく‥‥‥あんたが居ると気が抜けないよ‥‥‥」


「あははは。少しは敬われていると捉えさせてもらうよ」


「勝手にしろ! サイラスはこの辺で見てろよな。俺たちはさっさと会場の方に移動しようぜ」


「あ、ちょっとギル君‥‥‥!」


 俺はサイラスが何かを言いたそうにしていたが、聞かないでさっさと試験の列に並ぶ。


 くそ、冷やかしに来やがったなあいつ‥‥‥。

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