第19話 筆記試験
開始から早くも30分程が経過した。
序盤の問題は殆どが魔術の基礎的な知識を問うものが殆どだった。
ここら辺はきっと千年前と大差ないだろうな。
千年くらいで魔術の仕組みが根本から変わっているなんてことはあり得ない‥‥‥はず。
ざっと全部の問題に目を通してみたところ、魔術関連の問題は二分の一程度で、残りは魔術の歴史についてや世界史、一般教養と言った感じだ。
これを六時間以内に全問解くというのはあまり現実的なラインじゃないだろう。
恐らく六割以上の正答。これが合格ラインか。
魔術関連はノーミスでクリアして、残りをちょいちょいとつまむ感じでまあ合格は硬いな。
「ちょ、僕は何も‥‥‥!!!」
右前方が何やら騒がしい。
周りの生徒も一瞬問題用紙から目を外し、騒がしい方を眺めている。
「規則です。魔術の使用により、退出願います」
「は、離せ!! 僕は絶対合格しなきゃいけないんだよ‥‥‥!!」
必死の形相で抵抗する男に、係員が詰め寄る。
「周りの受験生の迷惑になりますので、お静かに」
その係員は首から下げていたロケットペンダントの様なものを開くと、そのままそれを受験生にかざす。
すると、さっきまで抵抗していた受験生は気を失ったようにガクッと頭を落とし、係員にもたれ掛かる。
睡眠系の魔術‥‥‥呪文を使わないようにあらかじめペンダント型のサークルに魔法陣を書き込んでいたのか。
係員はその受験生を担いだまま会場を後にした。
魔術師が一堂に会して試験を受けるんだ、魔術を使ったカンニングなんて想定済みって訳か。
もしかすると、俺が知らないだけである程度のラインがあるのかもしれない。
というのもの、会場全体を良く観察するとまだ微かに魔力の痕跡を感じる。
きっと魔術を使ったカンニングはあれだけじゃないはず‥‥‥でも係員が動かないということは単純に見逃しているか、一定以上の巧妙さがあるものは容認しているか‥‥‥だな。
でも今の連行で一気に会場の空気が引き締まった。
受験者たちは既に気持ちを切り替え、全員問題に向き直っている。
これで迂闊に魔術に頼るのはリスクが高くなってしまった。かなりの抑止力になったはずだ。
そうなると試験中に魔術を使おうとしてたやつは躊躇っちまうだろうなあ。
――まあ、これくらい自力で解くか、何らかの魔術で上手く対処できる奴じゃないと受かってもしょうがねえってことか。
◇ ◇ ◇
カーンカーン。
開始時と同じく、鐘が鳴り響く。
俺は完全に熟睡していたようで慌てて飛び起きる。
勢いあまって大きな音を立ててしまい、隣で受けていた女の子や前の席に座る男が一斉にこっちを見る。
「あはは‥‥‥」
しまった寝てしまった‥‥‥。
最後まで解いたら眠気が急に襲ってきやがった‥‥‥。
まあ一応全問埋めたし問題はないだろ。
‥‥‥後半は若干怪しいけど。
でも今の周りの目線‥‥‥絶対こいつ空欄で出す気だとか思われたな‥‥‥。
「答案用紙を‥‥‥回収する。これ以上記入したものは、その場で失格だから注意しろ」
試験監督官、キース‥‥‥。
やはりどこか上の空のような様子で、何となく危うさがあって心配になるな。
あの人が体調不良なのは正直どうでもいいけど、もし採点もあの人なら俺の答案を間違って付けないかだけが心配だ‥‥‥。
長い緊張状態が解け、会場全体がざわつきはじめる。
「君、なかなか自信満々みたいだな」
回答を集めに来た係員の女性が俺に話しかける。
ショートヘアで活発そうな見た目の女性だ。
「えっいやそう言う訳では‥‥‥」
「そう? 初めてだよ、開始から二時間足らずで眠った受験生なんて。魔術を掛けられた訳でもないのに。――それとも、諦めて寝ちゃった?」
可愛らしい笑顔を浮かべ、その女性は俺の答案用紙を手に取る。
さらっと俺の答案用紙に目を通すと、一瞬目が見開かれる。
「――――と思ったけど‥‥‥すごいね、全部埋まってる。ぱっと見問題もなさそうだし‥‥‥いい線いくかも。楽しみだなあ、もし合格して同じクラスに成れたらよろしくね」
「同じクラス? 同学年じゃないですよね?」
どういうことだ?
留年とかそう言う感じだろうか。
「あれ、知らない? うちの学校は縦割りでクラスが分かれてるんだよ。同学年の別クラスより同じクラスの上級生と関わる時間の方が長いかな。寮での共同生活だったり、いろんな行事だったり。だからクラスは結構重要なんだぞ」
「へぇ‥‥‥知らなかった。もし同じになったらよろしくお願いしますね」
その女性はニッコリと笑みを浮かべると、ウィンクをして答案用紙の回収に戻っていく。
うーん、可愛い。
そうか、クラスってものがあるのか‥‥‥。
俺って殆どこの学校について知らねえよなあ。
ちょっと帰ったら調べてみるか。
あっ‥‥‥名前聞いとけばよかったな。
◇ ◇ ◇
帰り道、ドロシーとベルベットを見かけて、俺は声を掛ける。
「おう、どうだった二人とも」
二人とも一斉に振り返るが、ドロシーは今朝と同じく露骨に嫌な表情を浮かべる。
「――――誰かと思ったらまたあんた? 懲りないわね‥‥‥」
「唯一の知り合いなんだからいいだろ! で、どうだった?」
ドロシーは溜息をつく。
「私達が問題あると思う? むしろあんたの方が心配よ。どうせ開始早々寝たりしたんじゃないの?」
「いやー‥‥‥途中から寝ちゃったけどちゃんと埋めたから大丈夫だ‥‥‥多分」
ドロシーはニヤーっと薄気味悪い笑みを浮かべ、ベルベットに顔を近づける。
「聞いた? ねえ聞いた? こいつ寝たらしいわよ。絶対不合格ね」
「ちょっとそんなこと言ったら可哀そうだよ‥‥‥まだわからないじゃない」
「そんなことないわよ。私はこいつに散々辱しめを受けたんだから、可哀想でもなんでもない!」
「えっ!? は、辱しめ!? それだと話が違うよ‥‥‥!」
さっきまでおっとりしていたベルベットが、急に恐ろしい形相でこちらを見る。
ぐっ‥‥‥あれは見慣れたエレナの蔑む目だ‥‥‥やはり親族‥‥‥。
俺この目に弱いんだよなあ‥‥‥。
「ちッ違えよ! 俺がそんなことするように見える!?」
「‥‥‥見えなくはないけど‥‥‥」
「意外に辛辣‥‥‥」
「うそうそ、冗談よ。こんな奴に私がどうこうされる訳ないでしょ。最強の魔術師になるんだから。――まっ、試験中に寝るようじゃ不合格は避けられないわね。誰かにうっかり睡眠魔術に掛けられたか、単に頭のネジが緩いから眠っちゃったのかは知らないけどね」
「おいおい、なんかウキウキしてねえか‥‥‥?」
「そうかしら~? 気のせいじゃない?」
こいつ‥‥‥絶対俺が落ちたと思って清々してるぞ‥‥‥。
はあ‥‥‥まあ俺が落ちる訳ねえからいいけど。
「あっ、ついたわね。それじゃあね、ベル。また明日。どうせ私達は受かってるだろうし、また同じ場所で待ち合わせしましょ」
「そうだね、また明日。――あと、ギル君も。もし受かったら、また明日もよろしくね」
「おう、また明日」
ベルベットは笑顔を浮かべると、帰路についた。
「いい子だ‥‥‥お前とは大違いだな」
俺の緩んだ顔にイラついたのか、ドロシーが俺の肩を軽くどつく。
「うっさいわね。ほらさっさと帰るわよ。早く入って、後がつかえてるの」
ドロシーは俺をぐいぐいと宿の中へと押し込む。
やっと帰ってきた。昨日泊っただけだが、なんだか家に帰ってきたような安堵を覚える。
階段を上り、俺が部屋のドアを開けようとしたところでドロシーが声を発する。
「じゃあね。もう会うこともないかもしれないから最後に挨拶くらいしてあげるわ。‥‥‥だから、明日落ちてもここに同じ時間にくるのよ。それじゃあね」
そう言い残し、ドロシーは手だけを部屋から出してヒラヒラと振る。
「おっ‥‥‥おお! また明日な」
それに返事はなく、バタリとドアが閉じる。
あいつ、なんやかんや可愛いところもあるな。
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