第18話 筆記試験開始前
「カッコいいローブだな~。気合入ってんねえ」
席につくや否や、細い目をした三つ編みお下げの男が、ニコニコした笑顔で声を掛けてくる。
誰だこいつ‥‥‥隣の席‥‥‥じゃねえよな?
「は? なんだ急に‥‥‥馬鹿にしてんのかッ」
今の時代、殆どローブを着ないことくらい調べがついてるんだよ!
何せこの席に来るまで、一人としてローブの奴を見なかったからな!
‥‥‥いや、それにしてはなかなかに清々しい笑顔を浮かべてやがる。
本当に純粋にそう思ってんのか?
「違う違う! 本気でそう思ってんのよ」
「へーあっそう。そういうお前も中々珍しい出で立ちだな」
三つ編みの男は自分のお下げを掴みながらくるくると回す。
「おお、これか? 可愛いだろ? まあ別に可愛いを目指してるわけじゃあないんだけどな、やっぱ魔術師は目立ってナンボだろ」
「いや知らんけど‥‥‥」
三つ編みはニコニコしながら続ける。
「いや~実は俺一人で来たから知り合いが居なくてよ~。めちゃくちゃ暇してたんよ。俺はレン、あんたは?」
「レンね。俺も知り合いに逃げられて一人だったからまあ丁度良かったわ‥‥‥」
「逃げられた?」
「まあ男にはいろいろあるのよ‥‥‥。俺はギルフォードだ、よろしくな」
レンは細い目を若干見開く。
あーこれはいつものパターンですね。
しかし、レンは意外にも「あの英雄と同じ名前!」とは反応しなかった。
「――ええ名前だな。ギルって呼ばせてもらうわ。なあなあ、ギルはしっかり勉強してきたか?」
「‥‥‥ん? あーいや、まあ多少はな」
「おいおい、そんなんで受かる気でいるんか? それとも、体裁受験の口か?」
「体裁受験?」
なんだ、体裁受験って‥‥‥?
体裁の為に受験するってことか‥‥‥?
疑問符を浮かべているおれに、レンは困惑した表情で解説する。
「おいおい、知らんのか? ほら、名家様はやっぱ一流であることが求められて、体裁ってもんがあるだろう? だから絶対にロンドールみたいな一流の魔術学校は受からなくても目指してましたっていう大義名分が必要なわけよ。でも家の奴だってそいつがポンコツなのは分かってるから、受からないと思ってる。受からないとわかっていても、一応受けるだけは受ける。だから体裁受験って訳だ」
相変わらずバカなことやってんなあ‥‥‥。
名のある魔術師のプライドって奴か。
俺たちの時代に比べりゃ血筋の持つ力は多少は少なくなったみたいだけど、そういう文化はやっぱり残ってるんだな。
というかそいつらのせいで無駄に倍率上がってるんじゃ‥‥‥。
「まあ何というかなかなか残酷な話だな」
「なあに、それが名家の責務ってもんさ。その分甘い汁が吸えるんだから文句は言えないと思うね。それに、ロンドールは定員が少ないし、落ちて当然っつー見方もできるからな。‥‥‥でもその様子だと、お前は体裁受験って訳じゃないようだな」
名家‥‥‥そう言えばドロシーも一応名家になるんだよな‥‥‥?
サイラスも何やら知った風だったし。
ベルベットは言わずもがなだ。
俺は‥‥‥一応名家ってことになるのか?
括りとしてはベルベットと一緒だよな?
いやまあ俺が英雄本人というのは誰も知らない訳だし、俺の家系は俺の死で途絶えた事になっているわけだから、名家とは違うのか?
そうなると、多分田舎から出てきた田舎者の魔術師っつーのが今の俺の立場だろうなあ。
何のしがらみもないただの魔術師‥‥‥青春を謳歌するにはぴったりの肩書だな。
「そういうレンもぱっと見は名家に見えねえな。どちらかというと道化師みたいだぞ」
そう言うと、レンは足をバンバン叩きながら笑い始める。
「道化師か! ははは、なかなか見る目がある奴だな、道化師ねえ、悪くねえ! 目立ってナンボだからな。魔術師はまず見た目でインパクト与えないとね~」
テンションたけえ~。
「お察しの通り俺は名家って訳じゃない。だからと言って、名家たちに合格を譲って落ちる気もない‥‥‥何故なら俺は天才だからな」
レンは真顔でそう言ってのける。
今までいろんな人々に会ってきたが、自分を天才だと言い切るやつは珍しい。
‥‥‥そしてそう言う自信家は俺は嫌いじゃない。
「天才って自分で言うか。面白いやつだな」
「お前もな。何だかんだ言ってその落ち着きよう‥‥‥他の奴見てみい、今更慌てて本を読み漁ってる奴とか、今にも緊張で死にそうな程青ざめてるやつばっかりだろ? それに引き換えギルは冷静そのものだ。そんなのは自分が落ちるとは微塵も思ってないやつか端からやる気のない奴だ。ギルは前者だろ?」
レンは指で俺の方を指す。
「それに‥‥‥ギルが落ちることはなさそうだ。まあ、だから声を掛けたんだけどな」
こいつ‥‥‥結構視えてやがる。
「どうだかねえ。ま、俺も落ちる気はねえよ。‥‥‥それにしてもレンはどこから来たんだ? かなり大きい荷物みたいだけど」
席の下に置かれているレンの荷物は、とても筆記試験だけを受けに来たとは思えない大きさだ。
「ああ、これな。実は宿に寄ってる暇がなくてよ。俺はイシュリスからなんだけど、山越えは正直きつかったわ~。天候が悪くて数日立ち往生しちまってな‥‥‥本当は一昨日には着いてる予定だったんだが、今朝ぎりぎりで街に入れたんだわ」
なるほど‥‥‥だから荷物もデカいのか。
なかなかワイルドな奴だな。
「して、お前は? どこから来たんだよ」
「俺はツクモ村‥‥‥つってもわかんねえか。ここからそう遠くない森の中だ。田舎ってやつ」
「へ~、村ねえ。そういう人が余りいないところにこそ秘められた才能とかが眠ってるもんだからな。――っと、そろそろ始まるみたいだ。お互いがんばろうぜ」
「そうだな――何だかお前は受かりそうな気がするよ」
レンの雰囲気は、明らかに戦闘に慣れた奴が持っている特有のそれと酷似している‥‥‥。
一件チャラっとした感じだが、底が見えない。
少なくとも、実技でへまはしなそうだ。‥‥‥筆記は知らんが。
「はは、当たり前よ。次会うときはお互い新入生だな」
レンはそう言い残し、手をヒラヒラとさせ自分の席の方へ戻っていった。
あいつは本当に残りそうだな。
どれほどかはわからねえけど、俺の力をある程度見抜けてるみたいだし、少なくともポンコツってことはなさそうだ。
ただ青春を楽しむために受験してみた訳だが‥‥‥いろいろと楽しめそうだ。
◇ ◇ ◇
「この会場の試験監督官のキースだ。試験開始は鐘が鳴ってから。鳴る前にさっき配った問題用紙を開いた奴は失格だから注意しろ。制限時間は六時間。一秒でも過ぎればその場で失格だ。心して取り組むように。トイレに行きたい奴は挙手をして知らせろ」
試験監督官は淡々とルールを説明する。
なんとも不愛想な雰囲気をもつ試験監督官だな。
すると、俺の右後ろに座って待機する恐らくこの魔術学校生徒であり試験の手伝いに駆り出されたであろう人物が、小声で話すのが聞こえる。
「キース先生変わったねえ」
「そうだよね‥‥‥前はもっと明るい感じだったのに‥‥‥まああの陰湿な感じは相変わらずだけど‥‥‥でもねえ‥‥‥」
「まあ、前も冷徹な雰囲気は有ったし激変したという程でもないけどねえ。体調も悪そうだし、何かあったのかな」
「‥‥‥‥‥‥」
どうやらキース先生とやらは、最近なにか調子がおかしいらしい。
確かに、寝不足かのように隈も見えるし、体調は万全とはいえそうにない。
まあ魔術師にはよくある話だ。研究に没頭するあまり人と会話しなくなり、久しぶりに声を出すとどうやって話していたか分からなくなる。まあそれに近い感じだろう。
教師までそれだけしっかりした研究が出来る施設が整ってんのか。一流の魔術学校だという評価は間違いないらしいな。
――いや、そんなことよりも。今は目の前の試験だ。
余裕だとは思うが、気を抜いてたら受かるものも受からないからな。
「――以上だ。それでは‥‥‥」
一通りの説明を終え、監督官は右手を掲げる。
会場がシーンと静まり返る。張り詰めた空気に、緊張感が高まる。
そして数秒後、カーンカーン‥‥‥っと静寂を切り裂く鐘が鳴り響く。
それと同時に、監督官は右手を振り下ろす。
「開始ッ」
一斉に紙を捲る音が響く。
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