第29話 ゲーセンインザスカイ



 朝。

 ぴちゅぴちゅと可愛らしい鳥の鳴き声が聞こえる朝。俺はさわやかな気分で目を覚ました。


「…………」


 ら、良かった。


「おい」


 隣にいる二人に押しつぶされそうになりながら、俺は寝ていた。


「何~、もう朝~?」


 大きなあくびをしながら、俺の右隣りから声がした。


「お前は……」

「あ、サクおは~。今日も元気ぃ~?」

「明日香」


 幼馴染、上峰明日香は笑顔で俺に手を振ってきた。


「自分の部屋で寝なさ~い!」

「え~やだ~、明日香の部屋汚いもん」

「掃除しなさ~い!」


 俺は明日香をぽかぽかと丸めた新聞紙でたたく。


「もぅ~お兄ちゃんうるさい~」

「沙奈も起きなさ~い!」

 

 俺は妹である沙奈もぽかぽかと叩いた。



 × × ×



「さて諸君、今日俺のベッドで寝ていた理由を教えてもらおうか」


 そして俺は沙奈と明日香を床に正座させ、折檻していた。丸めた新聞紙を片手でぽんぽんとバウンドさせながら、監督官気分で言う。


「そしてこの! シミは! 一体! 何だ!」


 俺は明日香と沙奈のいた場所についていたシミを問い尋ねる。


「ぷぷぷ、サクおねしょしたの?」

「これは君が寝てたところだね」

「お兄ちゃん、この年でおねしょ?」

「これもまた、君が寝てたところだね。というかこのシミ、君たちが寝てたところだよね」


 明日香と沙奈はぷい、と俺から視線を外した。


「まさか……よだれ……」


 俺は口元のあたりについたであろうシミに疑義を向ける。


「布団を洗いなさ~い!」

「ひぃ」


 明日香と沙奈に俺の布団を洗わせた。


「全く、男の子のベッドに入り込んでよだれを垂らすなんて何を考えてるのよ、本当」

「沙奈のシミの方が明日香ちゃんのシミより小さかった……。明日香ちゃんの方が私よりお口もらし」

「お口漏らしって止めてよ! こんなご褒美、サクも喜んでるから」


 俺は鼻をつまむ。


「君たちは自分の価値を自覚した方が良いね」

「てへ、上峰明日香、華の女子高生デス!」


 明日香はきゃぴきゃぴとくねりながら、謎のポーズでウインクをしてくる。


「佐久間沙奈~、華の女子中学生で~す」


 沙奈は脱力したポーズでしなを作る。中学三年生にもなるのに、沙奈は全く子供のころから体形も何も変わっていない。


「で、だ。明日香、今日は一体何をしに俺の部屋に来たんだ?」

「あ、そうだ忘れてた」


 明日香はぽん、と手を叩いた。


「買い物行きましょ!」

「「買い物?」」


 今日は休日。俺と沙奈は明日香に買い物に誘われた。



 × × ×



 諸々の準備を済ませた明日香と沙奈と共に、俺は外に出た。


「ひいふうみいよお」

「おばあちゃんのお金の数え方じゃん」


 俺は数少ないお札を数える。


「いつむうななはちきゅうじゅう」

「途中から知らないし」


 明日香は俺の財布を取った。


「けちけちしてんじゃねぇよ……ったくよぉ」


 俺の財布から札を三枚抜き取った。


「こら止めろ! ヤンキーか! 返せ俺の金!」

「冗談冗談」


 俺たちは近くのショッピングモールへと向かった。



「マジ?」

「ヤバくね、あの一行」

「ステータス高ぇ~」


 諸々まともな格好をしているからか、どうも明日香と沙奈に視線がいっているようだった。ショッピングモール内の視線が沙奈たちに注がれ、俺はその後ろで影のように歩いていた。


「どこ行く、サク?」

「いや、お前が言いだしたんじゃん。どこ行くのよ」

「ゲーセン!」

「不健全な……」


 明日香とともに、ゲームセンターへとやって来た。


「よ~し、見てなさいよサク。私のこの馬力」

「馬……?」


 明日香はクレーンゲームを起動した。


「よし! 行け! 今だ! やれ、やれ、やれ!」

「そんな盛り上がるゲームだっけこれ」


 クレーンで釣り上げた商品が落ちる。


「あぁ~~~……もう、本当駄目。これ不良品だ」

「いや、お前のやり方が悪いんだよ」


 俺はクレーンゲームを起動させた。

 商品を掴み、落とす。

 ただそれだけ。

 俺は商品をゲットした。


「やった~、やっぱりさすがサク、連れてきて正解だった~!」


 明日香はぬいぐるみと俺を同時に抱く。


「お前、そんなことのために俺を呼んだのか? 俺は官僚になるのに忙しいんだぞ」

「クレーンゲームの向上意欲も他の向上意欲もつながってるんだよ、きっと」

「あながち間違いと言い切れないところが腹が立つ」


 物の上達方法っていうのは、ある種多角的に考えることで相乗効果を発揮するという一面もある。


「ん」


 スマホが鳴る。


「ちょっと電話」

「らじゃ~」


 俺は少しの間席を外すことにした。


「もしもし、佐久間くん?」

「特殊清掃部班長、宮城浩一郎です」

「あ、佐久間君だね。おはよう」

「この電話番号を突き止めたということは……貴様、特殊ゴミ捜索班だな!?」

「そうだよ~」


 スマホから聞こえてくるのは一宮の声。一体何の用だろうか。


「何?」

「あ、今ショッピングモールいるんだけど」

「奇遇だな。俺も」

「そう、さっき佐久間くんっぽい人いたからもしかして~って思って……」


 なんとなく、一宮のスマホから吐息が漏れている気がする。

 こいつ、何か運動してるのか?


「もしかしなくてもそうだぞ。俺今ゲーセン。お前は?」

「僕今百円均一来てて」

 

 百均と言わないところが、一宮の育ちの良さを感じる。


「じゃあ合流するか? こっちうるさいの二人いるけど」

「え、いやいいよ、迷惑だし」

「迷惑だと思ってる奴は電話してこないと思う」

「うむむむむ……」


 一宮はスマホからうなり声をあげる。

 勝ったな。論破してやったぜ。


「じゃあ僕ゲームセンター行ってもいい?」

「おけおけ。待ってるぞ」

「うん、急いでいくね」

「歩いて来いよ」


 俺はスマホを切った。どうやら一宮が来るらしい。


「ん」


 戻ってみると、明日香が人相の悪そうな男四人組に囲まれていた。


「お姉さん、可愛いね。こっち人足りないんだけど、良かったら一緒にゲームとかしてくんない?」

「えぇ~、どうしよっかな~」


 明日香はちらちらとこちらを見てくる。どうやら俺に気付いたらしい。


「お姉さん、めっちゃ可愛いね。学校でもモテるでしょ」

「えぇ~そんなぁ~」


 でへへ、と明日香は頭をかく。気持ちの悪ぃ野郎だ。


「ど~し~よ~かな~」


 ちら、ちら、と何度もこちらを見てくる。おいやめろ、変な男に絡まれるだろ、俺が。


「ん、そっちに誰か……」


 男の一人が俺に気付いた。俺はすぐさま背を向ける。


「へへ、兄(あん)ちゃん、この女の子の知り合いかぁ? 一緒に遊ぼうやぁ」

「ひ、人違いです!」


 声を上ずらせる。


「あ、あっしはそんな大したもんでねぇでげす! そんな町娘でよろしいのでしたら、へぇ、ぜひ連れてってやって下せぇ、へぇ」


 俺はへこへことしながら手をさすった。


「へへへ、話が分かる兄ちゃんじゃねぇか。じゃあ行こうか、お姉さん」

「えぇ~……」


 明日香が俺をさげすんでくる。

 これでいい。俺の生き方はこういうものだ。


「じゃああのごますり男ノシてくれたら遊んであげてもいいかな」

「…………」


 語尾に音符でも付きそうな言い方で、明日香は言った。


「へへへ、そんな簡単なことなら……」


 男四人組がやって来る。

 逃げよう。


「待て! 逃げるなくそがぁ!」

「女置いて逃げてんじゃねぇよ!」


 女連れて行こうとするやつに言われたくない。

 俺は猛速度で曲がり角を曲がった。


「待て!」

「ごらぁ!」


 後ろの男がついてくる。俺と同様に曲がり角を曲がった時、


「いだっ!」

「でっ!」


 大男に当たり、四人は転ぶ。


「おい、てめぇどこ見て歩いて――え?」

「おい、ちょっと来てもらおうか」


 大男は男の頭を片手で持ち上げる。


「ひ、ひぃ!」


 俺はその大男の後ろに隠れていた。


「ば、化け物~!」

「おい、ちょっと……」

「い、命だけは~!」


 そして頭を持たれていた男もろとも、逃げ出した。

 俺は化け物の肩にポン、と手を置いた。


「ふぅ、助かったぜ化け物」

「誰が化け物だ」


 そう、化け物こと浅井大地の肩に。








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