第28話 今さらパンツと言われても 10
「うおおおおおおぉぉぉ!」
俺は生徒会の仕事から逃げるため、夏目さんから逃げていた。
「こらぁ! ヨル、逃げるナ! もう諦めろ~!」
夏目さんの必死の追いかけの甲斐もあり、俺はもう逃げるのをあきらめた。
「何をやってるんだ、俺は。こんな無駄なことばかり」
「わふ!」
突如として歩みを止めたからか、夏目さんが俺の背中にぶつかる。
「結局やらなきゃいけないなら、さっさとやったほうがいいに決まってんだろ!」
「当たり前なのだ……」
夏目さんは鼻筋をさすりながら、俺を見た。
「くっ……俺はどうしてこんな無駄な時間を……」
「正気に戻ったんだナ、ヨル。良かった良かった」
夏目さんは俺の背中をポンポン、と叩いた。
「じゃあ行くか」
「そうですね」
俺は夏目さんとともに、生徒会室へと行くことにした。
「……ん?」
惣斉の教室の隣を通る。
床に、惣斉の物と思しきカバンが置いてあった。
「おいおい……」
確か今日は追試があったはずだ。あいつ、忘れていきやがったな……。
「全く、追試の人が来たら困るだろ、あいつ」
やはり、机の上の教科書には、惣斉の名前が書いてある。惣斉の机であっているらしい。
「追試も始まるのにあいつはどこに行ってんだよ……」
俺は惣斉の机の中身を全て適当にカバンの中に入れ、持った。
「何してるんだ、後輩」
俺の奇行を見守るように、夏目さんが後方で腕を組んで待っていた。
「いや、惣斉のカバンが置きっぱなしになってたから」
「何で持つんだ?」
夏目さんは困り顔で小首をかしげる。
「いや、今日追試なんスよ。こんなところあったら追試受けに来る人が困るじゃないスか」
「ああ、なるほど」
実際、惣斉の教室はちらほらと追試を受けるであろう生徒が集まりつつあった。
「じゃあ行くかヨル」
「はぁ……憂鬱だ……」
そして再び、俺と夏目さんは廊下を歩く。
「おーーーい、体育館で喧嘩があったらしいぞー!」
「?」
憂鬱に歩く俺たち二人の横を広報部がかけて行った。
「こうしちゃいられん! 後輩、行くぞ!」
「えぇ……もういいじゃないっスか。生徒会室行きましょうよ」
「人と人とのいさかいを止めるのも、生徒会の立派なしごとなの!」
「えぇ……絶対内申点以上の仕事してるでしょ、俺」
そして俺は嫌々ながら、体育館へと向かい、惣斉と出会った。
× × ×
「これが、お前に会うまでのあらましだ」
「なるほど……」
惣斉は手元の本に視線を向けながら、俺の話を聞いていた。
「本当にありがとう、佐久間。私、お前のことを勘違いしてたかもしれない」
「まあ、実害がなくて良かったよ」
俺は手をプラプラと振った。
惣斉が今手にしている、やおいの同人誌を見ながら。
「私、もしこのBL本が誰かに見られたらと思ったら気が気じゃなくて……」
「学校持ってくんなよ、そんなもの」
「だって、どうしてもすぐに読みたかったんだもん」
惣斉は頬を膨らませて、視線を逸らす。
惣斉らしくない動作に、少し動揺する。
惣斉があれほどまで混乱したのは、全てこのBL本が原因だったらしい。
追試が始まる中、惣斉のカバンが置いてあれば、まず間違いなく惣斉のカバンは教室の端に避けられる。そして追試が始まる中、惣斉の机の中にある教科書がそのまま放置されるわけがない。
まず間違いなく、惣斉の机の中身は、全く惣斉のことも知らない第三者によって暴かれる。
追試において、机の中に教科書を入れていることはご法度。大方、机の中にでもやおい本を入れていたのだろう。もし机に入れられていたならば、追試と同時にそのやおい本が見つかるのも当然の帰結。
追試が始まるということは、つまり惣斉がBLラバーとして認識されるということに他ならなかった。それも惣斉と面識のない第三者の場合、惣斉のBL話は面白おかしく語られ、校内に広まっていた可能性すらあった。
「ということは、パンツっていうのも……」
「うん。別にパンツ盗まれたとか、ない」
やはり、そうだった。
惣斉は追試を止めるためだけに会長に掛け合い、それも出来るだけ緊急性の高そうな事件をでっちあげることで、惣斉のやおい本がバレることを阻止しようとしたようだ。
「でも惣斉、会長にあんな風に言ったら駄目だろ? パンツが盗まれたとか。そんなことがあったら一大事だし、何より普通にBL読んでることがバレるよりよっぽど大変なことになってただろ? 先生が動いてたかもしれないんだぞ?」
「だって……だって……」
惣斉は手元のやおい本をぎゅっと抱きしめ、涙目になる。
なんだこの光景。
おそらくBL本を抱きしめて涙目になっている女を見るような光景は、俺の人生でもこれが最初で最後だろう。
「だって、これだよ?」
惣斉はやおい本を俺に見せてきた。
『お前は俺のお前 ~錯乱した俺は鬼上司の責め苦地獄に身もだえする~』
「……」
そして拍子は、上裸の男がネクタイを上司らしき人間に引っ張られている。
確かに、これはバレたくないな。
「まあ話は俺が適当にでっちあげといたから、お前はもう気にするな」
とにもかくにも、解決したからこの話はもう終わりだ。
「あり――」
惣斉は口を閉じた。
そして頬を染めながら、
「ありがとう、佐久間。私、本当に感謝してる」
「……次は気をつけろよ」
俺は昇降口へと向かった。
「あ」
「え?」
結梨が、そこにいた。
「な、何してんだ?」
「あ、先帰ってろって言われたんですけど、ごめんなさい、私、やっぱり」
煮え切らない返事だな。
会長は俺に近づいてきた。
「私、やっぱり佐久間さんと帰りたいと…………」
「……?」
そこで結梨は突如として動きを止めた。
なんだか眼の光がなくなっているような気もする。
「佐久間さん?」
「え?」
にっこりと、笑う。
そして俺のネクタイが思い切り掴まれ、引っ張られる。
わぁ~お、鬼上司か?
「どこの馬の骨と遊んできたんですか?」
「え、はは……何?」
笑いながら、微笑みながら、俺の顔を見る。
「女のにおいがするんですよ、女の」
「えぇ~、すごいなぁ~知らなかったぁ~」
俺はきゅぴきゅぴと線を描いた動作をする。
「佐久間さん、私は佐久間ハーレムの一員なんですよね? 確かに、私は佐久間さんが他の女性と関係を持つこともやぶさかではないと思っていますよ?」
怖い怖い。全然目が笑ってない。口元だけ笑ってる。
狡猾なビジネスマンみたいだ。
「でもね、私に黙ってするのは違うじゃないですか?」
「ひっ」
俺の首元に、会長が顔をうずめた。
「すんすん」
「ひっ! 違うんだ! あいつが! あいつが全部悪いんだ!」
会長が俺のにおいをかぐ。
「へぇ……覚えました。これが佐久間さんが会ってた女の匂いですね」
「はは、ワロス」
結梨は舌なめずりをする。
「やぱり佐久間さんのにおいは、最高ですね」
そして恍惚に溺れそうな顔で、膝をがくがくとしている。
逃げるなら、今だ。
「どけぇ!」
俺は百合の隣を素早く駆け抜けた。
「ま、待ってください佐久間さん!」
「俺たちの戦いはこれからだ!」
俺は校門を出ると、すぐさま逃げ帰った。
もうちょっと体鍛えよう。
そう思った。
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