第22話 今さらパンツと言われても 4



「ここだよ!」


 一宮は体育館を目前にして、言う。


「具体的には、何があったの?」

「バドミントン部の女の子とバレー部の女の子が体育館の使い方で怒ってて、すごい剣幕だったんだ」

「あんの馬鹿……」


 同じくバレー部である惣斉はため息をつき、頭を押さえた。


「それでバドミントンとバレー、どっちの方がスポーツとして優れてるか、みたいな口論があって、つかみ合いにもなったんだ」

「なんでそんなに大事になるの? 馬鹿なの?」


 惣斉と一宮は体育館へとたどり着いた。


「で、どこ?」


 惣斉は仕切り幕をかき上げ、中へと入った。


「ハイ行くよ~」

 

 パン、パン、と小気味の良い音が響いていた。シャトルを打ち合う音だった。


「ちょっと、ブロック!」

「声出して~」

「「「はい!!」」」


 そこにはいつもと何一つ変わらぬ、体育館の様相があった。


「……あれ?」

「?」


 一宮と惣斉は互いに顔を見合わせた。


「どこでも喧嘩なんて怒ってないけど……?」

「おかしいなあ……」


 一宮はきょろきょろとあたりを見渡す。

 暫く周囲を見渡した一宮は、桜庭の姿を見つけた。


「どうしたんですか、お二人とも」

「あの、会長、ここで喧嘩があったと思うんですけど……」

「ああ、そのことですか。私が全部解決しましたよ」


 桜庭はこともなげにそう言った。


「ぜ、全部?」

「ええ、コートの取り合いが原因でしたからね。そこまで大事になることもありませんでした。ただの口喧嘩が相手のスポーツを貶めるところにまで発展したみたいでしたよ」

「そ、そうなんだ……良かった……」


 一宮は胸を撫で下ろした。


「なんだか、急いで損したみたい」

「ごめんなさい、惣斉さん。僕のせいで面倒なことに巻き込んじゃって」

「全然。さっきも知らない女の子の手伝いしてたし、一宮さんがそこまで気に病むことじゃないよ」

「ふふふ、ありがとう」


 一宮は口元を手で隠し、笑った。


「おーーーーい、結梨ちゃ~ん、一宮~マキキ~」

「あ」


 そこで、体育館の中に、佐久間の襟をつかんだ夏目が入ってきた。


「さ、佐久間さん、どういう状況ですかこれは!?」


 桜庭が真っ先に佐久間の下へと駆け寄る。


「なんてことはない。夏目さんに、ありもしない罪で責めたてられて、ひどい扱いをされてるだけだ。結梨ちゃん、僕は君に出会えて幸せだった……よ……」


 ガク、と佐久間は首を曲げた。


「さ、佐久間さん! 佐久間さーーーーーーーーん!」


 桜庭は涙目で佐久間に抱き着いた。


「ちょっと結梨ちゃん、こんな見え見えの演技にひっかったら駄目ナ。佐久間の野郎を甘やかしちゃ駄目。こいつは一回甘やかすと無限に甘い汁を吸おうとするぞ」

「夏目先輩! 佐久間さんを解放してください!」


 桜庭は佐久間の頭を両の腕で包み、自分の胸元にぎゅっと抱き寄せた。


「ちょっと、苦しい……」


佐久間は桜庭の胸から抜け出した。


「さて、ワトソンくん! ここで何があったのか聞かせてもらおうか」


 佐久間は夏目と桜庭の下から離れ、すく、と立ち上がった。


「あ、佐久間くん、もしかして体育館で喧嘩があるって聞いたから来てくれたとか……?」


 一宮は控えめに問う。


「ああ、俺と夏目さんはそう聞いてやって来た。もう大丈夫なのか?」

「う、うん。ごめんね、僕が大騒ぎしたのが佐久間くんにも伝わってたんだね。でも会長がなんとかしてくれたからもう大丈夫だよ」

「そうかそうか。ならよかった」


 佐久間はけたけたと笑った。


「あんた、生徒会の仕事があるんじゃないの?」


 カバンを両手に持つ佐久間を見、惣斉はため息を吐く。


「完全に帰る気じゃん」

「いや、別に全然帰る準備なんてしてないぞ。一応生徒会の仕事を適当にパパっと終わらせてから帰るつもりだ」

「じゃあそのカバン何よ」

「ネットオークションで売ろうと思ってな」

「何言ってるのよ全く……」


 惣斉はため息を吐く。


「まあもうちょっと教室で勉強もしたかったんだがな。俺の席に人が来たから仕方がない」

「そうだナ。じゃあヨル、生徒会の仕事行くぞ~」

「佐久間さん、私もお供します」

「お前がいると百人力だよ。仕方がないから俺たちも行くとしよう……。じゃあ一宮、惣斉も行く――」

「あ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!」


 突如として、惣斉が大声をあげた。

 あまりの声量に、体育館にいた大勢が肩をびくつかせ、惣斉を見た。


「うっせぇ……なんだ惣斉、一体」


 佐久間は顔をしかめながら惣斉を見る。


「あ…………あ…………あ……あああ…………あぁ……」


 惣斉は青い顔でプルプルと震える。


「会長! 会長!」


 惣斉は桜庭に駆け寄り、必死の形相で服を掴んだ。


「会長! 今すぐ! 今すぐ今している作業を中止するよう、校内放送を流して下さい! 今! すぐに! ライトナウ!」

「ど、どうしたんですか惣斉さん、なんだか様子がおかしいですよ……」


 桜庭は異常な様子の惣斉に若干慄きながら、後ずさる。


「今すぐ! 今すぐ校内放送を流してください! 体育館ならすぐに出来るから! あっち! あっちです!」


 惣斉は体育館の中にある校内放送用のマイクを指さし、ぶんぶんと腕を振る。


「ど、どうしたんですか、本当に、惣斉さん。どうして校内放送をする必要があるんですか?」

「結梨のこんなにびくついた姿初めて見たな、あははは」


 佐久間は能天気に笑う。


「佐久間くん、会長のこと結梨っていうようになったの?」

「脅されて……」


 佐久間は青い顔で言った。


「すごい実感があるね。惣斉さん、どうしたの?」


 一宮が問う。


「え、あ、そ、う……」


 惣斉は言葉に詰まった。


「おいおい惣斉、お前今のお前ヤバいぞ。もう少し声絞った方が良いぞ。すごい見られてるぞ。まるでミュージカルの主演のごとく」

「あ……」


 惣斉は周りを見た。バレー部の部員が奇妙なものを見る目で惣斉を見ていた。


「あう……」


 惣斉は顔から血の気をなくした。


「あ、う、その……」


 妙に言葉に詰まっていて、聞き取り辛い。


「そ、そう……パンツ! パンツ!」


 惣斉はそう言った。


「おい一宮、いきなり何を言い出すかと思えば、こいつさんざ不気味な様子を見せた後パンツパンツと叫びだしたぞ。ミステリーならこの後被害者になるな、これは」

「う、うるさい!」


 惣斉は桜庭の服を持って、言った。


「パンツ! パンツ! か、か、会長! 私のパンツが盗まれたんです! 私の! パンツが! 誰かに! 盗まれたんです!」

「惣斉さんはいつも予備の下着を学校に持ってきているんですか?」

「違くて! 違うこともないけど、違くて! 今日体育だったから! 汗かくと嫌だな、と思って! だから予備のパンツ持って来てて! でもそれがなくなってて! なくなってて! 盗まれたんです! だから! 私のパンツが誰かに盗まれたから! 今すぐ校内放送でお知らせしてほしい!」

「惣斉さん、落ち着いてください」


 桜庭は惣斉の肩に手を置いた。


「確かに女の子にとって、自分の下着が何者かに盗まれるのは、すごい怖いことだと思います。でも惣斉さんの下着が盗まれたかどうかはまだわからないじゃないですか。ただ紛失しただけかもしれません。それに、仮に誰かに盗まれたのだとしても私には校内放送でそれを放送するほどの裁量権は持ち合わせていません。各教室で惣斉さんの被害について注意勧告する程度しか出来ません。まだ今日の話じゃないですか。盗まれたと決めつけるのはまだ早くありませんか?」

「あ…………う…………そ……う……です……ね」


 惣斉はずるずるとその場にくずおれた。


「ごめんなさい……ちょっと焦って……もう……いい……です」


 そう言うと惣斉は体育館から出た。


「…………」

「…………」

「…………」


 体育館に残された生徒会のメンバーは、惣斉の異常な様子に、ただただ驚いていた。


「ヨル……」

「ああ……」


 夏目は佐久間を見た。


「何かは分からんが、何か大変なことが起こってるみたいだな……」

 

 佐久間はそう呟いた。





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