第19話 今さらパンツと言われても 1



「一宮、暇だな~」

「そ、そう? 僕は佐久間くんと喋れて楽しいよ」


 昼休憩、俺はベンチで休憩している一宮と出会った。


「お前最近何してる?」

「え、なんだろう。特に何もしてないよ」

「なんだその答えは」

「あはは」


 佐久間と一宮は、笑った。


「そういえば今日、体育館で生徒会の仕事あるな」

「そうだね。体育館、部活動色々あったり全校集会とかで使われることが多いからよく仕事があるんだ」

「へえ」

「そういえば佐久間君、夏目先輩見なかった?」

「え、さあ」

「ちょっと服返そうかな、と思って」

「まあそこらへん歩いてるだろ」

「そうだね」

「あ」


 佐久間は前方から歩いてくる、惣斉に気が付いた。


「何してんの、あなたたち」

「お医者さんごっこだよ。な、一宮」

「え、う、うん、そうだよ」

「何よ、お医者さんごっこって」


 惣斉は片手を腰にあて、気だるげに訊く。


「俺が患者で、一宮も患者」

「他人同士」


 惣斉はため息をつく。


「全く佐久間、本当あんたって人生楽しそうでうらやましいわ」

「なんだと?」


 佐久間は両手をポケットに突っ込み、にわとりのように惣斉に寄る。


「な、何よ。何か文句ある?」

「……」


 佐久間はじろじろと惣斉の顔を見る。


「……」


 そして、何も言わずに元いたベンチへと戻った。


「何か言いなさいよ!」

「今日の晩御飯は肉じゃがが良いな」

「知らないわよ」

「一宮、惣斉、俺のために毎朝フランス料理を作ってくれ」

「絶対に成功しないプロポーズ」


 一宮は出来るかなあ、と小首をかしげていた。


「ところで惣斉、お前なんでそんな格好なんだよ?」

「これ?」


 惣斉は着ている体操服をつまんだ。


「別に、体育から帰ってきた途中だからこの格好なだけだけど」

「せめて下くらい履けよ」

「は、履いてるから! は!? あんた何見えてるわけ!? 死ね!」

「一宮、お前には何が見える」

「え、僕は普通に体操服着てる惣斉さんだけど」

「ここには、人間の汚い悪意と、その悪意に気付かずのうのうと暮らす醜い生き物がいるだけだよ」

「いきなり貶すの止めてよ」


 惣斉は両手で自分を抱く。


「よし一宮、今だ! 惣斉に冷凍ビームだ!」

「え、えぇ!? 出来ないよ!」

「頑張れ! お前なら出来る! ファイトだ!」

「うぅ……」


 一宮は両手の人差し指と中指を立て、眉のあたりに持って行った。


「び、びびび……」

「……別に効かないけど」


 惣斉は平然と立っていた。


「一宮、よく考えろ! あいつは悪・格闘タイプだ! 効果的な技を繰り出すんだ!」

「誰が悪・格闘タイプよ!」


 うがー、と惣斉は佐久間に食って掛かる。


「あと、その手に持ってるのなんだ、惣斉」

「これ? これは別に体育館シューズ入れる袋だけど」

「今から着替えに行くのか?」

「ずっと体操服ではいられないでしょ」

「へ~」


 佐久間は持っていたシャーペンを咥えるフリをし、


「火」

「はい!」


 何かを察した一宮はライターで火をつける仕草をした。


「何やってんのよ」

「会話の終わりをタバコで演出する大人」

「しょーもな」


 惣斉はそのままてくてくと歩き出した。


「じゃあ惣斉、またな」

「あ~い」


 惣斉は一瞥もくれず、手を振った。


「おう、佐久間!」

「?」


 佐久間と一宮は、共に振り返った。


「久しぶりだな!」

「……」


 制服を着た女子高生が、そこに立っていた。

 一宮を見るが、一宮は首を振る。


「……誰?」

「誰、じゃねぇだろ! 三東翼! み・と・う!」

「スカジャンか!」

「変な覚え方すんな!」


 ベンチに手を乗せていた三東は声を荒らげた。


「お前が生徒会に入ってくれたおかげで結梨様も毎日楽しそうだ! 私は嬉しい!」

「よし、俺今日で生徒会止めるわ」

「えぇ!?」


 一宮が悲痛に叫ぶ。


「止めてくれ! もう会長のあんな顔を見たくない!」

「冗談だ、冗談。俺は推薦で大学を受けるから生徒会は止めない」

「はぁ……」

「ふぅ……」


 一宮と三東はほっとする。


「そういえばさっきの、真紀じゃん。なんでこんな所に?」

「ああ、体育が終わったところだから、つってたよ」

「体育が終わったところ……?」


 三東はおとがいに手を当て、考え込む。


「なんだなんだあ、三東。お前もしかして頭脳派かぁ!?」

「いや、そんなじゃなくて。私真紀と同じクラスなんだけど」

「へぇ」


 一宮を見るが、一宮は首を振る。


「体育が終わったのって、結構前のはずなんだけどなあ」

「……」


 言われてみれば、確かにそうだった。

 佐久間は食事をとった後、一宮と出会った。体育から帰ってきたにしては、惣斉はあまりにも遅すぎる。


「何かやることとかあったんじゃないか?」

「いや、普通に帰ってた気がするんだけど、おかしいなあ」

「気になるからあとで惣斉に聞いとくわ」

「りー」


 三東は考えるのを止めた。


「え~、何この集会。ちょっと私予想外」


 三東の隣から、突如有明が顔を出した。


「誰だ、こいつ」


 三東が有明を指さす。


「え~、そんな言い方心外なんだけど~」

「そいつは生徒会随一の鎖の使い手、有明加奈子。必殺技はチェーンボルト。帯電した鎖を振り回し、電撃に耐性のない相手を一撃で沈める」

「佐久間くん、よくそんな口から出まかせがポンポン出るね」


 有明は髪をいじりながら言う。


「俺お前のことあんまり知らねえんだよ、一宮、説明」

「有明さんは普通の女の子だよ。生徒会書記、お洒落とかがすごい上手なんだ」

「へ~」

 

 見てみれば有明は付け爪をし、髪は薄茶色だった。


「三東もお洒落だな、そう言われれば」


 佐久間は三東の服を指さす。


「いや、普通に何もしてないんだけど」

「スカジャンを見すぎてスカジャンの幻覚が……!」

「うっせ!」

「痛ぇ!」


 三東は佐久間の頭を殴る。


「三東スマッシュ、殴られた人間は死ぬ」

「いや、強すぎ」


 三東は呆れた目で佐久間を見た。


「で、これってどういうメンツ?」


 有明はその流れについていけず、濁った目で三人を見ていた。


「一宮は俺の話し相手、三東はペット」

「いっちーとの扱いの差ひどくない?」


 一宮はあはは、と頬をかいた。


「一時間話を聞いてもらうたびに一宮に三千円を渡している」

「いっちー!」

「も、もらってないよ! 無償だよ!」

「出世払いを約束させられている」

「いっちー!」

「だ、だからそんなんじゃないよ!」


 困りながら、一宮は笑った。


「三東には毎日ご飯を作りに行っている」

「三東さん?」

「いや、違うって!」

「お前の作る料理は気に入らない、と口にしてくれないこともあった」

「三東さん!?」

「違うからぁ!」


 一宮は三東を詰める。

 有明はその横で、だるそうにいた。 


「あー、佐久間くんって、喋ってると疲れるね」

「よく言われるよ」


 有明は物憂げにそう言い、その場を去った。


「なんだあいつ、許せねえ! ちょっとあいつぼこぼこにしてくる!」

「ダメだよ佐久間君、女の子ボコボコにしたら」

「佐久間パンチをお見舞いしてやる」

「止めとけ!」


 佐久間は再び三東に殴られた。


「おい、俺は殴られてもいいのか、一宮」

 

 佐久間は救いを求める目で一宮を見た。


「三東さん、佐久間くんもあんまりいじめないで?」

「大丈夫いっちー、こいつにとってこれはご褒美だから」

「そうだぞ一宮、俺のご褒美を取り上げるな!」

「佐久間くん、文脈が滅茶苦茶だよ!」


 三人は、笑った。



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