第18話 久しぶり、会長


「ふう……」


 俺は久しぶりになる学校へと、来ていた。

 夏目さんと社交界に行ったこともあり、随分と久しぶりな気分がする。


「じゃあ、さっそく」

「佐久間さん」

「うわっ!」


 校門の前、俺は突如として聞こえてきた声に、思わず飛びのいた。


「どうして離れたんですか、佐久間さん」

「なんだか会長か……脅かすんじゃねぇよ、全く」

「どうして、は・な・れ・た・ん・で・す・か?」


 会長がにこにこと微笑みながら、俺の方へと歩み寄ってきた。


「え、いや、そりゃあ突然声が聞こえたら飛びのくでしょう、誰でも。それに一流の戦闘スキルを得た俺の背後を取るような奴、ただものじゃあないでしょう」

「へえ……」


 会長が冷たい目で俺を見てくる。

 こんなに会長が冷たい目で俺を見てくるのは始めてだ。


「佐久間さん」

「はい」

「今週の週末、どこ行ってました?」

「え?」


 こいつ、完全に俺を殺しに来てやがる。

 何をしてましたか、ではなく、どこへ行ってましたか。

 とりあえず適当にお茶を濁すしかない。


「いやあ、どこにも行ってないなあ。強いて言うなら一日中泥団子磨いてたけど」

「ふふ……」


 会長が妖しく笑う。この笑いは、駄目な笑いだ。


「お可愛いこと」

「お可愛いこと……」


 お可愛いことは、別にない。


「佐久間さん、夏目先輩と二人で旅行に行ってらしたんじゃ?」

「…………」


 駄目だ。全部バレている。どこで、何故バレたんだ。


「佐久間さんが休日何をしてるか、全部知ってるんですよ」

 

 怖すぎる。明日から、カーテンくらいはちゃんと閉めよう。


「もちろん、泥団子を綺麗にしてたことも」


 そう、泥団子を綺麗にしてたことは嘘ではない。ほんの数秒ではあったものの。


「これは……お願いを聞いてもらわないといけないですねえ」

「お願い……」


 怖すぎる。指の爪を全部欲しい、みたいなお願いだとすれば俺は卒倒する。

 会長はふふふ、と笑いながら俺に近づいてきた。


「た……」


 俺は後ずさり、


「助けてくれーーーーーーーーーーーー!」

「逃がさないですよ!」


 すぐさま逃げた。

 カバンが重い。体が重い。息ができない。

 恐ろしい。

 後方を振り返ると、会長が恐ろしいスピードでついてきている。


「このっ!」

「……っ!」


 俺はカバンをそこらに投げ捨てた。

 俺がカバンを持っているのに対して、会長は無手だ。圧倒的に不利がすぎる。

 俺のカバンを見た会長は、すぐさま俺のカバンに飛びついた。

 獣をとらえたぞ、俺は。


「今だ!」


 俺は高校のフェンスを乗り越え、裏山へと逃げ込んだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 息を整える。

 突然走り出したということもあるが、何より緊張が俺の精神に多大な負荷をかける。

 会長の言っていたおしおきとはなんなんだろうか。そして、俺のカバンはまだ無事なんだろうか。

 俺は少しフェンスから身を乗り出し、学校を見た。


「…………」


 誰も、いない。

 どうやら会長は俺が学校の中へと入ったと思ったようだ。

 それもそうだ、学校の外へと逃げるような奴がいるわけがない。


「佐久間さん、もうひどいですよぉ」

「うわああああああああああああああああああああああああああ!」


 俺の服の袖が、握られていた。

 カイチョウガイタ。


「止め、止めてくれ! 命、命だけは助けてくれ! 頼む! この通りだ!」


 俺は命のポーズをした。


「もう、全く佐久間さんはふざけるのがお好きですねえ。私困りますよぉ」


 なんだか語尾が妙だ。

 会長は俺の胸に指をそわせてくる。鳥肌が、立つ。


「佐久間さん、私のことどう思ってますか?」

「どう、ってそ、そりゃあ、文武両道、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花、完全無欠の超絶美少女、何でもできる天才だと思ってますよ、いやあ、本当だよ、あはははは」


 会長の世間での声を、俺は代弁した。


「本当に思ってるんですかぁ?」

「もちろんですとも、あはは」

「じゃあなんで夏目先輩と恋の逃避行なんてしてたんですかぁ? あれ、浮気ですよね」


 浮気とは。

 そして、言っておくがあれは恋の逃避行ではない。

 

「いやあ、会長の誤解ですよ、あははは」

「私、そうやって言われるの嫌なんですよねぇ……」


 会長は俺の胸でいじいじといじけた。


「会長会長って、佐久間さんに役職名で言われるの嫌なんですよぉ」

「いや、他の人も会長って――」

「確かに、私は佐久間さんのために、佐久間さんに追いつきたくて会長になったんですよぉ。でも、佐久間さんにはその……」


 会長が口を閉ざした。


「名前で呼んで欲しいなあ……とか……思ったり……したり……」


 妙に歯切れが悪い。

 段々と会長はうつむきながら、言った。


「え、名前?」

「はい!」


 今度は妙に顔を明るくして、言った。


「それに、私も佐久間さんのこと名前で呼びたいんです!」

「はあ」


 お願い、って、これ?


「じゃあ、桜庭さん」

「名前で」


 会長が俺の肌をつねってくる。


「結梨さん」

「さん、はいらないですよぉ」

「結梨」

「…………」


 会長は後ろを向いた。

 この女、こんな顔もできたのか。最初からもっとつつましくしてくれればよかったのに。


「ヨル……くん」

「はあ……」

「~~~~~~~~!」


 会長はぶんぶんと顔を振った。


「ありがとうございます! 私、感激です!」

 

 会長が俺に迫ってくる。


「どう、いたしまして……」


 俺はたじろぎながら、返答した。


「嬉しい! 嬉しい嬉しい嬉しい!」


 きゃあきゃあと会長が言う。

 あの完全無欠な会長の影もない。

 会長がどうして俺への評価がこんなに高いのか、俺のためというのは一体何なんだろうか。

 よく分からない。


「じゃあ、早く授業行きましょう、ヨルくん! 遅刻しますよ!」


 お前のせいだよ。


「ああ、行こう」


 俺は会長に手を引かれ、学校へと向かった。






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