第17話 Dance with Natsume4



「それにしても広いなあ」

「ヨルどこに行く」


 俺はパーティー会場の中を散策していた。


「ヨル早い」

「ゆっくり歩きます」


 俺はゆっくり歩いた。


「今度は遅すぎる」

「早く歩きます」


 俺は早足で歩いた。


「壊れたアンドロイドか! いい塩梅で歩けよ!」

「壊れたアンドロイドってタイトル、キャッチ―でいいですね」


 俺は何も考えず、夏目さんの歩調に合わせた。


「そろそろダンスが始まる時間だぞ」

「あぁ、ダンスがあるらしいですねえ。不本意ながら。踊り方知らないんスけど、どうしたらいいですか?」

「踊りながら私がエスコートしてやるよ」

「夏目さんにエスコートされるの嫌だなあ」

「大丈夫大丈夫。こう見えてもこう見えるから」

「情報量ゼロですよ、その言葉」


 任せなさい、と胸を張る夏目さんに、俺はいささか不信感を覚えていた。


「ほら、手を取りナ」

「はいはい」


 俺は夏目さんの手を取った。


「ダンスに大事なのはリズム。特に一般に知られてるダンスは一と二を交互に繰り返すスタイルのものが多くみられる気がするな」 

「ちょっと何言ってるかわからないっすね」


 夏目さんは宣言通り俺をエスコートし、先からずっと同じペースで同じ動きを繰り返している。


「ダンスもなんでも、同じだナ。最初に原型となる型があって、そこから応用、そして個人がどんどん自分にとって有利な、得意なものを組み合わせてその人独自のものが出来上がる。そういうスタイルだナ」

「先輩、格好いい……!」


 夏目さんらしくない、頼りになるセリフ。


「俺が女なら惚れてました」

「男のまま惚れるべきだナ」


 なはは、と笑う。


「お、始まるナ」


 俺は夏目さんの足取りを見ながら必死でダンスを覚えようとしているその時、夏目さんが言った。

 俺は夏目さんの視線を追うようにして、首をめぐらせた。


「おぉっ……」


 いかにもダンスが始まりそうな雰囲気がしていた。

 数多の男女が二人一組になって、一組、二組、と続々と踊り始めていた。


「仮面舞踏会!」

「仮面はしてない」


 俺はすこし嬉しくなって、強引に夏目さんを引っ張る。


「早い早い、ヨル早い」


 俺は歩調を遅くする。


「また遅すぎ!」


 ははは、と俺と夏目さんは笑った。



 × × ×



 俺と夏目さんは踊りを続けながら、多数の男女でダンスを行っているホールへとやってきた。


「上手い上手い。後輩、上手くなってきてるナ」

「マジスか。やったね」


 夏目さんのステップ、近くにいる上級者のステップを覚えていくと、どんどんと上達していった。


「まあ上達方法っていうのはなんでも同じかもしれないスね。何かしらで上達するときの方法が他の分野の上達方法と似通ってる、みたいなことってよくありますもんね」

「そうだナ」

「おっとぉ! すまない!」

「うべ!」


 突然に俺に足がかけられ、俺は転倒する。


「あ~あ~、すまない。虫でも止まってるのかと思って足をかけてしまった。いやいや失敬、死にかけの虫がもがいているように見えたよ、あっはっはっはっは!」

「野郎」


 俺は立ち上がる。


「おいヨル止めろ! こんなところで騒ぎを起こしたらまずい!」

「分かってますよ。先輩の顔にも泥を塗ることになりますしね」

「いや、私のことは全然いいから、ヨルは自分のことだけ心配しろ!」


 先輩は俺に手を差し出した。また、踊り始める。


「いやあ、あっはっはっはっは! まだ踊りを止めないかい! 誰かに踊らされてるのかい、あっはっはっはっは!」

「なんだあいつ、うぜぇ!」

「ヨルがうざがるとは、相当だナ」

「そんなみすぼらしい男と共に踊っている君も君だな! 落ちたもんだな、夏目家の地位も! あっはっはっはっは!」


 失礼な言葉が聞こえてくる。


「夏目さん」

「だ、大丈夫だ。私のことは気にするな。な?」


 夏目さんが無理に笑っている。

 パーティー会場に流れているハチャトゥリアンのクラシック音楽も、そろそろ佳境に差しかかってきた。踊りの終わりが近い。


 仕方がない。


「夏目さん、行きますよ」

「え、おい行くって何に、おいぃぃぃ!」


 俺は夏目さんと踊りをしたまま、阿志岐の下へと突っ込んだ。


「ダメダメダメダメダメダメ、死んじゃう!」

「突っ込むぞ!」

「映画っぽくいってもダメーーーー!」

「な、なんだなんだなんだなんだ!?」

 

 俺は阿志岐に接近する。


「や、止めろお前! ぶつかる! ぶつかるぶつかるぶつかるぶつかる! 止めろ! 馬鹿か!」

「おらあああああぁぁぁ!」


 俺は阿志岐の目の前でターンし、踊りを再開した。


「うわっ!」

 

 阿志岐は俺の接近を回避しようと無理な動作がたたり、しりもちをつく。


「あぁ、こんなところにいたのか。これは失敬失敬。俺のダンスが少々無茶をしたみたいだ」

「な……」


 阿志岐が顔を真っ赤にして俺を見てくる。


「ば、馬鹿な! そんな無理やりなダンスがあるか! こんなものはダンスじゃない! 俺は認めないぞ!」

「基本っていうのは、踏襲したうえで何かを加算することで出来上がるんだよ、阿志岐君」

「分かったような口を利くな!」

「きゃっ!」


 阿志岐はパートナーを引っ張り、また強引にこちらに向かってきた。


「転べ!」


 俺にかけてきた足は空を切り、阿志岐はまた派手にしりもちをつく。

 会場の注目が、阿志岐に集まった。


「な、何故だ! この短時間で上手くなりすぎだぞ貴様!」

「同じ手が二度も通用するか馬鹿野郎!」


 俺は夏目さんと踊りを続ける。

 阿志岐が大声で俺を罵倒してきたことで、ざわざわと慣習が増えてきた。


「ねえ、あれ……」

「なんであの人床で座ってるの、危ない……」

「さっきから何かしら一体」

「喧嘩?」


 ざわざわと、阿志岐や俺たちへの興味関心の小声が漏れ出てくる。


「くっ!」


 阿志岐は顔を真っ赤にし、ズボンの埃を払って立ち上がった。


「戦え! 俺と決闘しろ!」


 阿志岐は純白の手袋を俺の顔面目掛けて投げてくる」

 俺はひょいと顔を動かし、よけた。


「何故よける!」

「いや、普通よけるだろ」


 何を言っているんだ、こいつは。


「おい、こい!」

「止めて!」


 阿志岐はパートナーを引っ張り、俺の下へとやってきた。


「戦え!」


 阿志岐は俺の肩をつかむが、俺は格闘術の応用でするりと抜ける。スリッピングアウェーってやつだ。


「き、貴様はこの場にふさわしくない!」

「多分今の状況だとそっちの方が……」


 俺は今も夏目さんと踊り続けている。


「早く動きを止めろ!」


 既に音楽は終わっていた。俺の肩をつかもうとする阿志岐を軽やかにかわす。


「こっの!」


 阿志岐は近くのウェイターが持ってきた赤ワインを取り、夏目さんに向かってかけた。


「あ!」


 俺は夏目さんの前に立ち、赤ワインを浴びた。


「きゃああああぁぁぁっ!」

「野蛮よ!」

「何、喧嘩……!?」

「こんなところで止めて!」


 非難の声が噴出する。


「おい何しやがる! 一張羅だぞ!」

「お前も来い!」

「きゃっ!」


 阿志岐が夏目さんの手を引っ張ろうとするが、手袋だけが脱げた。


「もうこんな殺人者がいるようなところにいられるか! 俺は帰らせてもらう!」

「お、おい!」

「じゃあな!」

「わっ!」


 俺は夏目さんを横抱きした。いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。


「じゃあな! 俺はこれが終わったら結婚するんだ!」

「死亡フラグをばかすか立てまくるな! 止めろヨル恥ずかしい!」

「お、おい!」


 俺は夏目さんを抱いたまま、会場を後にした。


「こ、こらヨルダメ! 恥ずかしいって! 放して!」

「そういえば俺この前ピザ食べようと思ったんスけど、大地がピザとピッツァの違い分かるかとか訊いてきて、テレビで最近見たからって偉そうにしてくるんスよ」

「話せ、じゃない! ちょっと面白そうな話をするナ!」


 ぽかぽかと夏目さんが俺を叩いてくる。


「まぁっ!」


 会場を出たところに、夏目さんの母親がいた。


「芽久ちゃん、楽しかったのねえ」

「ち、違うってママ! これはヨルが勝手に!」

「いやあ、芽久ちゃんが甘えてきて本当に大変でしたよ、あっはっは」

「こら馬鹿なこと言うな!」


 その後俺は義治さんの車に乗せてもらい、家まで帰った。


 服をワインで濡らしたことは、なんとか許してもらった。






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