第16話 Dance with Natsume3
「ついたナ、社交界!」
「でけぇ……」
俺は瀟洒な屋敷を前に、固まっていた。
「芽久ちゃん、あまり長いはしないようにしなさいよ」
「分かってるってママ。これからヨルと一緒に行くからママはもう帰っててよ」
「佐久間君、芽久ちゃんをよろしくね」
奈津子さんはそう言い残し、帰っていった。
「それにしても先輩も大変スね、こんな社交界なんか行かないといけなくて」
「まあ金持ちの宿命ってやつだナ」
「ヤな宿命っすね」
俺は屋敷の門をくぐり、日暮れにも関わらず強烈な光を放っているその館へと足を踏み入れた。
「ヨル、手」
「はい」
俺は夏目さんの手を取り、歩く。
どうやらこれが社交界のお決まりのようだ。
「……うわあ」
「会場だナ」
屋敷の中を歩き回り、たどり着いたその先は、パーティー会場だった。
「夏目さんすげぇ、これ見てくれ! 食べ物がいっぱい!」
「こらこら、はしゃぐなはしゃぐな」
あまりこういうパーティーに参加したことがないため、つい興奮してしまう。
「夏目さんこれバイキング!?」
「そうそう。手続きを済ませないといけないぞ、後輩」
「そんなんあるんスね」
俺は夏目さんに連れられ、受付にやってきた。
「夏目様と佐久間様でございますね。お待ちしておりました、どうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ」
燕尾服をまとった、いかにもといった執事風の男に、歓迎される。
「夏目パイセン、ぱねぇっすね!」
「そうだナ~」
夏目さんは勝手知ったる様子でぶらぶらと歩く。
「ここにいる人全員官僚なんスかね」
「全員ではないでしょ。まあ何人かはそうなんじゃないかナ」
「ミスナツメ」
「?」
バイキングに目を輝かせているうちに、見知らぬ男がやってきていた。
「お久しぶりです、ミスナツメ」
「お久しぶりです」
夏目さんは片手をあげ、五指で挨拶した。
「久しぶりにお会いできて、私嬉しいデス」
男は夏目さんの手を取り、口を近づける。
「ダメです。私はそういうノリは好みません」
「おう……」
夏目さんは手を振りほどいた。
「相変わらず手厳しいですね、ナツメ」
「いつもどおりですよ」
夏目さんは嫣然と微笑む。
「……」
そして俺は大口を開け、夏目さんを見ていた。
「ナツメ、こちらは?」
「おいおいてめぇ、人に名前訊く前に自分から話すのが筋ってもんじゃあねぇかい? うちの芽久ちゃんに近寄ってからに」
俺は無意味に高圧的な態度を取りながら、男に近寄った。
「オウ、スミマセン。私ダニエルと言います。ナツメのフィアンセィです」
「フィアンセ!?」
俺は夏目さんを振り返った。
「違いますわよ。ダニエルが勝手に言ってるだけです」
夏目さんは、またも今まで俺が見たこともないような口ぶりで話す。
「ところであなたは誰ですか?」
「俺は佐久間夜、大官僚になる男だ!」
「大官僚って何ですか?」
「知りませんこと」
見たこともない素敵な衣装に身を包み、見たこともない口ぶりの夏目さんは、もう本当に誰だか分らなかった。
「ちなみに、この人は私の彼氏ですよ」
「ワッツ!? 嘘でしょ!?」
「ダニエルが想像できないようなことだってしてるんですよ」
うふふ、と夏目さんは笑う。
「ノウ! 嘘だ! ライ!」
興奮するダニエルとは対照的に、夏目さんは俺の指に指を絡ませてきた。
「ダニエル、こんな手のつなぎ方見たことあります?」
「オゥ…………」
ダニエルは顔を手で覆い、大仰に首を振った。
「スミマセン、パートナーのいる方にはもうちょっかいは出せません……佐久間、幸せにしてあげてくだサイ……」
そう言うと、ダニエルはとぼとぼと帰っていった。
「まさか夏目さん、俺を呼んだのは社交界に行くだけじゃなく、もっと色んな男を断るためだったり?」
「そうだナ! よく分かったナ!」
屈託のない笑顔で、夏目さんは笑った。
とんでもない魔性の女だ。
× × ×
「夏目さん、これすげぇ! フカヒレ!?」
「そだナ。こんなところでガツガツご飯を食べるナ、夜坊」
フカヒレにキャビア、いくらやピザなど、高級食材から庶民的な食べ物までたくさんあった。最も、庶民的に見えるだけでその料理は折り紙付きだったりするのかもしれないが、俺はとにかく皿に料理を乗せまくった。
「見て、あの子」
「くすくす……」
「ほらほら夜坊、笑われてるぞ」
夏目さんは俺の肩を叩く。
「いや、ご飯あるのに食べちゃダメって意味わからんでしょ」
「こういうのは雰囲気作りのために置いてあるだけで、実際ほとんど食べたりはしないもんなんだよ。もうヨル、どんだけ食べんの」
俺は皿いっぱいに料理を盛り、椅子に座ってガツガツと食べていた。
「くすくす」
「ヤバいね、あれ」
「あの隣のって芽久様?」
「嘘でしょ、なんで芽久様が?」
俺を嘲笑する言葉とともに、なにやら恐ろしい言葉も聞こえてくる。
「夏目さん、なんか言われてますけど」
「お前だよ」
「芽久様って聞こえるんスけど」
「ああ、まあそういう風に言われてんだナ。他人の評価なんて所詮自分が何をやるかにかかわることじゃないナ」
「やだ素敵」
「えへへへ」
「やだステーキ」
「食べ物のことばっかだナ」
俺はステーキを取りに行った。
「今日はまた、一段と変な奴を連れてるなあ、夏目お嬢さんは」
くすくすと笑う声に交じり、野太い声が聞こえてきた。
俺は反射的に、首をめぐらせる。
「いつもは神々しい夏目お嬢様の威光が台無しだなあ、あははは」
完全に俺を見て、遠くから大声で挑発するように言っている男が、いた。
「なんスか、あいつ」
「よく私に突っかかってくる男だよ。気にしなくていい」
「ちょっと一発ぶん殴ってきます」
「だ、ダメダメ、止めろってヨル!」
俺は夏目さんの制止も聞かずに、男の下へと歩み寄った。
「おうおう、なんだおめぇ。何か用か?」
「いやあ、まさか。僕が何か言ったかい?」
男は前髪をかき分け、俺を指さした。
「明日の天気? 明日の天気は雨ダスよ、って聞こえたんだよ! 明日は晴れだろうが!」
「な、そ、そんなこと言ってないぞ僕は!」
周りの人たちが、くすくすと笑う。
「無礼もいい加減にしろ! なんだお前、そのナリは!」
「明日の天気は、雨ナリか?」
「その服装はなんだ、と言っているんだ!」
「え?」
俺は自分の服装を見てみた。奈津子さんに整えてもらったし、特におかしなところは見当たらない。
「着こなしが最低じゃないか!」
「ヨルヨル」
気付けば、夏目さんが俺の袖をくいくいと引っ張っていた。
「え?」
どうやら、食事に夢中になっているうちにだらしなく服が出ていたらしい。
「これが最新のファッションだ」
「そんなわけあるか! 嘘つけ!」
「流行にとろいやつだなあ。一九六〇年、アメリカを筆頭に流行ったこの着こなしを知らんのか、お前は」
「六十年以上前の話じゃないか! 黙れ黙れ!」
男は片手で空を切る。
「そもそもお前誰だよ」
「ぼ、僕は阿志岐砂(あしきすな)だ! なんなんだお前こそ! 無礼だぞ!」
「ふ、俺の名か? 江戸川ドイル、探偵さ」
「嘘をつくな! そんなバレバレな嘘があるか!」
「そ、そんな……今まで誰にも嘘だってバレたことがなかったのに……!」
俺はわざとらしく驚きおののいた顔をする。
「なんなんだお前は一体! みすぼらしい格好をして! 僕は色んなパーティーに出ているんだぞ! 貴様のようなやつ見たこともない! どうせ今夜のダンスもロクに踊れはしないんだろう!」
「え?」
ダンス? そんな話は聞いていない。
夏目さんを見る。
「にゃははは、言い忘れてたんだナ」
こんのアマ。
「このパーティーの品位を貶めるようなことをするな! 貴様のような無礼極まりない庶民がやすやすと立ち入っていい場所じゃないんだぞ! 即刻立ち去れ!」
そういうと、阿志岐はぷんすかと怒りながら踵を返した。
「どうしてこうなった……」
「ヨルのせいだよ」
俺は一人、呆然としていた。
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