第15話 Dance with Natsume2
「ご紹介が遅れましたわね。私は芽久ちゃんの母親、夏目奈津子(なつめなつこ)と申します。そしてこの無口なのが夏目善治(なつめぜんじ)、よろしくお願いしますわね」
「これはご丁寧にどうも」
俺は軽く頭を下げる。
「ところで芽久ちゃん、佐久間くんはどういう方なのかしら?」
「ママ? 今はまあそんな話いいじゃん?」
夏目さんは母親の話を聞き流す。
「もう、照れちゃって。芽久ちゃんが連れてきた男の子なんだから相当いい子なんでしょ?」
「いや~、あははははは……」
まさか社交界に連れていくためだけに俺が連れてこられたとは思いもよらないんだろう。
「佐久間くん、あなた、趣味はあるの?」
「ああ、趣味は努力することですね」
俺は即座に、これ見よがしに、言った。
「んまあ! 素晴らしいわね~」
おほほほ、と笑う。
善治さんも分かったかのように頷いていた。
「どうして努力するのが好きなのかしら?」
「将来は官僚になって芽久ちゃんにも何不自由のない生活をさせたいからですね。俺が頑張ることで少しでも芽久ちゃんの負担が減るなら、俺は喜んで今の時間を努力にささげたいと思っています」
「ま…………なんて素敵な子なの!」
奈津子さんは目を輝かせて、しなを作る。
「おい後輩、お前口が上手いな!」
「いやいや芽久ちゃん、本心から思ってることだよ、あははははは」
小声で耳打ちしてくる夏目さんに、俺は軽口で返した。
もちろんのこと、そんなことはびた一文思っていない。
「今回は芽久ちゃんに社交界に呼んでもらって、大変感謝しています。芽久ちゃんみたいな可愛い子が社交界に行けば衆目を集めることは間違いないでしょうね」
「えへへ、そうか~?」
見え透いたお世辞に、夏目さんは頭をかいて喜んだ。ちょろ女。
「社交界といっても夕方からよ。それまではゆっくりしていきなさいな」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
「じゃあヨル、家教えてやるよ」
「ありがとう芽久ちゃん」
そうして、夏目さんと俺はその場から離席した。とうとう善治さんは一言もしゃべらなかったな。
「おい後輩!」
「なんスか?」
長い長い廊下を歩きながら、夏目さんが目を輝かせて振り向いた。
「お前凄いな! 今回ばかりはお前のクソな部分が約に立ってるナ!」
「クソな部分って何スか。努力家で誰からも好かれる素晴らしい人柄、と言ってもらわないと」
「いや、お前はクソだよ」
夏目さんは断言する。この野郎。
「いやあ、本当に後輩に来てもらえて助かったナ!」
「俺もありがたいスよ。でも夏目さん、夏目さんって跡取りなんスか?」
俺は奈津子さんが言っていた言葉が妙に気になっていた。
「そうだナ! 子宝には恵まれなくて私は一人っ子なんだよ。だから必然的に跡取りになったわけ」
「へ~」
「だからお前と結婚した後はお前がここを継いでいくことになるんじゃないかナ」
「なるほど~」
官僚になる道も面白そうだが、豪邸を発展させるのも面白そうだな。
「まあ彼氏のフリは今日だけで大丈夫だぞ。あとは適当にママとパパに言っとくから」
「ラブコメっていっつもそういう感じでなあなあにしようとするとこありますよね」
「なんでお前の頭の中はラブコメ基準なんだよ!」
夏目さんは俺を小突いた。
「にしても夏目さんちっちゃいっスね~」
俺の前を歩く夏目さんを見ると、ますます思う。
「ちっちゃい女の子の方が可愛いみたいなところあるからナ」
「でも身長高いとモデル体型とも言いますよね」
「うっさい!」
夏目さんが脛を蹴ってくる。痛い。
「女の子はな、ちっちゃさが美徳とされてるんだよ。浴衣しかり、おっぱいしかり」
「そうなんスか?」
「そうだとも。おっぱいもな、おっきすぎると可愛いデザインのがないんだよ。お前の好きな巨乳も苦労してるんだぞ」
「俺そんなこと言いましたっけ」
風評被害が。
「それに大きすぎると普通に売ってないからいちいち作ってもらわないといけなかったりするんだぞ?」
「いや、もう胸の話はいいですって。こんなところで聞かれたら変な誤解されますよ」
「速報! 貧乳に見とれる佐久間夜、その夜は私たちの想像を超えていた!」
「誤報が過ぎる」
目の前で夏目さんが楽しそうに言う。なははは、と笑った。
「それに身長が高いと可愛い靴がなかったり、服もメンズのを着たりしないといけないんだぞ」
「夏目さんどっちも全然縁もゆかりもなさそうなのによく知ってますね」
「か、勘違いしないでよね! 大きいのに憧れて友達に聞いたとかじゃないんだからね!」
「夏目さんツンデレ似合いますね」
全く関係のない話をしながら、俺は夏目さんの家を紹介してもらった。
× × ×
そして日も沈み、ほのかに薄暗くなったところで、夏目さんに声がかけられた。
「ああ、化粧直しだ。行ってくる」
「どうぞ~」
俺は夏目さんと対局中の盤面を見ていた。将棋、あまり勉強したことはないが、なかなかどうしておもしろい。夏目さんの腕前もそこそこのものだった。
そして数十分が経った。
「おまたせヨル、行こっか」
「夏目さん……?」
俺の前には、静かで落ち着いたドレスを身にまとった夏目さんが、いた。それはいつもの先輩である夏目さんとはまるで違う雰囲気を醸し出していた。
薄紅色の口紅に白い肌をした夏目さんは、いかにもお姉さんという感じがしていた。
「まごにも衣装ってね」
夏目さんはいつものように、なはは、と笑った。
「夏目さん結構似合ってますよ」
「可愛い?」
「とても」
「やった」
夏目さんは小さくジャンプした。
「でもまごにも衣装って、変だよな。私お母さんに用意してもらったのに。おばあちゃんならまごにも衣装もわかるけど、これじゃ娘にも衣装だナ」
「夏目さん、馬子にも衣装は馬で荷物を運ぶ職業の人でも立派な衣装をしたら立派に見えるって意味なんで、孫娘とかの孫じゃあないんですよ」
「また一つ……賢くなってしまった……」
「無知をさらしただけですね」
「あらら、こりゃ手厳しい」
てへ、と夏目さんは自分の額を叩いた。
「その可愛い格好でおっさんっぽい立ち居振る舞い止めてくださいよ」
「こりゃ失敬。私が好きなのはホッケー」
「次言ったら体罰ですよ」
「こりゃあ手に負えませんな!」
「体罰です」
俺は夏目さんの頬を引っ張り回した。
「止めて! せっかく化粧したのに! 顔が崩れちゃう!」
夏目さんは笑いながら俺の手を外した。
「覚えとけよ!」
「ふ、敗者の鳴き声ほど惨めなものはないな……」
夏目さんは頬を膨らませ、涙目で俺を見てくる。
「これから社交界です。気合い入れましょう」
「私も可愛くなったから可愛い言葉遣いするわよぉ」
「一周回ってダサい」
俺たちは善治さんと奈津子さんに、車に乗るように言われた。
「行きましょうか、芽久ちゃん」
「ありがと」
夏目さんは俺の手を取り、車に乗り込んだ。
さあ、社交界に出発だ。
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