第11話 トランプ再び 2



「え、だ、駄目です惣斉さん! 何言ってるんですか! 佐久間さんにいやらしいことをしようとしたって、そうは許さないですよ!」


 隣の会長が俺を抱き寄せてくる。


「ち、違います! 隣にいたら佐久間にカードを取ったり出したり出来るからです!」

「撮ったり出したり……何言ってるんですか惣斉さん! 最低です!」


 何言ってるんですか、はお前だ。


「と、とにかく私は佐久間と直接戦わないと負けなんて認められないです!」


 惣斉はぷい、とあらぬ方向を向いた。


「大丈夫会長、何かあった時は会長がなんとかしてくれる。そうだろ? さあ、再戦というこか」

「佐久間さん……」

 

 会長は少し不安気な顔をしながらも、惣斉が俺の隣に座ることを許可した。これで俺は会長、惣斉のヤバい人ツートップに囲まれたことになる。だが惣斉を打ちのめすには、これしかない。

 さあ、二戦目を始めようか。


「……」

「……」


 二戦目の試合は、静かに始まった。凪のように、ペアになったカードが捨てられていく。


「おう惣斉、今回はまた随分と静かだなあ」

「……無駄な話はしない。学んだ」


 惣斉は伏し目がちに言う。

 ほう。中々どうして。面白い。


 俺は惣斉からカードを一枚取った。

 そして会長は俺のカードを取る。


「そういえば惣斉」

「何」


 惣斉はじっとカードを見る。


「俺この前、家帰ったら玄関で一匹カナブンが絶命してたんだよな」

「……」


 惣斉は返事をしない。


「んでさ、次家から出ようとしたらカナブンが二匹家の前で絶命してたんだよ。一匹増えたんだよな」

「……」

「知らない内に俺の家がカナブンの自殺スポットになってたんだよな」

「……」

「多分次帰ったらカナブン三匹になってるだろうな、って思って帰ったらさ」

「……」

「カナブンなんとかして、って妹に滅茶苦茶怒られたわ」

「何の話?」


 惣斉がようやく口を開いた。


「こ、後輩……もっとくれよ!」

「ほら、夏目さんもこんなに渇望してるぜ」

「いや、本当に何の話?」


 惣斉は小首をかしげる。


「何の話でもいいだろ! 何の話か分からなかったら喋っちゃいけねぇっていうのかよ! なら夏目さんは何なんだよ!」

「人の話に含蓄がないみたいな言い方止めようか、ヨル」


 夏目さんは半眼で俺を睨む。


「つまりだ。お前の気をそらし、ミスを誘う作戦だ」

「しょうもな」


 惣斉は吐き捨てるように、言った。


「は? お前、今なんて言った?」

「え、い、いや、え……」


 惣斉は動揺する。


「今なんて言ったって訊いてんだよ!」

「え、しょうもなって……」

「へ~、そんなこと言ったのか」

「え?」


 惣斉は口をあんぐりと開けた。


「今怒ってたんじゃ……?」

「いや、なんて言ったか訊いただけだろ?」

「さっきのテンションどう考えても怒るやつじゃん! 聞こえてたのにその言葉の悪意に怒る感じのやつじゃん!」

「いや、言葉の通りだったんだが……」


 惣斉はぷるぷると震え、大喝する。


「あ、ところで惣斉」

「もう騙されないから!」


 惣斉の手札は残り五枚。惣斉は俺から顔を逸らした。


「お前、今ジョーカー持ってるな」

「……は?」

「いや、お前今ジョーカー持ってるな、って」

「……なんで」

「なんでって、お前の眼鏡に映ってんだよ」

「え、嘘!?」


 惣斉は俺たちを見るが、この場に惣斉以外眼鏡をつけている者はいない。

 俺は惣斉の手札を取り、ペアになった。


「はい、じゃあ惣斉ご苦労さん」


 一位。またしても優勝した。


「あ~、いや~、また勝っちゃったな~。なあ惣斉、あんだけ人をバカにしといて直接対決して負けるってどういうことだよ。いや本当弱すぎて話にならねぇなぁ! 片手でも勝てるわ、片手でも。ほら、ほらほらほら」

 

 俺は片手に自作のダンスを躍らせる。


「あ、ほら。あ、ほら。あ、ほらほらほら」


 そのまま盆踊りをしながら惣斉の周りを回った。


「いやあ、やっぱ真紀ちゃん強くて苦戦したな~。二回戦って二回とも勝っちゃうくらい苦戦したな~、あ~惣斉さん強いな~さすがだな~」


 俺は惣斉の肩に手を乗せる。


「いやあ、師匠本当お強いですねえ。肩でもお揉みしますよ、あ、直接戦ったら負けないみたいなこと言ってた師匠のお肩でもお揉みしますよ僕が」


 俺は肩を揉み、惣斉はプルプルと震えた。


「こ、こんなの卑怯だ! おかしい! 間違ってる! 眼鏡の反射を利用するなんて卑怯だ! 非行だ! ズルだ! チートだ! こんな戦い間違ってる! 今回の試合はなしだ! 佐久間がズルしたもん!」


 惣斉は必死に言った。


「夏目さん」

「ああ、うん」


 夏目さんは悲し気な顔で惣斉を見た。


「マキキ、マキキの眼鏡には何も映ってないよ」

「え!? え!? でもさっきこいつが……」


 惣斉は後ろの俺を指してくる。手札を見てみると、確かに、惣斉はジョーカーを持っていた。


「ブラフだよ」


 俺は惣斉に教えた。


「お前が毎回毎回手札をじーっと見て、俺がお前の手札引くたびにニヤニヤ笑ってんのバレバレなんだよ。眼鏡に映ってるって言えばどうしたってジョーカーの方を見ると思って仕掛けたんだよ。映ってねぇよ」

「そ、そんな……」


 惣斉は打ちひしがれた。


「今度は私が二番ですね」

「あ、僕三位です」

「私四位~」

「五位~」


 そして惣斉がまたしても最下位。


「いやあ、惣斉。まあ、その……なんてんだろな、まあ……頑張れって!」

「慰めの言葉を思いついてないのに適当なことを言うなよ!」


 惣斉は俺に怒る。


「まあ俺もお前の言葉を思い出して、ついはりきっちゃったんだよな。なんだっけ、あの……」

「全然覚えてないじゃない!」

「あ、思い出した!」


 俺は胸に手を当てた。


「ゲームは数字じゃない。…………心だ」


 精一杯優しい顔で、言った。


「あははははははは! さあ皆さんご一緒に! ゲームは数字じゃない…………」

「うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 惣斉が俺に殴りかかって来た。


「殺す! 殺す! 死ね、死ね佐久間ゴミ死ね!」

「ひぃっ! 助けて!」


 俺は惣斉から距離を取る。


「会長を守備表示で特殊召喚!」

「駄目です! 佐久間くんは私のものです!」


 会長が惣斉を押さえた。会長のものでもないけどね。


「夏目さんを攻撃表示で特殊召喚!」


 夏目さんが腰に手を当て、格好いいポーズをとる。


「魔法カード発動、一宮のヴォイス! 一宮が囁く!」

「え、ええぇぇっ」


 一宮は惣斉に駆け寄ったが、惣斉が暴れるのであきらめた。あいつは何でも言うことを聞くな。


「よし行け夏目さん、滅びの夏目ストリーーーーーーーーム!」

「出来るか!」


 夏目さんが俺の頭を叩く。


「うわああああぁぁ!」


 惣斉が会長の守備を脱し、俺にやって来た。


「死ねええええええぇぇぇぇぇ!」

「ひいいいいいいぃぃぃぃぃっ!」

「駄目です、佐久間さん!」


 逃げる俺、殺そうと追いかけてくる惣斉、捕まえる会長。

 生徒会室は、今日も混沌に満ちていた。



 × × ×



 後日。


「移動教室ってなんかポータルドアみたいなのあればいいのになあ」

「そうだなあ」


 俺は大地と移動教室に行っていた。


「あ」

「あ」


 向こうからやってくる惣斉と、目が合った。


「……」


 俺は大地の後ろに隠れ、屈みながら歩く。


「おい佐久間、私を見てそんなことされるとイラつくんだよ!」

「ひぃっ!」


 すれ違いざまにそう言われる。


「~~~~~~~~~~」

「なるほど」


 俺は大地に耳打ちする。


「なんで耳打ちなんだよ! 直接言えよ! ムカツク!」


 惣斉が何度もその場で地団駄を踏む。


「今日の晩御飯はカレーよ、と言っていた」

「耳打ちして言う事じゃないだろ! イライラする!」

「ひぃっ、ぶたないで……」


 俺は大地の背後に隠れた。


「あんた……」

「ち、違う! ぶってない! まだぶってない! そいつすぐ被害者面するんです!」

「今日は何回ぶたれたらすむの?」

「イラつくーーーーーーーーーー!」

 

 惣斉は今にも教科書を引きちぎりそうなほどに怒っていた。


「~~~~~~~~~~~~」

「なるほど」

「耳打ち止めろ!」


 俺はまた大地に耳打ちした。


「ピッチャー、三番、田中君、らしい」

「何の話だよ! 耳打ちして言うことじゃないだろ!」


 大地、全部言ってたら意味ないだろ。


「こいつすぐ怒るんすよ、大地」

「そこは耳打ちしろよ!」

 

 惣斉はダンダン、と足を踏み鳴らす。俺は大地の背後に隠れながら、移動教室へと向かった。


「じゃあ俺、行くわ」


 惣斉にそう言い、俺は大地の背後に隠れながら歩みはじめた。


「大地、俺今大地の背中にくっついてるからケンタウロスみたいじゃね?」

「そうだな」

「行け、ケンタウロス!」

「はっ!」


 俺は大地の背後にくっつき、ケンタウロスのようにして移動教室へと走った。

 惣斉はおかしなものでも見るかのような目をしていた。




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