第12話 一宮花嵐は変な奴だ



 昼の休み時間、俺は何をするでもなく学校を練り歩いていた。いつものように学校の暗部を探し、人気の少ない廊下を探索していると、視線の先に、二人の女がいた。


「あ」

「あ」

「え?」


 夏目さんと一宮が、そこにいた。夏目さんはメジャーで一宮の胸囲を測っていた。


「……夏目さん、そこまでして自分が勝ち誇りたいのか……」

「ち、違う! 違うぞ後輩! これはそうじゃなくてだナ!」


 夏目さんはメジャーを放り投げて俺に向かってくる。一宮もまた、夏目さんに負けず劣らずのまな板だ。


「そ、そうだよ佐久間くん。僕……」

「一宮、黙ってナ」

「……はい」


 夏目さんに言われた一宮は、口を閉ざした。


「夏目さんは一体こんなところで一宮と何してたんですか?」


 一宮はスカートの端を持ち上げ、ひらひらと動かしていた。


「ま、まああれだナ! あれだ!」


 なんだよ。


「あ、それよりも一宮、佐久間にその制服もっとよく見て貰ったらどうかナ!」

「え、えぇ!? なんでですか!?」


 一宮は恥ずかしそうに隠れている。そういえば一宮の制服姿を見たのは今回が初めてかもしれない。生徒会室じゃあ、ずっと学校指定のジャージだからな。


「生徒会は椅子片付けたり、雑用が多いから制服よりジャージの方が動きやすいんだナ」

「へ~」


 夏目さんは俺の気持ちを察したかのように、言った。


「あ、じゃあ私らはもう行くからナ」

「え、いや、何してたか教えてくださいよ」

「うるさい!」


 パチン、と夏目さんが俺の頬を軽く叩いた。


「あんたに関係ないじゃない! 詮索するようなこと止めてよ!」

「なんで元カレとの終わった関係みたいなの演出してんスか」

「と、に、か、く! 佐久間はさっさと帰れ! 私らはやることがあるんだよ!」

「はあ」


 俺は夏目さんに言われた通り、教室へと戻った。

 変な奴らだ。



 × × ×



「おう、一宮」

「佐久間くん?」


 放課後、生徒会室にも行かず中庭を散歩していた俺は、一宮と出会った。


「こんな所で何してたの?」

「それはこっちのセリフだよ」

「あ、僕はちょっと花見に来たんだ」


 一宮は中庭の花を見てぼーっとしていた。いかにも美少女がやりそうなことだ。


「ここの、汚くない?」

「そ、そんなことないよ! どんな花でも綺麗だよ!」


 一宮はぶんぶんと腕を振る。


「一宮、ちょっと座ろうぜ」

「うん、いいよ」


 俺と一宮は中庭のベンチに座った。


「お前花が好きなのか?」

「嫌いじゃないよ」


 どっちつかずな返答だ。


「好きなものは何なんだ?」

「何でも好きだよ」


 ふふ、と一宮は笑った。

 やはり、一宮は少し変だ。おかしい、と言ってしまっても差し支えないのかもしれない。

 

「あ、そういえばドルナドクマのことなんだけど、今日買って来たらいい?」

「……?」


 何を言ってるんだこいつは。


「えっと、前佐久間くんが言ってたの。僕にドルナドで買って来いって言ったでしょ?」

「ああ……」


 思い出した。軽口で一宮に言ったあれのことか。


「え、お前本気で言ってるのか?」

「……? え、うん」


 一宮は俺がいかにもおかしなことを言ったかのような様子で、小首をかしげる。


「いや、冗談だぞ」

「え、冗談なの!?」


 本当に何の演技をしているというわけでもなく、ただ純粋に一宮は驚いていた。


「いや、冗談じゃなかったとしても買いになんて行くな、一宮。俺が本気でお前をパシらせようとしたとしても、お前は俺の言う事なんて聞くな。なんでそんなこと聞こうとするんだよ」

「だって人の言うことは聞いた方がいいでしょ?」


 一宮はにこにことする。

 ああ。 

 思う。

 俺、こいつが嫌いかもしれない。


「ところで、佐久間くんはここで何してたの?」

「あ、ああ、探検だ」


 一宮は先ほどの話に一切の興味もないかのように、話を変えた。


「佐久間くん探検好きなの?」

「いや、全くこれっぽっちも」

「じゃあなんで?」

「ああ、勉強も同時にしてたんだよ」


 俺はポケットから資格の本を出した。


「五感を使いながら暗記すると、五感を使わないよりも暗記しやすいんだよ」

「へえ、そうなんだ! 知らなかったなあ」

 

 一宮はパン、と手を叩いた。


「佐久間くんって、すごいよね」

「何が?」

「なんか、普通の人と違って向上心があるし、なんでも出来るし、格好良いし、こういう所でとどまってる人じゃないって気がする。僕、佐久間くんみたいになりたいな」

「なれるよ、いつでも」


 俺は本をしまった。


「でも時間とか足りなくならないの? どうしてそんなに何でも出来るの?」

「なんでも出来る実感はないけどな。しいて言うなら、人間関係をぶち壊して生きて来たからかもな」

「人間関係をぶち壊して生きて来た……?」

「ああ」


 俺は、友達が少ない。


「友達がいないんだよ」

「なんで?」

「友達と遊んでると自分が努力する時間がなくなるだろ。だから友達はいらない。いらないし、作ろうとも思わない。来るものは拒まないが、去る者は追わない。むしろ、相手が去るように仕向けている節すらあるかもしれない」

「そう……なんだ」


 何故か一宮は落ち込んだような声音で、言う。


「辛くないの?」

「全く。俺の能力は上がってるからな」

「でも友達いないんだよね?」

「ああ」

「嫌われたりしないの?」

「嫌われてるかもな」


 一宮が次々に質問を繰り出してくる。


「悲しい生き方じゃないの?」

「……」


 俺が押し黙る番だった。


「悲しい生き方なのかもしれないな」


 切に、そう思う。


「でも俺が選んだことだから仕方がない。それに、友達っていうのは数人いればいいんだよ。愛する人が一人と、数人の友達がいれば、人生はそれでいい」

「哲学者みたいだね」

「ソクラテスみたいな、か」

「そんな感じ」


 ソクラテスは弟子に見守られながら服毒し、自死した。


「一宮、俺にはお前の方が悲しそうに見えるぞ」

「え……」


 一宮が、黙る。


「……そ、そうかな? 僕はいつも楽しいよ」

「そうか?」


 俺は一宮が楽しそうにしたところを、見たことがない。


「あ、再来週の金曜日、レフト姉妹がライブに来るでしょ?」

「ああ、そうらしいな」


 レフト姉妹、今世界中で大流行している二人組アイドルユニット。都会とは言い辛いこの地域にアイドルがライブをしにくることは、とても珍しい。


「僕そのライブ行くんだ」

「そうなのか。それは楽しみだな」

「うん、凄い楽しみなんだ」


 一宮は、はにかんだ。笑いながら上体を左右に揺らし、足をぷらぷらとさせる。

 その一宮の姿は、俺が今まで見たどの一宮よりもあどけなく、幸せそうに見えた。


「お前も楽しいことがあるんだな」

「あるよ! 佐久間くんは馬鹿にして!」


 一宮は頬を膨らませる。

 俺は少し、笑った。


「じゃあな、一宮。邪魔して悪かったな」

「もう行くの?」

「ああ、楽しかったよ」


 俺は一宮にそう言うと、席を外した。


 一宮花嵐、変な女だ。



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