第10話 トランプ再び 1



 生徒会にも慣れたある日、俺は生徒に配るプリントの整理をしていた。


「あ~」


 そして俺の傍には、一宮と有明がいた。いまいちまだ底のしれない二人だ。

 

「一宮、それ取って」

「あ、うん。はい」


 一宮は俺にホッチキスを渡した。

 一宮、性格は全く悪くないのだが、どうもこいつの本心に触れているという気が一切しない。底抜けの善人であることは明らかなのに、どうも笑顔が嘘くさい。


「有明、それ取って」

「……あ~」


 有明は面倒くさそうに、ハサミを取った。

 有明加奈子、こいつが生徒会の中でも一番分からない。生徒会に入りそうにない不真面目な態度に、生徒会の仕事に積極的なわけでもなく、かといって否定的なわけでもない。

 どうしてこいつは生徒会にいるんだろう。


「一宮、それ取って」

「はい、佐久間くん」

「有明、それ取って」

「あ~」


 俺は一宮と有明に物を渡してもらう。


「じゃあ一宮、ドルナドクマ行ってポテト買って来て」

「えっ!? でも今生徒会の仕事が……」

「いいからいいから」

「仕事終わったらね…………!」


 一宮は不器用に笑った。

 そして最重要課題が、俺たち三人の中にあった。


「オーケー有明、あの魚型の醤油さしの名前を教えて」

「あ~」


 そう。

 突っ込み役がいないことだ。

 大地がいれば理想の突っ込みが飛んでくるのにも係わらず、この二人は非常に突っ込み力が低い。


「一宮、お前昨日宇宙人に攫われてたな」

「えっ!? 攫われてないよ?」

「そうか……お前はもう忘れちまったか……。抜かれたんだな、記憶」

「あはは……まさか~。見間違いだよ、きっと」

「……」

「……」

「……」


 誰も突っ込まない。

 なんだこの状況。見間違いだよ、きっと、じゃないだろ! 宇宙人たち、血液検査気分で人攫って行くんだよ~、とか色々あるだろ!

 俺は一宮を見る。


「な、なに、佐久間くん?」

「い、いや、ななな、なんでもないから! 別にあんたのこと見てたってわけじゃないんだからね!」

「そっか。ごめんね、変なこと聞いちゃって」

「……」


 辛い。辛すぎる。ボケが宙に浮いている状況が辛すぎる。

 仕方がない。あまり好きではないが、ここはボケ突っ込みでこの場をしのぐとしよう。


「有明、今言うことじゃないと思うけどさ」

「なに?」


 有明は俺を見た。


「俺終わったからそっち手伝うわ」

「え? ありがと」

「……」

「……」


 静寂。


「いや、まさに今いうことだろ」


 俺は大地を真似して、言った。有明と目を合わせる。


「……」

「……」

「……」



 × × ×



「こんにちは」


 後日、いつもの生徒会に、眼鏡をした女がやって来た。


「会長、これ頼まれてた、破損が酷い校内の写真です」

「ありがとうございます。ご苦労様でした、惣斉さん」

 

 会長は写真を受け取った。

 出やがったこの野郎。俺は惣斉を睨む。


「何、見ないで」

「……」

「見ないで」


 俺は惣斉をじっと見る。


「見んなって!」

「見ちゃだめです佐久間さん! 私を見て下さい!」

「あああああぁぁぁ!」


 会長が俺の目を手で隠し、そのまま俺の方向に倒れこんだ。


「目が、目があああぁぁぁ!」

「相変わらずうるさいナ、お前ら」


 夏目さんが一声入れる。


「そういえばマキキ、この前ここでババ抜きしたんだけどな、ヨルがトランプに勝ちやすい方法教えてくれたぞ」

「はあ」


 惣斉は抱えていた書類を机で揃え、興味なさげに言う。


「ヨルいわく、上にあげたジョーカーは取らない方が良い、とか最初の手札は奇数の方が良い、とか色々教えてくれたぞ。ナ?」

「ああ、まあ」


 俺は会長をどけ、夏目さんに向き直った。


「え? それが本気で勝ちやすい方法だと?」

「は?」


 惣斉がくすくすと笑いながら俺を見る。


「ババ抜きで勝ちやすい方法を教えるとか、そんなことで勝ち誇っちゃって。なんか浅ましいし馬鹿だなあ、って笑っちゃった」

「はあ?」


 惣斉は真っ向から喧嘩を仕掛けてくる。俺がこいつから逃げたのが原因か、敵意を感じる。


「確率とか理論とか、そんなオタクくさい気持ち悪い言葉並べ立てちゃって、それで褒められて喜んでるとか本当低能すぎて笑えちゃって~」

「惣斉さん!」


 怒ろうとした会長を、俺が手でおしとどめる。


「手前! 覚悟は出来てるんだろうな!」

「所詮確率なんて数字でしょ? そんなの負けないし、ゲームっていうのは数字じゃなくて心でやるもんだよ? え、知らなかった?」


 惣斉がくすくすと笑う。


「そこまでコケにされちゃ、デュエリストの血が黙っちゃいられねぇなぁ! おい夏目、俺のデッキを持ってこい!」

「多分誰のデッキも同じなんだナ」


 夏目さんは飴を舐めながら半眼で言う。


「おい夏目、早くしろ! こいつにデュエリストの真の力を見せてやる!」

「いつからデュエリストになったんだよ。というか、私のやつだし」


 と言いながら、夏目さんはトランプを出した。


「おい夏目、トランプを配れ! 今すぐ勝負だ!」

「自分でやれよ!」


 夏目さんが俺の頭をはたき、パァンと良い音がした。俺は夏目さんから受け取ったデッキをシャッフルし始めた。


「よろしい、ならば戦争だ」

「負ける要素ないな~」


 あはは、と惣斉は笑った。


 覚えておけ惣斉。デュエリストを馬鹿にしたことを後悔し、そして泣いて許しを請うがいい。俺はカードを配り始めた。


 十分後。


「あ~愉快愉快、本当極楽だね! 一位の味は! 甘美だよ、あははははははは」


 俺は一番にあがり、惣斉を見下ろしていた。


「いやあ、惣斉君。なんだっけ、あれ? え? なんだっけ?」


 俺は真面目な顔をし、胸に手を当てた。


「ゲームってのは数字じゃなく、心でやるもんだ」


 惣斉を真似する。


「あははははははは! え? ゲームって数字じゃないんじゃなかったっけ? え? あれ、俺一番になっちゃった。あれ? 俺お前の思ってた以上に心強かった? え? あ、やっぱりどっちも惣斉より強かったってことかぁ~、あぁ~愉快愉快。あははははははははははは!」


 俺は足を放り出し、お菓子をむさぼっていた。惣斉はぷるぷると体を震わせる。


「あ、二位だナ」

「私は三位です」

「あ、僕四位です」

「五位~」


 惣斉が最下位になる。


「あははははははははははははは! え、惣斉最下位? え、最下位? だっせぇ! ゲームは心でするもんじゃなかったのかよ! え? おい泣くな泣くな、俺ちゃんがついてるからさあ! 食うか、お菓子? その心をお菓子で埋めろよ。あ、ゲームで負ける奴に心なんてなかったか! あはははははははははははは!」

「なんてウザいやつなんだ……」

 

 夏目さんがごくりと喉を鳴らした。


「ヨルというと不快指数があっという間に高くなって楽しいナ!」

「楽しくない!」


 惣斉は手札を叩きつけた。


再戦ワンモア!」

「いいだろう」


 俺はカードを配る。


「でも、今回は私に一つ条件を下さい」

「いいよいいよ、負けた奴の条件なんて幾らでも飲んでやるよ! ほらどした、早く言ってみろ惣斉」


 惣斉は今にも俺に殴りかかって来そうなほどに真っ赤な顔で、俺を睨む。


「今度は、こいつの隣にしてください!」


 惣斉は言った。





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