第9話 惣斉の野郎



「マッチトゥ掛橋、ゲームセット」

「くっそおおおおおおぉぉぉ!」


 体育館。俺は生徒会の仕事をさぼり、卓球をしていた。二階は卓球部で、一階ではバレー部とバスケ部が部活をしていた。

道場破りとして卓球部のエースに試合を申し込むも、あえなく敗北した。


「ナイスゲーム、佐久間君。これで卓球初心者とは思えないよ。本当に負けるところだった。これでも僕は全国レベルなんだけどね、あはは」

「ああ、そっちこそ強かったぜ掛橋。いい試合だった」


 俺は掛橋と強く握手を交わした。


「いやあ、生徒会の未来も安泰だね、君みたいな凄腕にかかれば!」

「あっはっはっはっは、お前は口が上手いなあ」


 掛橋の言葉に、俺は鼻を高くする。


「「あははははは、あははははは、あははははははははは」」

「すみません」


 掛橋と笑っていると、眼鏡の女が話しかけて来た。俺と掛橋は不思議そうに見る。


「掛橋、誰だこいつは?」

「さあ、僕は知らないねえ。君の知り合いじゃあないかい?」

「いや、全く」


 眼鏡は静かに俺に近づいた。


「あなた、生徒会ですね?」

「いや、違います」


 即座に否定する。


「嘘吐かないで下さい。あなた、佐久間さんですね。こんな所で何をしているんですか? 今佐久間さんがいない、と大変な騒ぎになっているんですよ」

「いやいや、俺の一人や二人消えたり登場したりしたところで何も変わったり――」

「会長が一人で」


 突然、信憑性がぐっと上がった。


「私は惣斉真紀そうざいまきと言います。申し訳ないですがさっさと来てください」


 総菜は俺の手を引いた。が、俺はその場に座り込んだ。


「嫌だ! 俺は頑として行かん! 生徒会の仕事なんて生産性のないことをやるもんか! ここで卓球してた方がよっぽど俺の人生に有意義だ!」

「そ、そうだそうだー!」


 掛橋が援護をする。


 ガン、と鈍い音がした。

 惣斉が、持っていたファイルの角で俺の頭を叩いた。


「黙って下さい。面倒なので」

「この暴力女が! 助けて、助けてくれーーーー! 掛橋、お前だけが頼りだ!」


 俺は掛橋に救いの手を求める。


「悪いね佐久間、連行される人とは係るなって母さんに言われてるんだ」

「止めろ! 止めてくれ! 俺を殺さないでくれーーー!」


 俺は惣斉に襟を掴まれ、ずるずると連行された。

 が、一階に降りる途中で逃げ出すことに成功する。


「あっ!」

「誰が生徒会の仕事なんてやってやるもんか! ざまぁみろば~かば~か!」


 俺はバレー部の下へと逃げ込む。


「このっ……!」


 惣斉は俺を追うため、走り出した。


「あ、惣斉先輩おはようござます」

「今はそれどころじゃない!」


 バレー部の挨拶もそこそこに、惣斉は追いかけて来る。


「佐久間さん!」


 突如、体育館中に響き渡るような声がした。俺は機械のような鈍さで振り向く。


「佐久間さん」


 会長が、いた。


「佐久間さん、生徒会の仕事がありますよ。早く行きましょう」

「あ、会長……。会長すみません、後は任せました」

 

 そう言うと、惣斉は踵を返した。


「惣斉、てめぇ覚えてろよぉぉぉ!」


 俺は会長に追いかけられる。


「皆さん、私たちのことは気にしないで下さい。是非、部活を続けてください」


 会長は凛々しく、言った。すごい、本物の会長みたいだ。


「佐久間さん! 駄目ですよ!」


 会長は俺に一喝する。会長に怒られたのが初めてで、俺は少し驚いた。


「佐久間さん、早くこっちに来てください」


 逃げた飼い犬を保護するかのように会長は言った。顔が確実に怒っている。これがあるべき生徒会長の姿なのかもしれない。

 凛々しく生徒をまとめ上げ、先導する。この凛々しくも冷徹な会長こそが、あるべき姿なのかもしれない。


 俺はしぶしぶと会長の下へ歩いた。


「皆さん、ご迷惑をおかけしました。続けてください。この人の処分はこちらで追って決める所存です」


 ふぇぇ、会長怖いよぉ。

 会長は俺の襟を掴み、体育館を出た。


「会長……」

「佐久間さん!」


 会長は大声を出した。


「駄目ですよ本当に! 仕事をさぼっちゃ! め、です! め!」

「め!」


 なんとなく復唱してみる。そして会長は暫く廊下を歩き、人気のない所まで俺を連れて来た。


「もう佐久間さん、駄目ですよ!」


 会長は頬を膨らませ、ぷんすかと怒った。凛々しい生徒会長はどこに行ったのか。


「私も生徒会長です! 会長という肩書きがある手前、生徒の前で佐久間さんばかり優遇出来ません! め、です! め!」


 会長は俺にぽこ、とでこぴんをした。


「もう、佐久間さんはいつもいつも自己研磨に励むのがお好きですねえ」


 ふふ、と会長は嫣然と笑う。そして、俺の肩を揉み始めた。


 ガチャ。


「……?」


 変な音がした。


「もう佐久間さん、本当に駄目ですよ! これはお仕置きが必要ですね!」


 俺の手に、手錠がかかっていた。てすりと俺の手が、手錠で繋がれていた。


「私は会長の職務があるので今は駄目ですが、ここで待っててくださいね、佐久間さん。後で戻って来て沢山お仕置きしてあげますからね」


 会長は舌なめずりをする。


「あの、会長、手錠はどこから……」

「……」


 会長は無言になった。

 あの、本当に、どこから……。


「佐久間さん、すぐにでも戻ってきますからね」


 会長は俺の耳元でそう囁くと、踵を返した。


「……」


 俺はぽつねん、と人気のない廊下に取り残された。


「ふっ!」


 俺は手錠を引っ張り、破壊した。暇な時間に筋トレしてきた甲斐があった。

 しかし手錠本体が手首についたままで、邪魔な鎖も垂れ下がっている。


「……外出るか」


 もうこんな危ない場所にはいられない。俺は運動場へと出た。




 × × ×



「おう後輩」

「おう先輩」


 運動場に出ると、夏目さんと鉢合わせた。


「どうした後輩、こんな所で」

「いや、生徒会の仕事サボったら手錠掛けられて」

「会長にカ~? 大変だなあ」


 他人事のように言う。いや、他人事か。


「だから手首に手錠だけ残ってんだナ~。お前会長に愛されてるなあ」

「それが会長に何かをした覚えが全くないんスよね」


 本当に誰かと間違えてるんじゃないだろうか。


「ていうか夏目さん、生徒会の仕事は?」

「サボった!」


 何ぃ、サボっただと?


「このクズ! アバズレ! 社会のゴミ! ろくでなし! 生徒会の仕事くらいちゃんとしなさいよ!」

「お前は何も言う権利ないだろ!」


 確かに。


「あ!」

「「?」」


 校舎の方から声がした。俺と夏目さんは校舎を見た。


「おーーーーーーーい! サクーーーー!」


 校舎三階の窓辺で明日香が俺に手を振っていた。


「ああ、明日香」

「誰だあいつ? ヨルの知り合いか?」

「子供の頃に生き別れになった姉です」

「嘘吐け。一年の階だろあそこ」


 さすが夏目さん、会長のように易々とは騙されない。


「サクーーーー! 今行くからーーー!」

「は? あいつ、は?」

「おいおいおいおい嘘だろ!」


 夏目さんは飴を片手に、口をあんぐりと開けた。明日香が窓辺に足をつける。


「あいつは昔から親譲りの無鉄砲で、子供のころから損してばっかりな奴だったんスよ。高校にいる時分、学校の三階から飛び降りて――」

「坊ちゃんの冒頭を呟いてる場合か! 早く止めろ!」


 夏目さんが俺を揺さぶる。


「明日香! 早まるな! 飛ぶな!」

「うん、分かった!」


 明日香は俺に向かって、思いっきり跳躍した。


「えええええええぇぇぇぇ!?」


 夏目さんが大声を出す。こうなったらば仕方がない。俺はレシーブをとる格好をした。


「俺にトス、持ってこおおおぉぉぉい!」

「トスのレベルじゃない!」

 

 夏目さんは俺から距離を取った。


「行っくよーーーーーーー!」


俺は落ちて来た明日香をレシーブの体勢で受け止め、


「おらぁ!」

「うわあ!」


 明日香を上に投げた。暫くは手があざだな、これは。

 明日香は上空数メートルの位置を翔んでいる。


「見てサク! 私、翔んで――」


 明日香は楽しそうに、言った。


「なーーーーーーーーーーーーい!」


 そして数秒後に着地。と同時に、ごろごろと転がって行った。


「危なかった……」

「後輩、私今本気でお前のこと尊敬してる」


 夏目さんがぱちぱちと手を叩いた。


「もう、サク! ちゃんと受け止めてよ!」

「死ぬわ」


 明日香は服に就いた土埃を払い、俺に向かって歩いてきた。


「あ、サクの友達? こんちは~」

「いや、先輩」


 夏目さんは飴を口から出し、指で二を作る。


「そなの?」

「そうそう。この人は夏目芽久さん。俺と明日香の先輩。せんぱ……」


 俺は明日香と夏目さんの胸を交互に見る。


「……」


 交互に見る。


「二人とも、仲良くなれそうだな!」

「「どこ見て言ったあああああぁぁぁ!」」


 俺は明日香と夏目さんから、ボコボコにされた。






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