第8話 トランプには勝率を上げる方法がある 2



「はぁ~、出た出たそういうの。どうせ相手の表情の細かな違いを見逃さない、とかそういうやつに決まってるナ~」

「そんなマイクロジェスチャーみたいな、難しいやつじゃないスよ。誰でも、今すぐ出来る奴です」


 俺はカードをシャッフルし、五人に分けた。


「夏目さん、このカードどういう枚数になってるか分かります?」

「え、そりゃあ五人だから…………」

「……」

「……」


 十秒が経過した。


「会長」

「十枚が二セットと十一枚が三セットですね」

「当たり。夏目さんは間違ったんでそこでスクワットでもしててください」

「なんでそんなバラエティみたいなシステムなんだよ!」


 夏目さんは立ち上がるが、隣の一宮に宥められ、また座った。スクワット一回ね。


「夏目さん、この中で有利なのはどれだと思う?」

「え、いや、そりゃあ他のより一枚少ないんだしこれでしょ」


 一宮は十枚のセットを取った。


「そんなことは、ない」

「えぇ!? じゃあいらない!」

「えぇ、僕!?」


 夏目さんは隣の一宮に渡した。


「カードを配る時点で既に戦いは始まってるんすよ。ババ抜きは、スタートが奇数の方が勝ちやすい。枚数の多寡じゃないんスよ」

「そうなんですね!」


 会長は手を叩き、俺を見た。


「なんで?」

「奇数から始めると、最終的に手札が二枚の状態になるんスよ。一枚引いてペアが揃って、一枚次の人に引かれる。最終的な手札が一枚だと、引いてペアになってあがる。奇数から始めると待ちが倍になる」

「なるほど」


 夏目さんも理解してくれたようだ。


「だから配られる時点で有利な人と不利な人がはっきり分かれるんすよ」

「へぇ~」


 有明は頷いた。


「で、次」

 

 それぞれにカードを取らせ、俺は一ペア捨て、九枚になった。俺は真ん中のカードを上にあげた。


「うわ~出た~、小学生がやるやつ。一枚上にあげてジョーカーかどうか迷わせる奴じゃん」

「一宮、夏目さんの口をふさいでくれ」

「止め、止めろ!」


 一宮はびくびくしながら夏目さんの口を防ごうとしたが、夏目さんの抵抗力の方が強かった。


「じゃあ会長、一枚引いて」

「は、はい! 佐久間さんの言う事は何でも聞きます!」


 俺は会長に手札を一枚引かせるよう言った。ついてくる言葉が一々怖い。


「ここで、この俺が故意に上にあげたカードを取るか取らないかで、また状況が変わって来る」

「どういうことですか?」


 会長は自分の手札の横からひょっこりと顔を出した。


「一宮、今俺がジョーカーを持ってるとして、この九枚の中で上にあがってるカードがジョーカーである確率はいくらだ?」

「え……九分の一?」


 一宮は小首をかしげる。


「そうでもないんだな」


 会長は俺が上にあげたカードを取った。

 ジョーカー。

 

 会長は頬を染める。何故。


「上に上げたカードがジョーカーであるかどうかは、九分の一じゃない。二分の一だ」

「……?」


 有明と一宮はいかにも分からなそうだった。


「確率っていうのは、人の手が加わると途端に難しくなる。ジョーカーを選んで上にあげる、という選択肢が新たに加わった時、上にあげたカードはジョーカーかジョーカーでないかの二択、二分の一になる。普通に上にあげたカード以外を取るよりもジョーカーである確率がはるかに高い」

「そんなの逆に相手にそう思わせて他のカードの中にジョーカー入れる確率ちょっと下げるのも同じじゃん」

「そういう話じゃないんスよ夏目さん。モンティホール問題って知ってます?」

「モンティホール問題?」


 夏目さんは復唱した。多分意味はない。


「三枚の扉の内一枚の扉には車があって、他の扉にはヤギがいるってやつですよ」

「知らん」


 なんとすがすがしい。


「会長は?」

「知ってます」

「さすが」

「なでなでしてください!」


 会長は興奮して俺に迫って来る。俺は仕方なく会長の頭を撫でた。そのまま続ける。


「結構有名なんスけどね」

「お前いちいち腹立つナ!」


 夏目さんが会長の手札を一枚取った。


「解答者に一枚扉を選ばせて、回答者が選んでない扉を一枚、司会者が開けるんスよ。で、その扉にはヤギがいるんスよ。回答者は車が欲しい。今なら選ぶ扉を変えても良いですよ、と司会者は言う。扉を変えた方が車をゲットできる確率が高いか、扉を変えない方が車をゲットできる確率が高くなるか、ってやつです」

「んんん?」


 夏目さんは腕を組んで唸った。


「いや、どっちも同じでしょ」

「それがそうでもないんスよ」

「はああぁ?」


 夏目さんは舐めていた飴を噛みくだいた。


「この時、選ぶ扉を変えた方が車がある確率が高い」

「頭おかしいのか後輩。別に変えても変えなくても二つの扉に何があるか分からないんだから確率は同じ二分の一だろ?」

「数学的には違うんスよ」

「理解できない」

「俺もです」


 夏目さんは新しい飴を取り出し、不機嫌に座った。


「まあそんな風に、人の手が絡んでくると確率っていうのは途端に論理性とかそういうものを失うんスよ。だから俺が上にあげたジョーカーは、取らない方が良い。上にあげられたカードはカード枚数が三枚以上である限り、取らない方が良い。これが結論です」

「ふ~ん……」


 興味をなくしたのか、夏目さんはまた飴を舐め始めた。


「一宮、分かった?」

「え……えと、あんまり……あ、あははは」


 一宮は愛想笑いをするだけだった。


「私も分かんなーい」


 有明は興味なさげに言った。こいつ聞いてたか?


「会長は……」

「私は分かりました! 佐久間さん素敵です! さすがです! 天才です! やっぱり佐久間さんは最高です!」


 すごい勢いで俺に近づいてくる。君は知ってたんじゃなかったのかな。


「でもそんなこと教えて良かったんですか? 勝ち目薄くなりますよ」


 会長は心配そうに聞いてきた。一宮が夏目さんのカードを取る。


「いいんスよ。俺たちは別に戦ってるわけでも敵でもない。知識の共有はするべきです。仲間であっても敵ではないんで」

「佐久間さん……!」


 会長は涙を流した。感涙しているらしい。怖い。


「佐久間さん、素敵です! 私佐久間さんノートにメモする言葉がまた増えました!」


 ちょっと会長、その不吉な名前のノートは何だ。


「まあ他にも手札のやり取りで揃わなかったカードを取る、とか反則すれすれなものもありますけど、簡単なのはこれくらいスね」


 俺はカードを取り、会長に取らせた。

 会長は夏目さんに取られる。夏目さんは会長のカードを取ると、放心した。


「あ」


 夏目さんが最後二枚待ちでペアを引き、一番最初に上がった。


「勝った……」


 夏目さん、今日初めての勝利。


「おめでとう……」


 俺は夏目さんに拍手をした。


「おめでとう……」


 会長も拍手した。


「おめでとう……」


 一宮は俺たちの様子を見て、迎合する形で拍手する。


「ぇ……おめでとう」


 有明も集団圧力に負け、拍手した。


「おめでとう……」

「おめでとう……」

「おめでとう……」

「おめでとう……」

「おめでとう……」


 スカジャンたちもやって来る。


「え、止めてよちょっと。この最終回みたいなやつ」


 夏目さんは照れていた。


「夏目さん、おめでとう……」


 ババ抜き大会は、これにて幕を下ろした。





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