第7話 トランプには勝率を上げる方法がある 1
俺が生徒会に入って、数日が経った。
慣れてみれば、なんてことはなかった。むしろ会長が俺に勉強を教えてくれる分、いつもより勉強効率が上がっている気すらした。
そして今は、資格の勉強をしていた。
「おい後輩」
「……」
「おい後輩」
「……」
「お~い」
「んぐ」
夏目さんが俺の口に飴を突っ込む。
「汚い」
「お前が何も言わねぇからだろ」
夏目さんはからからと笑う。
「なんスか」
「ゲームしようゲーム」
「どうぞ」
俺は再び資格の本を読み始めた。
「おい後輩」
夏目さんが本の下から出てくる。
「近い」
「ゲームしようゲーム」
「生産性がないんで却下。一人でやっててください」
「はぁ……」
夏目さんはやれやれ、と首を振った。
「おい夜、お前が嫌いなのは生産性のないものだったな。官僚になりたいんだって?」
「はい」
数日生徒会に出席しているうちに、俺のアイデンティティは理解されるようになった。
「世の中にはな、ゲームでのし上がるものもあるんだよ。ギャンブルしかり、家庭用ゲーム機しかり、ボードゲームしかり」
夏目さんは得意げに言う。
「そしてな、後輩。トランプでのし上がる前例も、少なくはないんだぞ。そして社会に出てからもこういうちょっとしたゲームの腕とかが役に立つ時が必ず来る」
「ほお」
面白くなってきた。
「お前は遊ぶことが嫌いなんじゃない。遊ぶことによって何の価値も生み出せなかったことが嫌いなんだ。例えばカラオケでも点数を伸ばすカラオケは有意義だと思っても、点数の出ないカラオケに価値がないと思っているタイプだろ」
「よく分かりましたね」
鋭い。
「だからトランプだ。やるぞ」
「いいでしょう。乗った」
俺は夏目さんに向き直った。
「でも今は会長がいないんで会長が戻って来てからにしましょう」
「いいナ! 二人ともいいか?」
「あ、はい、僕はなんでも大丈夫です」
「私も暇だからおっけ~」
一宮と有明は答えた。
「じゃあもうすぐ会長も戻って来るし待っとくか~」
俺たちは暫く会長の到着を待った。
バタン、と生徒会のドアが開く音がする。
「佐久間さん、先輩、一宮さん、有明さん、どうしてこんなに勢ぞろいして……」
会長は俺の口にくわえられた飴を見た。
「せ……先輩!」
会長は俺の口にくわえられていた飴を取り上げた。
「先輩、また佐久間さんに飴咥えさせたんですか! 何てことするんですか、最低です!」
「いや~、そんなに怒らなくても~」
「この変態! アバズレ! 無能のごく潰し! 」
「ちょっとそれは言い過ぎだよ~」
夏目さんはあはは、と笑った。
会長は俺の口から取り上げた飴を自分で咥えた。会長、それはいいのか。
「だって後輩を見てみなよ、飴ちゃん欲しがってるし」
「まんま~まんま~」
俺はつい夏目さんに乗せられ、言ってしまう。体が勝手に……。
「これは佐久間さんの特性です! 佐久間さんで遊ばないで下さい! 私の佐久間さんなんです!」
会長は俺を抱き、夏目さんを睨んだ。
佐久間さんは誰の佐久間さんでも、ないんだよ。
「会長、まあ落ち着いてくれ」
「あっ、佐久間さん、すみません……」
会長は日が出たかのように顔を真っ赤にし、黙り込んだ。
ここ数日で分かったことがある。会長は俺が攻めると、逆に困惑する。
「会長、トランプをしよう」
「トランプですか!? 素敵です! やります! 二人で出来るゲームって何がありましたか?」
「会長、私もいるんだよ」
「あ、そんなとこにいらっしゃったんですか先輩? 小さくて見えませんでした」
「ほう……」
バチバチと、会長と夏目さんとの間で火花が散る。俺はこの状況を何とかしようと、口を出す。
「止めて! 二人とも私の為に争わないで!」
「黙ってろ後輩、これは女の戦いだ」
こわ。
「ま、まあ佐久間さんがそう言うなら……」
会長は静かに座った。女の戦いどこ行った。
「で、佐久間さん何のトランプゲームをするんですか?」
「ババ抜き」
夏目さんが、言った。
「いいでしょう。俺がディーラー兼プレイヤーをやりましょう」
俺は自らディーラーを志願し、ババ抜き対決が始まった。
× × ×
「また負けたーーーーーー!」
夏目さんが、叫ぶ。
「いやあ、俺また勝っちゃったな~。いや~、全然本気出してないんだけどな~、こんなに勝っちゃうと困るな~、あっはっはっはっは」
俺は連戦連勝を極めていた。
「うぜぇ……」
「佐久間さん、素敵です!」
「あははは」
「なんで~?」
銘々がそれぞれに思ったことを言う。
「会長、佐久間だけずるしたりしてるんじゃないのかな~」
「なっ、してません! それにそんなこと佐久間さんが一番望んでません!」
その通り。
「いやあ、やっぱり困っちゃうな~、官僚になる才能ってやつ? あるんだよな~。トランプでも勝っちゃうって、本当人生負けたことないな~、一回くらいはすがすがしい負けを味わってみたいもんだな~」
「もう一戦! もう一戦だ!」
夏目さんは声を上げた。俺は再びカードを配った。
「で、では佐久間さん、私のカードをどうぞ!」
会長は俺にカードを差し出した。ほんのりと頬が赤い。
俺は会長のカードを一枚取り、ペアになったので捨てる。
どこかに秘密が、どこかに秘密があるはずだ……と、夏目さんは目を凝らしていた。だが、結局また俺の勝利でゲームは終わる。
「あああああああぁぁぁ! なんでええぇぇぇ!」
夏目さんは頭を抱えていた。
「夜、ずるしてるな?」
いわれのない疑いをかけられる。
「まさかまさか。そんな卑怯な事……」
「じゃあ次からは私がトランプ配る」
「え」
それは少しばかり困る。
「えぇ~、後輩君、何がえ、だってぇ? ほらほらぁ、お姉さんに言ってみなさいよ、何がえ、だって~? えぇ? 佐久間ちゃんはトランプが配れなきゃ雑魚雑魚でちゅか?」
夏目さんは口をすぼめて、言う。そしてカードを配り終えた。
が、結局この回も俺の勝利。
「佐久間さん凄いです!」
会長がぱちぱちと手を叩く。
「あれ、先輩、何か言ってませんでしたっけ? あれ、お姉さんに言ってみなさいよ、みたいなこと言ってみませんでしたっけ? あれれ~? おかしいな~」
「うるさい!」
先輩は俺の口に飴を突っ込もうとしたが、間の会長に手を摑まえる。
「先輩、私の目の黒いうちは佐久間さんへの横暴は許しません」
「くそぉ……」
「あれ夏目パイセン悔しいですか? もう一回やります? まぁまた俺が勝ちますけど」
「リベンジ!」
夏目さんはまたカードを配り始めた。
「でも佐久間さん、どうしてこんなにババ抜き強いんですか? ほとんど運の戦いにしか思えないんですが、私は」
「ああ、まあ楽しんだしそろそろ教えてもいいかな」
俺は口火を切り出した。
「ババ抜きには、勝率を上げる方法がある」
「え?」
会長はぽかんとした顔で俺を見た。
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