第5話 会長、覚醒




「佐久間、頼むっ!」

「……え~」


 学校にやって来た俺は、自席で呆けていた。

 俺の前には十を超える女の集団が、いた。先日、俺と大地を囲い込んで来たスカジャンたちだ。

そんな状況が目立たない訳もなく、俺たちは遠巻きにクラスメイトに奇異の目で見られていた。


「何の用ですか、スカジャン」

「スカジャンってなんだ、お前私をそんな風に呼んでたのか?」


 スカジャンは俺をぎろりとねめつける。


「私の名前は三東翼みとうつばさだ! 覚えとけ!」

「はあ」


 頼む立場なのに偉そうな。


「い、いや、そんなことはどうでもいい! 佐久間、頼む! 生徒会に入ってくれ!」

「いや、間に合ってます」


 集団が一斉に頭を下げるが、すげなく断った。


「頼む! 名前だけで、名前だけでいいから! 生徒会の仕事は全部私らがするから! 生徒会に入ってくれ! もう結梨様のあんな顔見てられないんだ!」


 そうなってくると、もう俺じゃなくても良いんじゃないだろうか


「いや、さすがにそういう訳には……」


 キンコンと、予冷の鐘がなった。


「あ、ほら、もうホームルーム始まるんで」

「…………生徒会に入ってくれるまで私はここから動かない」


 これはまずい。後五分で先生がやって来る。こんなシーンを先生になんて見られようものなら、より面倒なことに巻き込まれそうだ。


「分かった分かった分かった。なら俺が後で会長を見に行く。会長が憔悴してるならまあ生徒会に入ることも吝かじゃあない。だから今は帰ってくれ」

「本当か!?」


 スカジャンが俺の手を握って来る。 

 こうするしかないだろう。こういう風にぼかして言えば、時間が経つにつれて関係性は薄くなり、消滅していく。入る訳でもなく、入らない訳でもなく、そういう風にうやむやな答えをし続ければ、自然と生徒会に入るということすら消滅する。

 そう、自然消滅作戦だ。

 

「本当だろうな! 約束したからな! 絶対来いよ!」


 そう言うと三東たちは踵を返した。


「あ」


 三東が、立ち止まり、振り返った。


「お前、来なかったらどうなるか覚えとけよ」

「……」


 俺、転校しようかな。


 

 × × ×



「よし大地、来たな!」

「ああ」


 放課後、俺と大地は会長のいるクラスへとやって来ていた。

 

「なんかこうしてると好きな男子を見に来た女子高生みたいだな」

「言ってろ」

「ちょっと大地~見てみなよあの男子~、超格好良くない?」

「そうだな」

「あぁ~、大地ったら~照れてる照れてる~」

「ああ」

「も~、そうやってすかした態度取って~! 私には全部分かってるんだからね!」

「ああ」

「あんた、明日死ぬよ」

「急に死の宣告」


 いや、遊んでいる暇はない。スカジャンたちの姿も見えるが、俺は会長の席を探した。


「……」


 会長は壁際の席で、座っていた。


「ダイジョウブダイジョウブワタシハダイジョウブゼッタイダイジョウブサクマサンハハイッテクレルモシダメダッタラムリヤリデモセイトカイニイレルイヤデモソレハモウシワケナイサクマサンハイッテホシイセイトカイセイトカイセイトカイサクマサントオチャシタイサクマサントハナシタイサクマサンノニオイカギタイサクマサンセイトカイハイッテホシイマイニチアイタイマイニチミタイコエキキタイシャベリタイサクマサンノコトシリタイ」

「……」

「……」


 会長はうつろな目で机に視線を落とし、ぶつぶつと何かを呟いていた。

 これは確かに、心配になるレベルの狂気だ。


「なあ、大地」

「ああ」


 これは絶対に手を出してはいけない。


「サクマサンミタイキョウサクマサンミテナイデモサクマサンノトコロイッタラマタキタワレルカモシレナイイヤキラワレテナイサクマサンハワタシノコトキラッテナンテナイサクマサンニキラワレタクナイイヤイヤイヤイヤ」


 会長はぶつぶつと呟きながら、机に視線を落としている。畏怖か尊敬か、周りの生徒も会長から距離を取っている。


「あれは死の呪文だな。大地、聞き取れるか?」

「さっぱりだ」

「おは~!」


 俺たちが会長を見ていると、突如明日香が顔を出した。


「何ぃ、サクと大地じゃん。何しに来たのよ、こんな所に。あ~分かった~、私に会いに来たのね」

「いや、ちが……」


 その時、俺は恐怖を感じた。

 背中に何か走る悪寒があった。死の宣告と言わざるを得ない、警告音が鳴るほどの悪寒。


 ぞわぞわとしたものを感じながら、明日香からゆっくりと視線を外す。


「ひぃっ!」

「サクマサンダサクマサンダナニシキニキタンダロウサクマサンアスカサンニアイニキタトシカカンガエラレナイユルセナイアノオンナサクマサンニイロメツカッテアリエナイ」


 そこには、虚ろな目で俺を凝視する会長の姿が、あった。

 ぶつぶつと独り言を言いながら俺たちを見ている。全く光のない、昏い目で俺たちを見ている。


「なあ、大地」

「ああ……」


 首元を流れる汗を、大地は拭った。


「これは手を出しちゃいけない」

「そうだな」

「え、なに? 枝豆食べたいって言った?」


 明日香、お前は黙ってろ。


「じゃあ明日香、俺らちょっと用事思い出したから帰るわ」

「あ、そう? また来なよ」


 教室へと帰る俺たちに、明日香は手を振った。

 

「大地……」

「なんだ……」

「俺たち友達だよな?」


 俺は大地の肩をがっしりと掴む。


「お前は誰だ?」

「ああああああああぁぁぁ!」


 会長ショックは、既に大地にも伝わっていたようだ。



 そして放課後。

 俺と大地は周りを確認しながら、校内を歩いていた。


「おい大地、会長はいるか? どうぞ」

「まだ見当たらない。どうぞ」


 俺と大地は互いに背を合わせながら、廊下を歩いていた。

 今ここで会長と鉢合わせれば、俺たちの内のどちらかがこと切れる。そんな気がした。

 俺たちは会長の影に怯えながら、階段へと差し掛かった。


「階段は死角が多い。気を付けろ。どうぞ」

「分かった。どうぞ」


 俺は廊下を、大地は階段の上と下を見る。


「取り敢えず大丈夫そうだ。どうぞ」

「了解した。どうぞ」


 会長の姿は見えないらしい。

 ほっとした俺は、階段を下りようとした。階段を下りれば玄関口だ。そうすれば家へ帰れる。


 帰宅までもう一歩だ。


 俺と大地は辺りを警戒しながら、階段を下りようとした。


 が――


「佐久間さん!」

「あああああああぁぁぁぁぁ!」


 女子トイレから、会長が出て来た。

 迂闊だった。女子トイレまでは目が行き届いていなかった。というか、女子トイレでずっと待ち伏せしていたのか、こいつは。


「大地、助け――」


 大地は、既に姿を消していた。俺を犠牲にして、大地は逃げていた。


「あの背教者めがーーーーーー!」

「佐久間さん佐久間さん佐久間さん!」


 俺は会長から逃げる。


「なんで逃げるんですか佐久間さん! 私待ってました!」

「うわああああああああぁぁぁぁ!」


 やはり女子トイレに潜んでいたのか。助けてくれ誰か、なんで学校でこんなホラーを体験しなければいけないんだ。


「佐久間さん!」

「ああああぁぁぁ!」


 会長が入ったこともないであろう学校の暗部に逃げ込んだが、さすが会長と言うべきか、見事に回り込まれ、捕まった。


「佐久間さん!」


 会長は俺を抱きしめ、捕まえた、と言った。


「佐久間さん佐久間さん! もう、佐久間さんは昔から照れ屋さんですね」

「ひぃっ!」


 会長は俺の手を取った。


「うわ!」


 ぬる、と濡れていた。俺は咄嗟に手を放す。


「あの、会長……、これもしかしてどこか触ったりしてました?」

「え……?」


 会長は火照った顔で視線を外した。そして目を輝かせて、言う。


「触ってないですよ。佐久間さんの為に手をあっためていました!」


 秀吉かよ。

 

「佐久間さん、聞きました! 生徒会に入ってくれるんですね!」


 会長は俺の手を掴んだまま、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。どこでそんな話になった。


「あの後、佐久間さんが帰ってから三東さんからお話聞きました! 私のこと見に来てくれたら生徒会に入ってくれる合図だって聞きました!」


 そんなことは言っていない。どれだけ曲解したらそんなことになるんだ。


「すみません佐久間さん、私てっきり佐久間さんは生徒会に入ってくれないのかと思ってました! ありがとうございます佐久間さん! 生徒会へようこそ!」


 会長は両手を広げ、俺の抱擁を待った。


「……」


 俺は無言で立ち尽くす。俺が何もしなかったことに腹が立ったのか、会長は頬を膨らませ、その状態のまま俺を抱いた。いや、羽交い絞めにした、と言った方が正しいかもしれない。


「生徒会に入ってくれる人にはこうしてるんです!」


 会長は顔をすりすりと擦り付けてくる。

 わあ、凄いサービスだあ。お金を払わなきゃ。


「佐久間さん! 私ずっと佐久間さんと話したかったんです! 私佐久間さんのおかげで立派になれました! ありがとうございます佐久間さん! 大ファンです! 握手してください!」

「あ、あはは……」


 俺は力なく笑った。何度も言うが、俺は会長とは初対面のはずだ。

 

「私佐久間さんのおかげで立派になれました! 私佐久間さんの言葉のおかげで今こうして生徒会長が出来てるんです! 本当にありがとうございます、佐久間さん!」


 俺は会長に何を言ったんだろう。


「今でも、佐久間さんから貰った言葉は大切にしてるんです! 佐久間さんから貰った言葉を思い出すたび、胸があったかくなるんです……」


 会長は俺の手を持ち、いや、掴み、自分の胸へと押し当てた。


「分かりますか?」


 上目づかいで言ってくる。確かに、鼓動は速い。だが、さすが胸にメロンを実らせているだけあって、中々鼓動が聞こえない。


「えと~……そのですね、俺何か言いましたっけ?」


 俺は言葉を選びながら、慎重に言った。ここで言葉を間違えれば、待っているのは死か拷問だ。


「……」


 会長はぽかん、と口を開ける。


「あ、もしかしてあれですか?」

「……!」

 

 会長は目をキラキラさせながら俺を見た。


「それでも地球は回っている」

「……」


 口を半開きで、会長は俺の目を見る。


「あは! 佐久間さん面白い!」

「あはははは……」


 会長はさらに俺を締め付けた。駄目だ、俺の技術が何も通用しない。


「え~と、会長、そのですね、生徒会に入るとかいう話は……」

「え?」


 会長は俺を抱きしめたまま、光のない目で俺を見る。怖いんだけど。


「え~と、それは嘘、というか、事実がねじ曲がって伝わってる、というか、言葉の綾というか、伝言ゲーム的な、つまり別に生徒会に入る意志はないというか……」


 言葉を選んでいるため、しどろもどろになる。

 会長は俺を抱擁から解放した。


「つまり、佐久間さんが生徒会に入るという話は嘘ということですか?」

「まあ、有り体に言ってしまえばそうです、というか、そういうところもあるのかな~とか思ったり思わなかったり……」


 会長は俺から二歩、後退した。


「そうなんですね……。すみません、舞い上がってしまって……」


 会長は俯きながら、また死んだ目で言う。


「つまり、三東さんが私に嘘を吐いていたということですよね。佐久間さんの意志を無視して三東さんが嘘を吐いた、そういうことですよね。虚偽で私を貶めて、陥れて、余計な感情を持たせたということですね」


 そういえば、会長は俺の言葉を疑わない性質があるんだった。

 そして、怖い。こんな所で冷徹無比な会長の姿を見るとは思わなかった。


「ちょっと新しい仕事が出来たので帰ります。佐久間さん、本当に申し訳ありませんでした」


 会長は死んだ目のまま、踵を返した。

 あかん。これは死人が出る。


「か、会長!」


 俺は咄嗟に、会長を引き留めてしまっていた。


「え~と、やっぱりそれは嘘と言うか、生徒会に入りたくないのが嘘と言うか、ちょっとした冗談と言うか、ほら、ジョークは即興に限るって言うか……」


 会長は顔をぱぁっと明るく輝かせた。


「生徒会へようこそ!」


 会長は大声で、両手を広げた。


「あはは……」


 俺は愛想笑いをしながら、会長に抱擁された。


 俺の人生は、ここを起点に狂ってしまうのかもしれない。



 俺は今後の人生の展望を考えながら、会長に抱かれていた。




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