第4話 明日香が家にやって来た



 休日の朝。


「朝か……」


 連日にわたる会長ショックのせいでくたびれてしまった俺は、床に潜るとすぐさま入眠してしまっていた。何やら窮屈で暑苦しい。左右から圧迫されている気がする。


「……ん」

 

 なにやら、右手に感触がある。むにむにと柔らかい感触が、ある。


「まさか……」

 

 俺は顔を動かすことが出来ずに、手を動かしてみた。


「ひゃっ……」


 隣から、女の声が聞こえる。

 起きたら美少女の胸を揉んでいるだなんて、まさか、そんなラブコメみたいなことが……。


 俺はゆっくりと顔を動かした。


「サク、起きるの遅い……」

「お前かああぁぁい!」


 隣にいたのは、明日香だった。そして触っていたのは胸ではなく、下腹だった。

 俺は目をこする明日香を蹴り飛ばし、近くの新聞を丸め、ぽかぽかと叩く。


「手前、どっから入って来やがったこのごく潰しが!」

「ちょっと、ゴキブリみたいな扱い止めてよ!」

「こら! あ~んた! どっから入って来たのよ!」

「家に野良猫が入って来た時のおばちゃん止めて」


 明日香は俺の追撃を避けるため、ベッドから離れた。


「大体、明日香だけじゃないじゃん! 隣にもいるじゃん!」

「え?」


 俺は明日香とは反対側を見た。


「お兄ちゃん……重い……」

「沙奈!?」


 俺の左手は、沙奈の腹の上に置かれていた。


「産まれる……!」

「大丈夫か沙奈、ラマーズ法を忘れるな! ひっひっふー、ひっひっふー」

「異形の者が、産まれる……!」

「敵の女王か手前はぁ!」


 俺は沙奈も蹴り飛ばした。


「なんでお前ら俺のベッドにもぐりこんでんだよ! 自分の布団で寝ろ!」

「何よサク、こんな美少女が隣で寝てるなんてもはやご褒美でしょ!? こっちが金払って欲しいくらい!」

「腹丸出しでいびきかいてよだれ垂らして寝てなきゃな!」


 明日香は口元のよだれを拭った。


「何!? これだってしかるべき所だったらご褒美だから!」

「しかるべきところってなんだよ! 一般家庭だここは!」


 俺の家は一軒家で、沙奈と二人で暮らしている。父親の赴任と同時に母親もついて行ったが、せっかく出来た学校の友達と離れたくない、という沙奈の一声で俺と沙奈は二人暮らしをすることになった。


「お兄ちゃん、うるさい……寝れないじゃん」

「沙奈、お前はどうして俺の布団で寝てるんだ。シングルベッドに三人も寝れる訳ないだろ。窮屈だったぞ」

「だってお兄ちゃんの部屋の方が綺麗だもん」

「掃除をしなさ―い!」


 沙奈は目をこすり、おやすみ、と言うとまた俺の布団で寝始めた。


「そして明日香、お前はどうやって入って来た! 鍵は閉めてたはずだぞ!」

「そこの窓開いてたから入って来たよ」


 明日香は俺の部屋の窓を指さした。


「ここ二階だぞ? お前どうやってこんな所……」

「足場になりそうな所見つけてジャンプしてきた」


 この化け物め。明日香の身体能力は目を見張るものがある。


「とにかく、もう出てってくれ。俺もまだ寝足りない」


 沙奈がいるが、心も体も疲れ切っている俺は同衾した。


「いや、なんかサクが会長のことで困ってるって大地から聞いたから会長のこと教えてあげようかな~って」

「……」


 俺は寝たまま、明日香に向き直る。

 そういえば、明日香と会長は同じクラスだった。


「今俺、会長に追いかけられて困ってんだよ。生徒会に入らないか、って」

「結梨ちゃん、一年生なのに生徒会長になるほどの実力者だもんね。なんでサクに入って欲しいんだろ……?」

「さあ」


 俺も明日香も、小首をかしげる。


「会長って、どんな奴なんだ?」

「そうね……一言で言ったら、完全無欠」


 完全無欠。今までの会長の姿からは想像もできない。


「次々に学校を変えるような革新的な政策を進めてて、すごい尊敬されてる」

「そうなのか。名前はなんて言うんだ?」

「えとね、桜庭結梨。結梨ちゃん」

「桜庭結梨……か」


 会長の名前、初めて知ったな。


「色んな政策を断行してきたから先生にも顔が利くし、ファンクラブもあるみたい」


 スカジャンみたいなやつらのことだろうか。


「でもその功績を鼻にかけることもなく、すごい凛々しいよ」


 完全無欠の会長。およそ俺の見て来た会長とは似ても似つかない。でも、会長の全体像はなんとなくわかった。


「そうか明日香、情報感謝する。じゃあ俺は寝る」

「えぇ!? ちょっと! 教えたんだから何かご褒美ちょうだいよ!」

「甘ったれるな! そんなんじゃ社会でやっていけないぞ!」

「そんな! 聞き捨て止めてよ!」

「はぁ……」


 仕方がない。確かに教えて貰った手前、何もしないのも不義理だろう。


「降りろ明日香」

「やた!」

「決闘だ」

「え、やだ」


 俺は沙奈を残して、明日香と一階へと向かった。



 × × ×



「やっぱりサクの作るご飯は美味しいね」

「まあな」


 俺は明日香に朝ごはんを振舞っていた。


「沙奈ちゃんはいいの?」

「あいつは昼まで寝てるだろ」

「ロングスリーパーだね~」


 恐らく、沙奈は今も抱き枕を抱いたまま寝ているだろう。


 その後俺は明日香と勉強をし、休日を終えた。

 会長ショックはもう終わったと信じたい。


 俺は次の学校を恐ろしく思いながら、寝た。





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