第3話 佐久間夜は生徒会には入らない
翌日。
「……」
特に何事もなく教室へと入って来れた俺は辺りを見渡していた。
「どうした、佐久間」
「会長はいるか?」
「いない」
心配したのか、大地が声をかけてくる。
「昨日はどうだったんだ」
「会長と話をしてきた」
「なんて言われたんだ」
俺は鞄を自席に置きながら、言う。
「生徒会に入らないか? って」
「入るのか?」
「いや、断った」
「?」
大地は不思議そうな顔で見てくる。
「なんで?」
「なんでって、メリットがない」
「お前官僚目指してるんじゃないのか? だったら大学進学で生徒会とかって内申点高くなったり、役に立ったりするんじゃないのか?」
「大学進学に内申点が係るのは推薦だけだ。普通に進学するなら関係ない」
「そうか」
俺は鞄の中から教科書を取り出す。そうしているうちにも、どこか会長を探してしまう俺がいる。いないならいないでなんとなく気になるな。
「まあ、推薦目指さないなら良いのかもしれないな」
「そうだなあ」
俺はどこか気の抜けた返事しか、出来なかった。
そして放課後。
結局、会長は今日一度も姿を現さなかった。そして今後も姿を現さないんだろう。
「大地、帰るぞ」
「ああ」
俺も大地も、帰宅部だ。俺はありとあらゆる技術を学びたいがために帰宅部を選択しているが、大地は違う。大地は帰ってから柔道の道場に行く。勤勉な奴だ。
「それにしても会長、本当に見なかったな」
「そうだなあ。もう諦めたのかもなあ」
俺は大地と、駅を目指す。路地裏に差し掛かった時だった。
「おい」
「…………」
どこからともなく、大量の女が集まって来た。ぞろぞろと徒党をなして、俺と大地を囲む。
「佐久間夜って知ってるか?」
その中でもリーダー格のような女が、前に出て来た。ガムを噛みながらバットを弄んでいる。どうやら同じ高校らしく、制服の上にスカジャンを羽織っていた。
「おい大地、スケバンだ、スケバン。俺リアルで初めて見たぞ」
「スケバンなんてもう終わった概念だぞ」
「何喋ってんだ」
こそこそとしていると、スカジャン女が俺と大地の間にバットを下ろした。俺と大地は分断される。
「結梨様を泣かせたってやつはどっちだ」
「……え?」
何の前触れもなく、スカジャンは言った。結梨様、誰?
「会長のことだ。どっちだ、佐久間夜ってやつは。そいつのせいで会長が今朝からずっと元気がない。名乗り出ろ」
スカジャンはバットを地面にコツコツと打ちつける。
なるほど、会長のフォロワーってわけだ。これは面白くないことになった。
「佐久間夜ってやつはどっちだって聞いてるだろ」
「……………………」
俺は無言で大地を指さした。
「おい」
大地は即座に反応した。
「手前か!」
「いや、違う。こいつだ」
大地は俺を指さした。
「そんな……! なんで俺を売るようなことするのさ、佐久間君! 友達じゃないか!」
「佐久間夜……手前最低だな……」
「慈悲はないんか」
スカジャンが俺を可哀想な目で俺を見てくる。へへへ。ちょろいぜ。
「あ」
騙されているスカジャンを見てにやにやしていると、いつの間にやら大地に生徒手帳を取られていた。
大地は印籠のように、スカジャンに俺の生徒手帳を見せつける。さすがに顔写真つきは偽れない。
俺の生徒手帳を見たスカジャンは顔を真っ赤にした。
「手前、騙しやがって! ぶっ殺すぞ! このクソ野郎が!」
「ま、まあまあリーダー落ち着いてください! まだ何があったか聞いてません!」
「そうですリーダー、何も聞かないのに駄目ですよ!」
檄を発したスカジャンを取り巻きの女たちが押さえ、宥める。どうやら不条理な暴力を強いる集団ではないらしい。これはもう少し色々やっても大丈夫そうだ。
俺は片手を振りかざし、
「焼き払え!」
「同じ高校の奴を焼き払おうとするな」
そう言った。
「衝撃に備えろ!」
「反抗を諦めるな」
「行け、大地! 十万ボルトだ!」
「出来るか」
「ならいい! ハイドロポンプだ!」
「だから出来ねぇっつの」
「何なら出来るの?」
「お前は俺を何だと思ってる」
俺が喋る度にスカジャンがいちいち驚いてびくついているのが面白い。
「あれ、もしかして本気で十万ボルト来るとか思っちゃいました?」
煽る。
「てめぇ…………っ!」
「リーダー、だから駄目ですって話も聞かずに! また怒られますよ!」
「うっせぇ離せ! この野郎、生かして帰さねぇからな!」
ぐるるると喉を鳴らしながら俺につっかかってこようとするスカジャンを俺は聖母のような目で見た。
「駄目ですよ、女性がそんなに横暴になって。お綺麗なんですから。お美しいおみ足、しなやかな手、綺麗な肌に整った容姿、その大きな瞳に僕は吸い込まれてしまいそうですよ。どうしてそんなお綺麗な方が暴力を振るおうとするんですか?」
「なっ……、佐久間夜! この期に及んでおべっかで済まそうとする気か! そんな言葉にリーダーが心動くわけ……」
スカジャンは、「ま、まあ別に悪い気はしないけど……?」と言いながら頬を赤らめていた。
「リーダーっ!」
「しっかりしてくださいリーダー!」
「う、うるせぇ! 私は綺麗なんだぞ!」
なんか小競り合いが始まった。
「と、とにかく! 佐久間! お前は一体会長に何をしたのか言え!」
顔を真っ赤にしながら、スカジャンは言ってきた。ここは真面目に答えて俺に非がないことをアピールするとするか。
「生徒会に入ってくれって言われたから断っただけだ。俺は生徒会には入りたくない」
「な…………え、それだけ?」
「それだけだ」
スカジャンはポカンとしている。
「え、それだけで結梨様があんなに落ち込んで……本当に?」
「ああ。大地も何とか言ってやってくれ」
「どうやらそうらしい」
「え、えぇぇ……」
スカジャンも取り巻きの女も、なんだか気の抜けたような顔をしている。
それもそうだ。生徒会の勧誘を断ったくらいでスケバン集団に囲まれるなんてそんな世紀末的な世界観があってたまるか。
「じゃあ俺、今から弟たちの学費を稼ぐために新聞配達に行かないといけないんで。それじゃ」
「去り際に嘘で好感度を上げようとするな」
俺と大地はスカジャンたちに手を振り、帰った。
スカジャンたちは牙を抜かれたような顔でその場にとどまっていた。
良かった。これで明日からは迷惑事からは解放されそうだ。
俺と大地はすっきりした顔でいた。
「お前次同じような事があったら俺はお前を浅井大地と呼ぶからな」
悪いことはするもんじゃないな、全く。
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