第2話 会長の本性見たりこれいかに
それはある晴れた通学路。
「佐久間くん!」
「うわああぁぁ!」
「佐久間くん、はぁ……はぁ……佐久間……くん!」
会長がはあはあと息を切らしながら俺の肩を掴む。
「変態だあああああああああ!」
「変態!?」
「会長!」
「変態はどこだ!」
「会長、お下がりください!」
どこからともなく人がかけつけ、会長を守る形で、円形に人の壁を作った。
俺はすぐに逃げた。
それはトイレの入り口。
「佐久間くん!」
「ここトイレぇ!」
待ち伏せをされた会長に捕まりそうになる。
それは。傘を忘れたある雨の日。
「佐久間くん!」
会長が俺の分の傘を持って立っていた。
「俺、今日は濡れたい気分なんで!」
俺は濡れて帰った。
会長、あんたいつもの威厳はどうしたんだ。厳格で威厳があって、威信に満ち溢れていたあんたはどこにいったんだ。
「はぁ……」
「どうした」
昼休み。ここ数日、会長からの執拗なつきまといですっかり気力を失った俺は食欲も減退していた。
目の前の大地は他人事のような顔でいた。いや、他人事か。
「ここ最近会長から逃げるのに必死で……」
「なんで逃げるんだ。話を聞いたらいいだろ」
「怖いだろ、会長が俺に話なんて。俺別に会長と接点ねぇし何言われるかわかったもんじゃない」
「まあでもいつかはちゃんと聞かないといけないんじゃないか?」
「ん~……」
確かにそうだ。いつかは会長の話を聞かないといけない時が来る。それならば、今こうやって意味もなく逃げ回るよりも、いっそ会長の話を聞いて楽になった方が良いんじゃないのか。
「なるほど、俺会長の話聞くよ」
「その意気だ」
「ふーーーっ」
「その息じゃない」
俺は今日、会長の話を、聞く。
放課後。俺は会長が俺の下に来るのを見越して、一人教室で待っていた。
「佐久間くん!」
「待ってました」
仁王立ち。会長の話を聞くのに相応しい態度だ。
「良かった……。佐久間くん、やっと話を聞いてくれるんですね」
「俺も男です。覚悟を決めました」
「そんな、私と話すだけで覚悟なんて……」
会長はどこかがっかりしたような顔をする。なるほど、俺の小物ぶりを嘲笑していると見た。
「会長、一体何の目的で俺を付け回してなんていたんですか」
「実は……」
会長は両手の指の腹をつけ、人差し指をつけたり離したりしている。暗号か?
「実は私、佐久間くんに……」
「……」
「佐久間くんに……」
ごくり、と喉が鳴る。
「佐久間くんに、生徒会に入ってもらいたいんです!!」
「………………………………え?」
セイトカイ? 何それ、新種の虫?
「佐久間くん、私のこと知ってますか?」
「会長……?」
「そうです。フルネーム、知ってますか?」
「……カイ・チョウさん?」
「…………はあ」
会長は大きなため息をつき、肩をがっくりと落とした。
どうやら俺のボケが面白くなかったらしい。
「佐久間くんは佐久間夜、合ってますね?」
どこか頬を赤らめながら、会長は言う。
「いや、佐久間昼ですよ」
「え、本当ですか!?」
会長はぱらぱらと手元の資料をめくった。何、俺の情報って資料になってんの? 怖いんだけど。
「夜じゃないですか!」
「俺自分の名前よく間違えるんすよ」
「そ、そうなんですか!? 驚きました」
何だこの女。俺の言葉全部信じるじゃねぇか。
「話を戻しますね。私は、佐久間くんに生徒会に入って欲しいんです。入って! 欲しいんです!」
「え、嫌です」
一蹴。
すげなく断った俺に、会長はぽかんと口を開けている。
「な、なんでですか!? 今日待っててくれたのは受諾するためではなかったんですか!?」
「いや、会長の話が何か聞いてなかったし……」
「昨日のイメージトレーニングでは佐久間くんは生徒会に入ってくれるってなってました! 本当です!」
いや、知らんがな。というかイメージトレーニングに勝手に俺が登場してるじゃないか。
「イメージトレーニングの中で佐久間くんは私の手足になってくれるって言ってました! 良い部下だ、って私喜んで頭なでなでしたんです!」
怖すぎる。やはり何かおかしいぞ、この女。
「というか会長、本物ですか? なんかいっつもと雰囲気が違う」
「ほ、本物です! まごうことなき!」
「じゃあ決め言葉言って下さい」
「え、決め……決め言葉?」
会長はおろおろとしだした。さて、見せてもらおうか、会長のアドリブ力。
「決め言葉が言えないならやっぱり偽物ですね。偽物会長の言う事なんて聞いてられないです。さようなら」
「ま、待ってください! 十秒、十秒だけ下さい!」
「良いでしょう」
会長は指を折りたたみながらあっちに行ったりこっちに行ったりしている。愉快だ。
「じゅ~う、きゅ~う」
「あわわ、数えないで下さい!」
楽しい。
「そろそろ会長制限時間ですよ~」
「ああああ、わ、分かりました! 分かりました! 今からしますから!」
会長は胸を張り、俺と相対し、
「ひ、ひざまずきなさい!」
腕章を上げながら、右足を椅子の上に乗せ、そう高らかに宣言した。今度は俺がぽかんとする番だった。
「それ俺の椅子……」
「あ、ごめんなさい!」
会長はティッシュを取り出し、椅子を拭き始めた。
でも、これが会長か? 俺の知ってる会長はもっと強くて格好良くていつでも風紀を乱さずに凛としている、そういう人間だったはずだぞ。
「会長、やっぱりその決め言葉聞いたことないんで俺帰ります」
「帰らないでください!」
会長は俺の袖を引っ張った。上目遣いで俺を見てくる。
「どうしても、どうしても佐久間くんに生徒会に入って欲しいんです! どうしてもです! 駄目だというなら駄目な理由を教えてください!」
俺に懇願してくる。
仕方ない。俺は襟を正した。
「生徒会に入ってもメリットが何一つとしてない! 俺は高校で沢山勉強して、沢山努力して、良い大学に行っていい会社に入って高給取りの官僚になるんだ!」
「そ、そんな……」
会長はずるずるとその場でくずおれた。
俺は会長を残し、教室から去った。
生徒会なんて入っても何のメリットもない。勉強する時間も他の才能を伸ばす時間もなくなってしまう。官僚になるには勉強だけできていればいいわけでもない。他にも色んな才能が必要になる。
そのためにも、俺は今最大限努力して頑張るべきなのだ。生徒会なんて遊びに付き合っている暇はない。
俺は会長に申し訳なく思いながら、帰宅した。
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