これが勇者よ――ッ!
(さてさて……)
気分よく魔物退治に来たところだけれど、その前に未確認生物(仮)を見つけた方が良いな。
そう判断した俺は、気配察知を広げてみる。
(うん、人間だわ)
明らかに人型の反応を見つけて、それと同時にネミの言っていた不思議なエネルギーというのも感じる。
確かに魔力とは違い、不思議な感じがする。
(まぁ、会えば分かる……っておいおいおい?)
反応の方に行こうとした直後、予想外の事態。
反応のすぐ近くに、魔物の気配が出現したのだ。それもオーク。
対極の場所に別のオークの反応があるから、新しくやってきた奴だろう。
(タイミングが最悪過ぎるだろ)
少なくとも、感じる不思議パワーで倒せると良いんだが。
そんな事を考えつつ、俺は家々の屋根の上を移動し始めた。
――――――――――――――――――
「くッ! ≪式符≫!」
飛来する巨腕に対して、小さな白い紙を投げ付けた。
本来何の役にも立たない紙切れが、ひとりでに動き出す。
人型に変形して、腕を前に体いっぱいを広げた。
ブオンッ!
空気を穿つ音とともに、紙切れへと強襲する。しかし、その力で以てしても防がれた。
と同時に、紙切れも効果を失ったように地に落ちる。
(忌々シイッ!)
オークは、その小さな頭脳でしかし的確に紙切れの厄介さを身に染みていた。
目前に倒れる少女は、先ほどまで様々な色の紙切れを投げてきたが、そのどれもが弱かった。
燃える紙切れも、ちょっとだけ力の強い紙切れもどうということもない。
だがしかし、いざ攻撃するとなると白い紙きれが邪魔だった。
「ブフッ!」
再び拳を振り下ろす――。
が、やはり紙切れは再びはなたれ、妨害された。
(アアアアッ!)
オークの怒りは頂点に達していた。その視線は、目前の少女へと鋭く向けられる。
その肢体は成熟しきらないながらも、悦を放ち色欲をそそる。発展途中の胸が苦しそうに服で歪められていた。
布の隙間から覗くふとももは月光に妖しく照らされ、色香を放っている。
――本能が、欲望が目の前の少女を犯し尽くせと大声を挙げていた。
――メスにさせろと、孕ませろと叫んでいた!
異世界の未発展な技術では現代日本並みの清潔感は無い。オークにとっては、ただの女子高生であっても、一国の姫よりも美しく欲情する相手となるのだ。
「ブルフウゥッ!」
もう興奮は抑えられなかった。
今まで全力の一撃を何度かの渡って打ってきたが、どうでもよかった。少しずつ削ると言わず、紙切れが無くなるまで殴れば良い。
「くぅッ!」
少女の苦し気な声が、さらにオークの興奮を高めた。
連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打―――――――
やがて、少女の紙切れは消え……その先に無防備な肢体がオークの目前へ晒される。その体へ、容赦なく拳が振り掛かった。
「お疲れブタ野郎。そして消えろ」
その言葉を最後に、オークは消え去った。
――――――――――――――――――――――
「え……?」
「あ……」
戸惑うような声に振り向くと、そこには見覚えのある少女が。
腰が抜けているのか、座り込んでいるが、昼間、助けた少女と同じだった。
(変な縁があるもんだな)
とは思うものの、どうということはない。
しっかりと洗脳魔法を掛けて、記憶を消しているのだから、逆に声を挙げて不審がられるかもしれない。
そう考えて、思わず苦笑を浮かべた。
「あ、あの、昼間の……?」
「……」
(あれー……?)
若干フラグ建てた気はするけど、マジですか。
「ひ、昼間? 何のことだ?」
「横断歩道の時、助けてくれましたよね……?」
(あー……)
かんっぜんにバレてる。っていうか変だな、絶対洗脳魔法は成功したはずだ。
っと、その時視界に小さな鈴が映り込んだ。何の変哲もない、ただの鈴。
「あ、え、えっと……この鈴、変ですか?」
「ん? ああごめん、何でもない」
見つめていたせいか、少し不安そうに問い掛けてきた。
いやにしても、不思議な事は立て続けにあるものだ。
「それ、どうした?」
「え、えっと、鈴……ですか?」
「ああ」
「い、一か月くらい前に、偶然拾いました」
その返答に、思わず顔を覆いたくなる。
洗脳魔法が効かなかった意味がよーく分かった。魔法関連のものは異世界にしかなく、一か月前とはちょうど俺が戻って来たくらいだ。
つまるところ、
(異世界からの、漂流物か……?)
そんな感じな気がする。どことなく魔力を弾くような感覚があるので聞いてみたが……。
(どうすんだ、これ?)
流石に無力な日本人から物を強奪して洗脳するというのは犯罪臭がヤバい。
というか、既に暗い時間帯に座り込む少女と男子とか補導の一歩手前だと思う。
(それに……)
チラリと視線を下に向けると、少女の腰辺りと地面が見える。
その付近には、月光で照らされて小さな水溜まりが――。
「ぁ……うぅ……」
「ッ! ……すまん! わざとじゃない」
目元に涙を浮かべる少女を見て、咄嗟に視線を逸らす。そりゃそうだ。
感じる不思議パワーは未だ不明だが、それ以外では明らかに普通の女子高生。
平穏な日常でオークみたいな変態ブタクソ野郎に襲われれば――まぁしょうがないことだと思う。
(……だからせめて泣かないでほしいだけど!)
勇者にだって慰め方は知らない。
(どうすんだ、これ?)
さっきと同じ事を考えつつ、問題は別。つい数分前までの陽気な気分がすっかり消えてしまっていた。
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