拾ってきた少女を無視してイチャついてみた。


「ぎるてぃ」

「えー……まじっすか」

「ん、マジ」


 容赦の欠片も無い言葉を前に、やむなく項垂れる。


(でも、いや、そうか……だめ、かぁ~……)


「ん? なに」

「い、いや、何でもないけど。して、じゃあどうするかなぁ」

「あ、え、えっと……その、ご、ごめんなさい……?」


 事の発端たる少女は、戸惑いつつも頭を下げた。

 その拍子に、どこかに付けている鈴がチャランチャランと鳴る。


 家の玄関で仁王立ちするネミを前に、頭を下げる少女を後ろに挟まれた俺は、苦笑しつつ頭を掻いた。




――あの後、少女を助けた後、泣きじゃくる彼女を何とか慰めてから、速攻で魔物を片付けた。


 もともと、(俺にとっては)強い敵も居らず、基本的に射程の問題しか無かったから、討伐自体はすぐに終わった。

 問題はその後だ。


『でー、えっと……』

『あ、え、えっと弥桐やすぎり美奈みなです』

『ふむふむ……さてじゃあ美奈さん、家はどこ?』

『わ、私……家を追い出されてて』

『えー……』


 という会話があったのだ。

 実際はもう少し長く、正確には彼女の感謝の言葉とか質問の嵐とかがあったのだけれど、省略する。


 なにはともあれ、そういう理由でアパートまで連れて帰ってきたのだが――。


「無理」

「はぁ……」


 ウチのお嬢様がこの調子のようで。

 いや確かに婚約関係であると周囲には認識されてるし、少なからず好意が俺にもネミにもあるのは知ってる。


 だからもう事実上の婚約関係(?)なのだけれど、俺の金で借りてるアパートに許可が必要になるとは……。


(ホントにどうしよ……)


 そう思いつつ、美奈さんの方を見やる。

 多少期待していたのか、落胆の表情を隠せず、その上で申し訳無さそうな顔をしていた。

 

 まぁ申し訳ない気持ちだけなら俺も結構ある訳だけど。


 だって連れてきて無理でした! って言う訳だし?


「ぅ……そんな顔しても嫌、大翔」


(おー、すんなり俺の名前言えてるじゃん)


 とか思いつつも、口には出さない。面倒事をわざわざ持ち込むような性癖は無い。


――今回の美奈さんの事は含まず。


 仕方なく、本人から理由を聞くことにした。


「えー、えっと……何でネミは嫌なんだ?」

「だって大翔が……る……で……だもん」

「え?」


 思わず聞き返すと、ネミは顔を赤くしながらも口を近づけてきた。

 すわキスか! と思春期みたいな脳は鼓動を速める。


 が、まぁ予想通りと言っちゃあ予想通りだが、そんなことは無かった。

 

 けれど、まぁ。それに匹敵するくらいの事はあったりした訳で。


 耳元に近づいたネミの口から、小さな囁きが脳を打つ。






「(だって……大翔が取られるみたいで……嫌なんだもん)」


―――ッ!?!?!??!?!



 オ持チ帰リシタイ。


 とかオークみたいな思考になりつつも、冷静ではいられない俺の心臓。

 マジ破裂しそうな程ドクンドクン鳴ってるんだけど!?


 真っ赤だと自覚できる顔でネミの方を見れば、俺に負けず劣らず顔を真っ赤にしていた。


(おいおいおいおい……? 自滅技ですかメガ〇テですかッ?)


 ぐるぐる回る頭を感じながら、俺は必死に深呼吸を繰り返した。

 なんということだ。元勇者の俺に対する最大ダメージな気がする。


 っていうか。


(これ、こんなにドキドキするって……)


――そういう、ことだよな……?


 思わず発見にさらなる自滅。ネミに自滅するなよとか言えなくなるじゃん。

 でも、やっぱりその気持ちが少し嬉しい自分がいて。


(あー! どうしたら良いんだよこれ!?)


 思わずドブにハマった気分。

 最悪な展開なのに最高な気分が恨めしい。


「あー、えーっとだな……」

「っ!」


 俺の声に、ネミが目に見えてビクリとした。

 顔を真っ赤にしたたま、潤んだ瞳で俺を見上げる。瞳の奥に、不安が入り混じっていた。


――可愛過ぎかよこんちくしょうがッ!


 頭真っ白になっタ。

 言おうとしてたこと忘れてしまっタ。


(えー……? ……えー……)


 もうどこのロボットだよとか思うくらいに呟きが繰り返される。

 しょうがないじゃんこんなの初めてなんだから。誰にともなくそう言い訳しながら、俺は言葉を探した。





「あの……あぅ……す、すいません……お手洗い、貸してくれませんか?」

「あ……」


 かんっぜんに忘れてた。同じような事があった気がしないでもないが、今回のは不可抗力だと思う。


 茫然としている間に、未だ頬は赤いもののある程度復帰したネミが頷き、美奈さんを案内した。

 そうして、扉の奥に2人で消えていく。


 その姿が、完全に視界から居なくなり――


「ッ……はぁ……」


 思わず溜息を吐いた。


 人助けに始まりこんなにも一度に多くの事が起きたのは、こちらの世界で初めてかもしれない。

 いや、きっとそうだ。


 顔が熱を持っている。夜風が頬を靡かせ、体を包み込む。

 

 やがて次第に熱も引き始め、それと同時に頭の中が妙にクリアになってきた。


(……じゃ、こんな事考えてる余裕無かったしな)


 毎日を戦うことで生きていた日々を思い出し、俺は小さく苦笑した。

 

「しょうがない……とりあえずは、美奈さんから色々聞かなきゃな」


 今日泊まる場所は後回しだ。

 正体不明の不思議エネルギーと、なぜ追い出されたのか。


 なによりも、彼女が白い紙についてからにしようと思う。


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