ある日のデキゴト



 日本に帰還してから1か月が経った。

 ある程度身辺の整理は片付き、無知なネミを放置も出来ないので、家族に洗脳魔法を掛けて許嫁にしておいた。ネミの家族は居ないが、ネミ自身の戸籍もしっかりと作り、アパートを借りて2人で生活している。


 現状、俺の必死なバイトと家族からの仕送りで何とか維持しているが、厳しいものがある。

 早急に何かしらの手を打たなければ、と思い始めるこの頃。


 ふと、視線の先に高校生らしき少女の姿が入った。黒髪のロングヘアーが風に揺られている。

 その隙間から覗いた顔は、随分と綺麗だった。こんな、都会でも田舎でもないような辺鄙な場所には似つかわしくない容姿。


(……?)


 視線が、合った気がした。


 途端、少女の渡りかけていた横断歩道へトラックが滑り込んできた。信号を見れば、黄色が点滅している。

 少女の瞳は――未だ俺を凝視していた。


(おいおいベタ過ぎる展開じゃないかなぁ、それは!)


 そう愚痴るものの、既に俺の姿は消えていた。風を追い越し僅か数舜で少女の目前へと移動する。

 人並みからは大きく外れた力だが、しのごの言ってる暇もない。


「ごめんな」

「え、ひゃぁっ!?」


 一言謝りを入れてから、抱きかかえる。お姫様抱っこが最も手軽なのでそうして、そのまま跳躍する。

 

――トラックのサイドミラーが、俺の服を掠めた。


(っぶなッ!)


 本当にぎりぎりだったということだ。

 振り返れば、急停止したトラックから男性が降りてきた。幸い、目撃者は少女とあの男性だけだ。


(洗脳で良いか)


 任せられる相手ならともかく、知りもしない相手を放置とか怖すぎる。

 朝起きたら家の周りに国家軍隊が包囲してるとか悪夢みたいなことは嫌なので、迷わず魔法は使っていく。


(んー、まぁ俺の存在自体を消して危なかったって感じでいっか)


 そうと決まれば話は早い。

 少女と男性を対象にして、魔法を発動させる。


「《洗脳ブレイン》」


 と同時に、少女を降ろして俺も姿を消す。


「《不可視インビジブル》」


 数分後、改変された記憶で2人は日常に戻るはずだ。これで一件落着。


(さ、帰るか)


 思わぬ寄り道をしたなぁ、とか思いつつ、俺は家へと足を向けた。









「魔物が数体、こっちに来た」

「え?」


 夕方頃。アパートでのんびりしてたら、突然ネミがそう言いだした。

 魔物が来る。異世界から、地球に。鉄なんて効かないような奴らが。


(地獄じゃん)


「私が居ることで、向こうとのゲートが閉じれないみたい。で、魔物が迷い込んできてる」

「お前のせいか……」

「心外」

「ん、ああごめ――」

「私がそう企てた」

「オイ」


 流石に全ての責任を押し付けるのは良くないなぁと反省してたところでのカミングアウト。

 俺の方こそ心外だわ。


「で、何でそんなことしたんだ?」

「ん、フェ……ヒロトが活躍できるように」

「いや平穏が一番なんだが……」

「来ちゃったものはしょうがない」

「えー」


(まーそうなんだが。)


 こちらに来てしまったからにはどうしようもない。

 対抗魔法に対抗する術はないし、次元を超える魔法も同様だからだ。


「それで? どこに何が居る?」


 弱い魔物なら秒殺できる。流石に上級からは若干時間が掛かるだろうが、焦る程でもない。

 魔王よりも強い魔物なんて存在しないだろうし、居たなら世界は滅亡してたと思う。


 つまるところ、多分楽勝。


「ん、北の駅を超えた広場付近にゴブリンが2体。そのまま西に進んだ所にオークが1体居る」

「まぁ普通だな」

「オークを普通って言えるのはこの世界から見て異常」

「何を言う」


(異世界で勇者やってた時点で異常だろ)


 という言葉は飲み込んで、さっさと準備する。といってもそう必要なものはない。

 全部、”異空間”に収納できるからだ。いやー、テンプレだけど王道って便利。


「付近に人は?」

「……ヒトは居ない」

「ん? 変な言い回しだな。じゃあ他に何かいるのか?」

「ん、初めての反応。魔物でもヒトでも無い……魔力じゃないエネルギーを持ってる」

「……」


 少し考えて、何か答えが出た気がする。日本に古くから存在するとされる化身、〝妖怪〟。

 それを退治するための役割を背負った人物たちを、陰陽師。


 何か昔テレビか何かでやってて見た記憶がある。

 それが合ってる自信も無いのでネミには言わないでおくが……。


「っし。じゃあ行ってくる」

「ん、気を付けて」

「……!」

「どうした……?」

「お前、そんな気遣いできたんだな」


 俺が意外そうな声で言うと、軽く頬を膨らませてネミが睨んできた。

 身長と姿から怖さなんてまったく無いけれど、とりあえず軽く謝ってから笑った。


 異世界オリキアで、彼女はほとんど無口の賢者だった。扱う魔法の才能は俺をも凌駕し、戦いにおいて大きく貢献してくれた。

 そんな彼女は、ほとんど無感情で無情だった。のだが。


(やっぱ変わるもんだな)


 彼女もまた、親友の1人として心を置いた仲間だ。

 そんな親友の変化に、少しだけ嬉しくなる俺を感じる。


(なんか気分が良いな)


 魔物退治、頑張るかぁ。と柄にもないこと考えながら、俺は出発した。




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