第二章

第二章

とりあえず、東海道線の富士駅へいった蘭は、駅員に手伝って貰って、沼津行きの電車に乗った。冷たい顔をして、障碍者席に乗せてしまう新幹線の駅員よりも、この方が、ずっと親切に、蘭を電車に乗せてくれた。

「沼津駅に行ったら、四番線に行ってください。宇都宮線に直通する電車はそこから発車します。」

と、親切に教えてくれる駅員に蘭は、丁寧にお礼をいって、電車に乗り込むのだった。

15分くらい走って、電車は沼津駅についた。電車がホームに止まると、二人の駅員が、車いす用の渡坂をもって、待っていた。

「えーと、次の宇都宮線直通は、八時二十九分、こちらから発車します。」

そういって、蘭が降りたホームとすぐ向かい側のホームへ車いすを押して連れて行ってくれる駅員。

「お客さんは東京駅まで行かれるんですよね。東京に到着は、十時四十八分になります。」

という事は、駅弁を買う必要もなさそうだった。

「まもなく、四番線に八時二十九分発、小金井行きが到着いたします。危ないですから、黄色い線

の内側まで下がってお待ちください。」

駅のアナウンスに従って、四番ホームに電車がやってきた。沼津駅から小金井とか、古河とか宇都宮とか、そんな所へも電車一つで行けるようになったが、そんな遠くまで行こうという客は、なかなかいないらしく、電車は空いていた。それでは、何だかこんな電車を作っても意味がないという声も聞こえてくる。大体の客は三島駅とか、熱海駅で降りてしまう。乗客が増えてくるのは、小田原駅以降で、何だかわざわざ沼津まで直通しなくてもいいのではないかと思われた。

小田原駅を通り越して、平塚駅、大船駅と乗っていくと、電車は東京へ行きたい人が乗ってきて、ぎゅうぎゅう詰めとなった。それでは車いすに乗っている蘭が、こら、場所をとるな、といわれそうなくらいだ。それでも蘭はその場を動けないので、ぎゅうぎゅう電車に乗って、横浜駅、川崎駅、品川駅と乗って行った。

それでも乗客は増え続ける一方で、蘭はほかの乗客たちの冷たい視線に耐えながら、電車に乗り続けた。やがて、もう乗客が多すぎて全部乗り切らないほどになった時、車内アナウンスがなった。

「まもなく、東京、東京に到着いたします。御降りの方はお忘れ物のないように御降りください。」

やがて、東京駅の東海道線のホームにたどり着く。ドアが開くと、大量の乗客が、バケツをひっくり返したように、出て行った。ほとんどの客が、居なくなって、空っぽになった時、

「はいドウゾ、お出になってください。」

優しく声をかけてくれる女性の駅員が二人、車いす用の渡坂をもって、蘭を迎えてくれたのだった。

蘭はやっとその渡坂を渡って電車を降り、大きなため息をついて、ワーッと背伸びをした。

「あの、どちらの線か乗り換える予定はありますか?」

そう駅員にいわれて蘭はハッとする。

「あ、あの八王子です。小宮という所です。」

急いで蘭はそういうと、

「はい、八高線ですね。先ず、中央線に乗り換えていただきまして、八王子駅から、八高線に乗り換えてください。」

と、にこやかに駅員は言って、

「案内して差し上げますね。」

と、蘭を中央線の快速電車のホームまで連れて行ってくれた。天下の東京駅と言うのに、駅は古臭く

、様々な所に段差があって、車いすでは誰かの手助けが必要であった。

「あのう、八王子駅は、中央特快止まりますでしょうか?」

と蘭が聞くと、

「勿論止まりますよ。ただ、中央特快は混雑が激しいので、通常の快速電車に乗るようにしてください。」

と、安全に乗るためのヒントまでくれたのであるが、蘭は中央特快に乗ると申し出た。駅員はやめた方がいいと親切に言ってくれたのであるが、蘭はもうのろのろ走る電車はごめんだった。その直後に、中央特快高尾行きが、すぐにやってきてくれたので、沢山の人と一緒に、蘭は無理を言って

その電車に乗ってしまった。

中央特快は速かった。さすがに特別快速と言われるだけあって、停車駅も少なく、ほかの電車との待ち合わせをする必要もないので、非常に早く八王子まで蘭を連れて行ってくれたような気がした。メールによると勝代は、八王子駅に蘭を迎えに行くと言っていたが、蘭は八高線に乗って、小宮駅に行ってしまうことにした。しかし、八高線のホームに行って、電車が一時間に一本しかなかったのが計算違いであった。しかたなく駅弁を買ってホームで食べ、中央線とは比べ物にならないほど少ない数の乗客と一緒に、八高線の電車に乗った。

八王子駅から小宮駅まではスグなんだからもう少し本数を増やしてくれればいいのに。なんで一時間に一本しかないんだ!と思いながら、蘭は小宮駅の駅員に連れられて電車を降りる。無人駅でないところが本当に良かったと思った。蘭は、とりあえず小宮駅の外に出ることに成功し、そこで初めて勝代に電話をかけた。

勝代はおどろいていた。本当に来るとは思っていなかったようだ。すぐに迎えに行くから待ってて、とだけ言って、電話を切った。そこがちょっと、蘭には腑に落ちない所だったが、とりあえずは気にしないで置いておく。

「蘭さん。」

いつの間に、勝代が自分の後に立っていて、蘭はびっくりした。

「ああ、勝代さん。」

「お久しぶりね。蘭さん、この前あった時より、少し疲れているみたい。」

そういってくれるのは、勝代さんだけですよ。と、蘭は一寸ため息をつく。

「いやあ、有難う。個展の会場は駅から遠いの?」

蘭がそう聞くと、勝代は、

「ええ、車で三十分くらいかしら。八王子は広いから、いくら駅があっても、車が要るわ。」

と、こたえた。

「暫くレンタカーでこっちを移動しているんです。最近は、一日二千円程度で車を貸してくれる店もあるから、助かるわ。」

勝代は、駅前の乗降場に、蘭を案内した。

「行きましょうか。」

と、蘭は、勝代が用意してくれた車に乗り込んだ。ちゃんと車いすの蘭に考慮してくれてあって、車いす事、後部座席に乗り込めるようになっている。福祉車両は高いのは蘭も知っている。とても二千円で借りられるモノではないと思う。だけど、そういってくれるのが、何だかありがたかった。

勝代は、後部座席のドアを閉めて、運転席に乗った。

「八王子何て都会でしょう。なれるのにたいへんなんじゃないですか。電車はたくさん走っているし、バスもたくさん走っているし、高速道路も走っているしで、名寄とはぜんぜん違っていて。」

と、蘭は勝代を考慮してそういったのであるが、

「いいえ、そんなことないわ。小宮駅も、一時間に一本しか電車が走ってないし、大して名寄の駅と変わらないわ。」

勝代は、涼しい顔して、そういうのだった。その表情は何となく馬鹿にしないでという感じでもあったので、蘭はそれ以上いう事はしなかった。

「まあ、変わった所と言えば、周りに田んぼや畑がない所かしら。」

勝代は、それでもにこやかに笑っていて、蘭に気を悪くしている訳ではなさそうだ。

「あの手紙には、偉い先生が評価してくださったと言っていたけど、どんな先生なの?」

蘭はまた別の質問をした。

「ああ、あの方ね。」

にこやかに笑ってこたえる勝代。

「あの、女性問題を中心に研究している、評論家の古谷春美先生。」

「あ、ああ、あの人かあ。」

その人はテレビで見たことがある。時折テレビ番組で、女性の自立について、すごい議論を男性の出演者と交わしていたことがあるほどの強者であった。時折過激な発言で、視聴者が物議を醸すことが多い人物であった。支持者も少なからずいるが、どうも蘭はその女性の主張というモノは、納得できないところがあった。

古谷春美かあ。勝代さんもすごい人物にあったモノだなあ。

「何処で知り合ったの?古谷先生と。」

「いいえ、あの、私のお客さんがね、たまたま古谷先生の講演会に行って、サイン会が行われていたらしくて、その時に見てもらったですって。それで、彫ったのは誰かということを聞かれて、それで私のことを紹介したらしいの。」

蘭がそう聞くと、勝代はにこやかにこたえた。

「なるほどねえ。今の時代、何処でつながっているのか、わからないねエ。勝代さんは、いい出会いに恵まれたんだなあ。」

蘭は、運の強い勝代さんのことが羨ましくなって、そういった。

「でも、あの古谷先生って、時折過激な発言して、ちょっととっつきにくくないか?」

蘭はまたそういう質問をした。

「心配しなくていいのよ蘭さん。あたし、そういうところがあって癖の強い人物だってことはちゃんと知ってるわよ。でも、そんな事言っては居られないでしょ。あたしたちはただでさえ偏見の強い職業なんだから、こういう味方になってくれる人の存在はしっかり感謝しなきゃ。だからあたし、これからもがんばって行かないと。」

何だか無理をしているみたいな言い回しで、蘭は一寸勝代のことが心配になった。アリスと違って、図太くどしっとした所がないので、何だかひ弱そうにみえてしまうのだ。自分に言い聞かせようとしている勝代に、蘭はなにか励ましてやりたかったが、その言葉も思いつかなかった。

「まあ、今回の展示会は、その古谷先生の後援が付いたから、一寸盛大にやることが出来たのよ。自宅ではなくて、初めてそとの会場を借り切ってやることが出来て、あたし、緊張しているの。でも、おかげさまで、見に来てくれたお客さんたちも、みんな綺麗だねって言ってくれて、嬉しいわ。中には、あたしも刺青してみたいっていう若い女の方もいて。何だか一寸照れくさいのよ。」

なるほど、勝代さんの活動は順調に言っているんだなあと蘭は、羨ましく思う。

「でも、一番見てほしいのは蘭さんなのよ。あの時の言葉、まだ忘れてないわよ。」

勝代の一言に、蘭はちょっとドキッとした。

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