第16話
老婆を倒し地上に上がると、窓の外が晴れ渡っていた。
「ずっと毒の霧が出てたのに……」
「あのおばあさんを倒したからです」
エイリーンは語る。毒を発していたのはモンスターではなくあの老婆。
そしてコウルが倒そうとしていたリフレージュは、モンスターではなく森を復活させようとしていた木の精霊だと。
「もし、あの時に倒してしまっていたら……」
「この森は、ずっと毒の森だったかもしれません」
「うわあ……」
コウルは心の中で何度も謝った。
「大丈夫です。わたしも女神見習いとして、木の精霊に謝っておきますから」
心を読まれたことにコウルは驚く。
「そういえば、森でもさっきの老婆の所でもエイリーンの声が聞こえた。これは?」
「わたしとの契約が深まってきた証です。本当の意味で心が通じ合ってきたんです」
それは隠し事はできないのではとコウルは思った。
「そ、そんな何でも覗けるわけではないです。強く思った時だけです。……コウルは隠し事があるんですか?」
エイリーンが不安げな表情でコウルを見る。コウルは首を全力で横に振った。
「とりあえず、今日はこの小屋を借りて休もうか」
「そうですね。わたしもコウルもまだ毒気が完全に抜けきっていません。万全の状態まで休みましょう」
二人は小屋にある椅子や布団を借り休むのだった。
毒気が抜け万全になった二人は、その後あっさりと森を抜けることができた。
「草原より早かったでしょう?」
「老婆のせいで足止め喰らったからあまり変わらなかったけどね……」
コウルは苦笑いを浮かべる。
「でも、もう海です。この海を渡れば――」
二人の眼前に広がる海。その海は大嵐で荒れていた。
「この中を飛んでいくのは無理じゃない?」
「そうですね……。わたしひとりならまだわかりませんが、コウルを運ぶのは無理そうです……」
二人の道が行き詰る。
だがただ立ち止まっているわけにはいかない。二人は海沿いを歩いていく。そして――。
「町がある?」
「えっ?」
海沿いには確かに、小さいが町が存在していた。
二人はすぐさまその町へ向かう。
「ほう。こんな所に旅人……しかも子供とは珍しい」
町の入り口で男が言った。その男は屈強そうな身体をしている。
「子供じゃないです。それより……船はありますか?」
「船?」
男は少し考える。
「あるにはある。だが船乗りがいない」
「えっ」
「こんな世界だ。この町には屈強な者しか生き残ってないのさ。船乗りも屈強だがやられるもんはやられる」
「そうですか……」
船が動かせないのではどうしようもない。二人は途方に暮れる。
「どうします? 嵐が収まるまで待ちますか?」
それを聞いた男は疑問符を浮かべた。
「あんたら、知らないのか? この嵐はモンスターの仕業だ。そいつをなんとかしねえと嵐は止まらねえ。船乗りは皆、嵐のモンスターにやられたのさ」
「な……」
確かに二人がこの町に来るまでも、一向に嵐は収まる気配がなかった。
「なら、なんとかモンスターを――」
「言ったろ。船乗りは全滅しちまった。俺達には奴に近づく手段がねえのさ」
八方塞がりであった。これでは神の塔へ行く手がない。
二人は仕方なく、とりあえず宿を取ることにする。
「どうする?」
「わたしがコウルを運んだまま戦うのは……?」
「ダメだよ。エイリーンにすごい負担をかけちゃう」
しかしエイリーンは首を横に振った。
「ですが、手はこれしかありません。一刻も早く神の塔へ行く必要がある以上、多少の負担は覚悟の上です」
コウルはため息をついた。
「エイリーンって結構頑固だね」
「そ、そんなことありません!」
エイリーンがむくれる。コウルは笑った。
「エイリーンがそこまで言ってくれるなら、やろうモンスター退治!」
「はい!」
二人はタッチし合うとさっそく外に出る。
外には先ほどの男がいた。
「うん? さっきの坊主と嬢ちゃんじゃねえか。休んでたんじゃねえのか?」
「モンスター退治に行ってきます!」
「いやだから、船は動かせる奴が――」
コウルとエイリーンは構わず走る。そして海の前まで来て、飛んだ。
「な――」
翼の生えたエイリーンとそれに運ばれるコウルを、男は唖然と見つめていた。
勢いよく飛び立った二人だったが、現実はそう甘くなかった。
「大丈夫、エイリーン?」
「だ、大丈夫です……」
そうは言うが、エイリーンの飛行はとてもフラフラとしていた。
しかし掴まっているだけのコウルにできることはない。
「モンスターはどこにいるのでしょう?」
「あ、エイリーン! あれ!」
コウルが指さす方向。そこは暴雨風の中心。そこには巨大な雲のようなモンスターが渦巻いていた。
「ほう……我の所へ来るものがおるとは。しかも船ではなく飛んでくるとはな。だが――」
モンスターは大きく息を吸い込むと、コウルたちに向かい暴風の息を吹きかける。
「うわああっ!」
「きゃああっ!」
暴風が二人を襲う。
「エ、エイリーン! 大丈夫!?」
「コ、コウル、すみません。大口を叩いたのに。退避します」
二人は風に流されるように、町に戻るのであった。
「おかえりだな、坊主、嬢ちゃん。その様子だとダメだったな?」
「「はい……」」
二人そろってビショビショの身体でうなだれる。
かっこよく飛び出して行ってこの様で、恥ずかしさも一押しである。
「モンスターには会えたのに……」
「はい……あの風を何とかしないといけませんね」
二人は考える。
今のままでは、モンスターの所へ行けてもまた同じことの繰り返しだ。
「魔力で壁を作ってもダメなの?」
「ダメです。風で壁ごと吹き飛ばされるだけです」
「そっか……」
二人は再び八方塞がりに陥る。すると男が言った。
「風ねえ。そういや、少し前にこの町に寄った商人が『風除けのマント』みたいなの持ってたような」
「そ、その商人は今どこに!?」
「確か北東の山の方に行くって言ってたな」
「ありがとうございます!」
男に礼を言うと二人は駆け出した。
「行っちまったな……。『風除けのマント』なんて胡散臭いが……。まあ本当だったらそれでよしか」
男は二人が行った方向をじっと見つめるのだった。
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