第15話

邪神界エンデナール上空。


「うわああっ!?」


「コウル、手を!」


女神界エイナールから飛んだ二人は、邪神界上空に出現していた。


落ちるコウルをエイリーンが何とか手を取る。


「あ、ありがとう」


「いえ、まさかこんな上空に出るとは思ってませんでした」


ゆっくり着地しながらコウルは聞いた。


「直接、こっち側の本拠地につくわけじゃないの?」


「普段でしたら、こちらの神の塔に行くはずですが……エルドリーンが妨害したのかもしれません」


二人は辺りを見回す。何もない。


「また荒野かあ……」


コウルがエイナールで最初に出会った地の荒野。今いる場所はそこによく似ていた。ただーー。


「空が暗い……」


雲が出ている訳でも夜でもない。その空はただ妖しく暗い光の空だった。


二人はとりあえず町を探し歩く。その道中、モンスターの轟きが響く。


「モンスター!」


コウルは剣を抜き、モンスターに斬りかかる。


モンスター退治も慣れたもの。そう思っていた。


「グオオッ!」


「なにっ!?」


モンスターは器用にコウルの剣をかわすと、武器を振るう。


コウルもギリギリ、その攻撃をかわした。


「コウル、邪神界の魔物は闇の魔力によって強化されています。油断しないでください」


「先に言って!」


コウルは魔力を集中し直し、モンスターに斬りかかる。素早い一撃は、今度こそモンスターを捉え、切り裂いた。


「ふう……」


コウルが一息つく。するとエイリーンが言った。


「こちらの世界で町を探すのは難しいかもしれませんね」


「どうして?」


「モンスターが強いからです。こちらの世界にも普通の人がいるのは間違いありませんが、この強さでは………」


「じゃあどうする?」


「仕方ありませんが、直接、塔を目指しましょう」


二人はやむを得ず、神の塔を目指し歩き始めるのだった。




荒野を抜けると、森か、草原に繋がる道に出る。


「草原のほうがまだマシかな?」


「ですが、神の塔に向かうには森を抜けたほうが早いですね」


「そうなの?」


エイリーンが頷いたため、二人は森を抜けることにする。


その近くの寂れ倒れた看板に『危険 魔の森』と書かれていたのに気づかずに。


「暗いけど、意外となんとかなるね」


二人は森を進んでいく。最初の方は順調だった。しかしーー。


「コウル、ふらついてませんか?」


「エイリーンこそ。……あれ?」


二人とも目が虚ろで、視界が定まらなくなる。そしてその場で倒れてしまった。


「エ、エイリーン……」


「コウル……」


ふたりの意識はそこで途絶えた。




「う、うーん?」


コウルが目を覚ます。そこは小さな小屋の中のようだった。


「ここは……?」


「おや、気がついたかい」


そこにいたのは、いかにも怪しげな雰囲気を醸し出す老婆。


「あなたは……?」


少し警戒し、剣に手をかけようとして気づく。剣がない。


「おやおや、そんなに警戒しなくてもよかろう。剣はそこに置いておる」


コウルの少し先の壁には、きちんと剣が立て掛けてあった。


「あ、ありがとうございます」


「その剣、ただの剣じゃないよ。大切に扱いな」


「え?」


コウルは剣を見る。


ジンから譲り受けた剣。青く輝く刀身はたしかにとてもお古だとは思えない。


女神聖剣と比べても見劣りはしないが……。


「……そうだ! エイリーン!」


「ん?」


コウルは小屋を見回すが、エイリーンの姿は見当たらない。


「僕と一緒に女の子が倒れていませんでしたか!?」


慌てるコウルに老婆は言った。


「わしが見つけたのはお主だけじゃよ」


「そんな……!」


倒れた時には一緒にいた。ならいつはぐれたのか。


考えるコウルに老婆は非情にも突き付けた。


「この森はモンスターも多いからねえ。もしかしたらすでに……」


「やめてください!」


コウルは立ち上がると外に出ようとする。しかし足がまだふらついてこけた。


「しばらくおとなしくするんだね。あんた、この森の毒気にやられたんだ。立てるだけすごいもんさ」


「でも……!」


それでもコウルは立ち上がり扉に手を伸ばす。


それを見た老婆は小さな小瓶を取り出すと、コウルに向かって投げた。


「それを飲みな」


「これは?」


「この毒気に対する特効薬だよ。副作用が大きいんであまり勧めないがね」


確かに、とコウルは小瓶を見て思う。小瓶の中身はどうみてもこっちが毒のような色をしている。


だがコウルはそれを一気に飲み干す。苦々しい味が口中に広がるが吐かずになんとか飲み終える。


「ありがとう、おばあさん」


「礼はいらんよ。この森のモンスターなら『リフレージュ』が怪しいね」


「『リフレージュ』ですね。わかりました!」


コウルはそれを聞き飛び出した。


老婆が怪しい笑いをしているのに気付かずに。




「すごい、身体が軽い。副作用があるなんて嘘みたいだ!」


コウルは軽い身体でモンスターを蹴散らしながら、エイリーンを探す。


そして、一匹の巨大な木のモンスターに遭遇する。


「こいつがリフレージュ?」


巨大な木のモンスターは、コウルに反応し枝を伸ばす。


コウルは枝による攻撃をかわすと、そのまま枝を切り落とす。そのままの勢いでリフレージュを斬る。


「――!」


傷ついたリフレージュは、逃げるように森の奥へ消えていく。


「待っ――!?」


(コウル、ダメです。その木はモンスターではありません)


コウルの頭にエイリーンの声が響く。


「エイリーン!? ど、どこ?」


(コウル……あの老婆を信用しては……いけま……)


エイリーンの声が小さくなっていく。


それに加え、コウルはひとつ感じたことがあった。


(リフレージュを追い払ってから、この辺りの毒気が強くなっている?)


エイリーンの言葉、毒気の強まり、それらから導き出される答えは。


(エイリーンが危ない!)


コウルは飛ぶ勢いで小屋に戻ろうと走る。


「エイリーン!」


小屋の扉を勢いよく開ける。中にはエイリーンも、老婆もいない。


「一体どこに……」


机、棚、怪しそうな場所を調べる。そして――。


「この下か!」


絨毯をめくる。そこにはいかにもな入り口があった。




地下室。そこの壁にエイリーンは繋がれていた。


「うう……コウル……」


「無駄だよ。あの小僧ならしばらく帰ってこないさ。帰ってきたとしても――」


上で大きな音。コウルが扉を開く音がする。


「早いねえ、まさかもうリフレージュを?」


落ち着いている老婆。その前にコウルが降りてくる。


「エイリーン!」


「早かったねえ」


コウルは老婆を睨み付け、剣を抜く。


「エイリーンを離せ」


「怖い顔だねえ。だけどお断りするよ。この娘はわしが若返るための生贄さ」


「離さないというなら――!」


コウルが剣を振り上げた……ところで、急に力が抜けたように崩れ落ちる。


「な…なんで……」


「いいタイミングででてきたねえ」


老婆はニヤニヤと笑った。


「あの薬は特効薬なんかじゃないよ。ただちょっと毒気を抑えるだけさ。そして効果が切れるころには毒をたっぷり吸っている。するとどうなるかねえ?」


「毒気が……一気に……?」


「そうさ、あんたはもう動けない!」


老婆の言う通り、コウルは完全に倒れ意識が失われようとしていた。


(エイリーン……。かっこ悪いところ毎回見せてるよね……ごめん)


(大丈夫です、コウル。聖剣を。聖剣を呼んでください)


コウルとエイリーン。二人の心の声が通じ合う。


それに導かれるように、コウルは力を振り絞り呼んだ。


「エイ……リーン」


光が広がり、エイリーンからコウルに聖剣が届く。


聖剣の光に包まれ、聖なる魔力によってコウルの身体が浄化されていく。


「な、なんだい、この光は!?」


さすがの老婆も想定外の事態に驚き始める。


「これが……僕とエイリーンの……あ、愛の力だ!」


照れくさいことを言いながら、コウルは立ち上がる。


「なにが、愛の力だい。こっちにはまだ娘が――」


一瞬だった。聖剣の魔力でコウルは跳躍していた。


壁に繋がれているエイリーンの鎖を斬ると、すぐさま老婆に剣を向けた。


「今度こそ……終わりです」


コウルの聖剣の一撃が老婆に叩きつけられる。


「わ、わしの若さが……永遠の命が……」


老婆はそう言い残して消えていくのであった。




「ごめん、エイリーン。すぐに気づかなくて」


「いいのですよ。こうやって助けてくれたのですから」


「でも……おばあさんに騙されたりしたし……」


コウルは落ち込む。彼は元の世界でもよく騙されていた。


しかしエイリーンはほほ笑みながら言う。


「でも、その純真さがコウルです。その……私の好きなコウル」


エイリーンは真っ赤になり、釣られてコウルも赤くなる。


二人の邪神界での冒険と、恋はまだまだ始まったばかりであった。

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