大極殿前の広場にて
目に映るすべての物が、大きかった。
月影の目の前には、巨大な広場があった。そこには、大勢の官吏が集まっている。その真ん中に設けられた一本道の上を、月影は歩いていた。
はるか向こうの方に、大きな宮殿が見える。おそらくあれが、大極殿だろう。
月影は、案内役の官吏の後ろを歩きながら、さりげなく辺りを観察していたのだが。
「おい。あれはもしや、白家の者ではないか?」
「おお。そうかもしれん。あの
「おそらく、貴殿のおっしゃる通りでしょうな」
月影の歩く姿をしばらく眺めていた官吏たちが、ひそひそと話し始める。その姿は、
み、見られている…………?
月影は、思わず後ずさった。いつの間にか多くの官人が、月影の方をじろじろと見ている。
あの…………。僕は、珍獣ではありませんよ…………。
あまり、注目されることに慣れていない月影は、その無遠慮な視線に、嫌な気持ちになった。
やがて、月影と案内役の官吏は、後嗣許婚候補用に特別に誂えられた場所まで来た。
「ここで、女王陛下の御成りをお待ちください」
案内役の官吏が、そう言って頭を下げる。
「あ、はい。わかりました」
月影は、ほぼ反射的にそう答える。
彼らが下がっていったあと、指定された場所に立った月影が、身だしなみを整えていると。一人の少年が近づいてきた。
「あの……。もしかして君、白家ゆかりの方かな?」
「あ、そうです! 僕……じゃない、私は、
月影は、慌てて自己紹介をする。
話しかけてきた少年は、「ああやっぱり。そうかなと思ったよ」と言って、微笑んだ。
「あの……失礼ですが、あなたのお名前は……?」
月影は、おずおずと少年の名を尋ねた。
ついて早々、いきなり話しかけてきたため、警戒してしまったのだ。
そんな月影の態度に気が付いたのか。
「ああ。これはすまない。まだ名乗っていなかったね」
そう言った少年は、月影に拱手をした。
「私の名は、
「よろしくお願いします。青柳桂殿」
月影も、拱手をして、頭を下げた。
ひとしきり、挨拶が済んだあと。
「月影殿。ところで君は、いくつだい? ぱっと見たところ、私とそんなに変わらないと思うけど」
柳桂が、月影に問いかける。
実際、柳桂は月影の見た目から歳を判断することができなかった。
実は、月影はその歳にしては幼く見られやすい。さらに言うと、美少女にも見えなくもない中性的な美貌を持つため、よけいに歳がわかりにくいのだ。
花国では、年齢の上下をかなり気にする。
それ故に、よほど打ち解けた仲でもない限り、歳が一つ違うだけでも年下の者は敬語を使わなくてはならないのが、社会的な規則のようになっている。
それを、もちろん心得ている月影は、素直に自分の歳を言った。
「私は、今年で十三になります」
「そうか。なら、私と一つ違いだね。私は、今年で十四になったから」
柳桂は、納得したようにうなずく。
よかった。こんな風に話しかけておいて、月影が自分よりも歳上だったら、かなり気まずいことになっていた。
柳桂が、まさかそんなことを思っていたとは露知らず。月影は、歳上のお兄さんだ~、とのんきなことを考えていた。
そんな中、柳桂はぽんっ、と手を打つ。
「そうだ。折角だし、お互い下の名前で呼び合わない? もともとほとんど歳も変わらないから、月影も、私に敬語を使わなくていいよ」
「ほ、本当ですか!?」
月影は、柳桂の言葉に驚いた。
当たり前だ。月影が驚くのも無理はない。
まさか初対面の相手から、そんな提案をされるなんて。普通なら、絶対にありえないことだ。
「ああ。こんな風に他家の四神宗家や四斎家の人と交流できる機会なんて、滅多にないことだし。それに君も、一人で来たのだろう? だから…………親しくしてくれたら、うれしい」
最後の一言が、彼の本音だろう。
きっと柳桂も、同郷・同族の知り合いが一人もいない中、どこか心細いところがあったのだ。
月影は、ありったけの勇気を出して、ある提案をした。
「では……柳桂。私の…………友と、なってくださいっ!!」
月影は下を向き、目をつぶる。何と返事が返ってくるのか、怖かった。
しかし、それは杞憂に終わった。
「友、かぁ…………。いいね。気に入った」
柳桂は嬉しそうに、何度もうなずいた。
友。なんて、良い響きだろう。
「え………?」
月影は、おずおずと顔を上げる。
そこには、まんざらでもない表情をした柳桂が立っていた。
彼は、月影の顔を正面から見ると、両手を差し出す。それから、月影の右手をくるむようにして、こう言った。
「月影。よろしく」
「はいっ! こちらこそ、よろしく」
気が付くと月影は、満面の笑みでそう言っていた。
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