いざ、宮城へ


 いよいよ、はく月影げつえいが朝廷に参内する日がやって来た。

 梅雨の時期ではあるが、今日の空も晴れている。

 そんな良き日の朝。

 月影は、最高級の礼服を着て、瑞花ずいか白宗家邸の正門の前に立っていた。

 そこには、朝廷から遣わされた軒車けんしゃがすでに到着しており、月影の乗車を待っている。

 月影は実兄の風雅と最後の別れの挨拶を交わしていた。

「兄上。行って参ります」

 月影は、いつぞや故郷の屋敷で家族にしたように、兄に深い揖礼ゆうれいを捧げた。

 この兄には、ずいぶんと世話になった。

 ほとんど故郷の屋敷や珀本家の領地から出たことのなかった世間知らず過ぎる自分に、道中、いろいろなことを教えてくれた。

 感謝してもしきれない。

「ああ。気を付けろよ。女王陛下や後嗣殿下、その他の王族の方々に、くれぐれも失礼のないようにな。あと、官吏や、他家の許婚候補とも、上手いことやるんだぞ」

「はい。わかっております。何だか今日の兄上は、まるで母親のようですね」

 月影は、くすくすと笑ってしまった。

 ここまでいちいち気にかけてくれなくても、僕は幼い子どもではないというのに。

 案の定、風雅はむっとしたように唇をとがらした。

「そんなことを言うなよ。ひどいな、心配しているっていうのに。月影。忘れ物は、ないな」

「はい。珮玉はいぎょくも、しっかり腰に着けてあります」

 月影は、また兄の気遣いに笑いそうになりながらも、腰に付けた珮玉を、兄に見せた。

 この珮玉は、朝廷では身分証として使われるのはもちろんのこと、宮城を出入りするための通行証としても使われるのだ。

 確かに、忘れてたら一大事だ。門前払いになって、宮城に入れなくなる。

「風雅さま。そろそろ」

 ここで、かなり遠慮がちに、風雅にいつも付き従う従者が声をかけた。

 兄弟の別れに水を差したくはないが、朝廷から遣わされた使者殿をあまり待たせてはよくないのでは。という、彼の思いを正確に理解した風雅は、月影に軒車に乗るように促した。

 月影は、名残惜しいそうな表情をしながらも、軒車に乗り込む。

「気を付けて、行って来い」

 風雅は、軒車のそばまで来ると、そう言った。

「ありがとうございました。兄上」

 月影は、軒車の窓に駆け寄った。

「ああ」

 お互い、言いたいことはまだあったが、無情にも軒車はゆっくりと動き出す。

「兄上――――っ! さようなら――――っ!!」

 月影は、軒車の窓から身を乗り出して、手を振っていた。

「ああ――――。月影も、達者で過ごせよ――――!!」

 風雅も、月影に負けじと声を張り上げる。

 それから、見送りに出ていた白宗家邸の使用人たちと共に、風雅は月影の乗った軒車が見えなくなるそのときまで、手を振り続けたのであった。



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