月影、宮城に入る


 宮城・花葉かようじょう城の正門・朱雀門すざくもん前に到着した軒車けんしゃは、そこで停車した。

 ここで降りるように促された月影は、おずおずと地に足を付ける。

 門の前には、拱手をする数人の官吏がいた。

 おそらく、彼らが案内人だろう。

 その中の一人が、前に進み出て、月影に貴人に対する礼をした。

「珀月影さまでございますね。私たちは、礼部れいぶ所属の官吏にございます。これから、月影さまの案内人を務めさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「はい。お願いします」

 月影も、同じように拱手する。

 礼部所属の官吏か。月影は、心の中で、そうつぶやいた。

 礼部という役所は、六部りくぶの一つだ。主に、礼制、学校、外交を司る。また、官吏登用試験もこの部署の管轄である。

 そこに所属のする彼らが案内をしてくれるのは、ある意味理にかなっていえるであろう。おそらく今回の試しも、礼部が主催するはずだ。

 そんなことを考えていたら、いつの間にか足が止まっていたらしい。

「月影さま。どうかなさいましたか?」

 数歩先を行っていた案内人の官吏たちが、ついてこないことを不審に思い、月影の方へ振り返って問う。

「い、いいえ。少し、考えごとをしていただけです。すみません」

 それに月影は、かぶりを大きく振ると、駆け足で彼らのあとを追いかけた。


◆◇◆◇◆


 彼らに促されて、宮城の正門をくぐった月影は、目の前に広がった世界に圧倒された。

 北に真っ直ぐに伸びる広々とした一本道。

 沿道には、四季折々の木々や花が植えられている。中には、花国ではあまり咲いていない、異国の植物と思われる花も咲いていた。

 今の季節はちょうど紫陽花が見ごろだ(この花も、もともとは

花国原産のものではないらしい)。 

 さすがははなの国、その姿は、思わず見惚れてしまうほど、美しい。

 月影は、みっともないと思いながらも、両脇の花の道をきょろきょろ見回しながら歩いた。 

 それから、礼部を含むたくさんの役所の建物がある官庁街を抜けると、さらに立派な門が見えてきた。

 どうやら、ここから女王陛下のいらっしゃる御座所であり、日常的にご政務を執られる王宮があるようだ。

 ではこの門が、王宮の正門・承天門しょうてんもんだろう。

 案の定、この門の前で、彼らは立ち止まった。

「私どもがご案内できるのは、ここまでにございます。ここからは、どうぞお一人でご入場ください」

「…………わかりました。みなさん、ありがとうございました」

 月影は、再び揖礼をした彼らに、お礼を言った。それから、拱手をする。

「…………いいえ。どうか、お気を付けて」

「はい。行って参ります」

 月影は、軽く頭を下げると、門の先に広がる大きな宮殿に、王宮に、足を踏み入れたのであった。



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