五つの盟約


 一方。

 反撃とばかりに再び抗議を始めた月影げつえいに対し、彼の祖父はどこまでも冷静であった。

「月影。そなたは、何を申しておるのだ?」

 よもやそなたに、選ぶ権利があるとか思っておるのではあるまいな。ん?

 はく本家の当主は、貴人きじん中の貴人であった。誰かに命令することに慣れ、そしてどこまでも氷のような冷たさと一種の非情さを持っていた。それは、四神しじん宗家そうけが一つ、はく宗家の分家でありかつ白宗家に次ぐ大貴族の当主として生きてきた彼の歳月さいげつを考えてみれば、至極しごく当然のことであった。美しい薔薇ばらにもとげがあるように、裏では醜い足の引っ張りが日常茶飯事にちじょうさはんじの貴族社会で、伊達だてに歳を重ねて来たわけだけないのだ。

 そんな、百戦ひゃくせん錬磨れんまの老人に容易に勝てるはずもなく。月影は、かなりの苦戦を強いられていた。

 単純に抗議してもダメだと悟った月影は、作戦を変えてみることにした。少しだけ、しおらしく、戸惑いを隠せないような口調で話してみる。

「ええっと……でも僕はまだ、十三になったばかりですよっ?! そんな急に縁談えんだんのような話なんて…………」

「まあ、そうだろうな。わしもそう思う。しかし、そなたはこの珀本家の子息、こう王家の命と白宗家の要請には従わねばならぬ」

 ここぞとばかりに、黄王家と四神しじん宗家そうけの名を出してきたぞ。お祖父さまめ。

 月影は、何となく祖父は確信犯かくしんはんだと思った。

 そんな彼の祖父は、あともう一押しとばかりに、こう言葉を重ねた。

「それに…………これは、いにしえより連綿れんめんと続く、黄王家と四神宗家の、数少ない盟約めいやくの一つであるからな…………」

「数少ない盟約の一つ? ああ、五つの盟約のことですか」

 月影は、ほぼ反射的に答えていた。あれのことか、とすぐに記憶をたどる。

「そうだ。ゆえに、そなたは従わねばならぬ。わかったな?」

 わかったなと言われても、はい、そうですか、と素直にうなずけるものか! 

 心の中で、素早くツッコミを入れた月影は、すぐに五つの盟約の詳しい内容について思い出す。確か、正式名称は『黄王家と四神宗家に結ばれし五つの盟約』だった。

 それは、はるか昔、黄王家と四神宗家の間に結ばれし約束――――それも決してたがえることの許されぬ約束であった。具体的な内容は、以下の通りである。


"黄王家と四神宗家に結ばれし五つの盟約"


一つ、四神宗家およびその一族は、宗家の名に負う四神を、大切にまつらなくてはならない。

一つ、四神宗家およびその一族の者は、何人なんぴとも女王および朝廷の許しなく、自分の生まれた州を出てはならない。また、四神宗家およびその一族は、何人も女王および朝廷の許しなく、婚姻関係を結んではならない。

一つ、四神宗家およびその一族は、女王または女王の後継者の婿候補または許婚を差し出さなくてはならない。

一つ、四神宗家およびその一族は、何人も外戚がいせきとしての権力を行使してはならない。

一つ、四神宗家およびその一族は、何人も、私利私欲のために権力を行使してはならない。もし、行使されていると認められれば、いかなる権力・権限も無効とする。


「そなたも知っている通り、この五つの盟約の中に、女王または女王の後継者の婿候補か許嫁を差し出せというものがあったな」

「…………そうですね」

 月影は、しぶしぶ同意するしかなかった。

 ちなみに、月影は幼い頃から、珀本家の子息として貴族の心得を骨のずいまで叩き込ま……いや、教え込まれている。そのため、この五つの盟約は、四神宗家の筆頭分家の者として知っておかなくてはならない必須の教養として、繰り返し暗唱あんしょうさせられていた。

 だから、知りませんでした、なんて言うことのできるはずもなく。

「わかりました。事情はよぉ~~くっ、わかりましたっ!」

 月影は、ようやく認めたくなかった事情を認めると。 

 大きく息を吸った。

 そして。

「それでもです! 何で僕が行かなくてはいけないのですか! 本当の本っっっっ当――にっ、僕以外に行けそうな人は、誰もいないのですか!」

 月影は、もう一度抗議の声を上げた。いくら頭で納得していたとしても、そう簡単に引き下がるわけにはいかないのだ。たとえ、その言いつけを、覆すことができなかったとしても。

 それに。

 まあ、取り敢えず月影を行かせるか。わしの孫息子だから、いいよな。くらいの気持ちで選んでいたら、本気で許さないぞ。

 さらに。

 もし他にも行けそうな人がいたら、その人にこのお役目を押し付……ゲフンゲフン、丁重にお願いしたい。むしろ全力で、譲りたい。

 そんな月影の願いもむなしく。彼の祖父は首を横に振った。

「それがな………………白宗家のご当主さまの許可をいただいて、白宗家および珀本家、その他の分家のすべての家系図を徹底的に見直したり、当家の手の者にもずいぶん探させたのだが……………………おらなんだ」

「ええぇ~~~~、そ、そんなぁ~」

 月影は、今日一番情けない声を上げる。

「お願いしますよ、お祖父さま。後生ごしょうですから、もっと探してくださいよぉ~」

 月影は椅子から立ち上がった。祖父のそばまで移動すると、なりふり構わず彼のきぬそでにすがりつく。

 まるで気分は捨てられそうな子犬のようだ。

「そんなことを申されてもな…………。おらぬものはおらぬし。それにな、いくら八歳から十八歳までの四神宗家の血を引くの子というが、八つになったばかりの竣影しゅんえいを王都に一人で行かせてもよいのか、そなたは? それは、あまりにも酷な話しであろうて」

 よもやそなたは、自分の身代わりに、かわいい弟を差し出すつもりではなかろうな。ん?

 うぅ〜、な、何て卑怯なんだ、お祖父さまは。

 そこまで言われてしまったら、何にも言い返せなくなるではないか。

 月影は、ぐっとおし黙る。

 そこを、珀本家の当主は、見逃さなかった。

「わかったな、月影。もう一度言うぞ」

 そう、有無を言わさぬ強い口調で、珀本家の当主は短く命じたのである。

「王都へ行け。これは、珀本家当主の命令だ」



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