勅命
「……………………………………………………はい? すみません、お祖父さま。今、何と、おっしゃいましたか?」
なんとか衝撃から立ち直った月影は、未だ動かない頭から何とか言葉を絞り出す。
しかし、彼の祖父は素っ気なかった。
「だから、わしは王都に行って来いと、言っただけだ」
ほれ、大したことではないであろう?
頼むから、そんな風に言わないでほしい。月影は、つくづくそう思った。
だから、また叫ぶ。
「ちょっと待ってください、お祖父さま!? いったいなぜ、そのようなことを仰せになられるのですかっ!」
「いいから、四の五の申すまえに、これを読め」
いちいち説明するのが面倒だと思ったのだろう。彼は、懐から一通の書状を取り出すと、月影に半ば押し付けるように差し出す。
それを月影は、渋々受け取る。それから、丸まった書状を開き、内容に目を通した。
『“
花国王都・
ここ数年は
これはひとえに朕の治世を認め、支えてくれる臣下や民のおかげである。
さて、朕が即位して二十年の月日が経った。
朕が娘・
よって、花国五十五代目女王・
四神宗家およびその一族の血を引く、八歳から十八歳までの
これは、女王後嗣の婿選びノ
なお、
後嗣許嫁候補の優秀な
そなたらにも、いろいろと為さねばならぬことがあろう。しかし、これは次期女王の夫を、ひいては朕の義理の息子となる者を選ぶ、大切な機会である。必ず、良き候補を連れてくること。
追伸
第五十五代・
「……ってこれ、お世継ぎさまの婿候補を差し出せということですかっ!!!!」
何気なく書状を開いて読み始めた月影は、その書状の送り主と内容を知って大いに驚いた。
なんてことだっ! これは
そんな、まるで
「まあ、そういうことだ。簡単に言えばな」と、重々しく頷く。
ちなみに、この国の王は代々女系だ。
そして、四神宗家というのは、花国で黄王家に次いで
四神宗家の詳しい成り立ちは、ここで話すと長くなりそうなので省くが、ともかく一般庶民にとっては、黄王家ととても
月影は、そんな四神宗家が一つ、白虎神を祀る白宗家の分家の次男坊として生まれたのであった。分家といっても、そこらの
月影の家は、何と白虎神――あの花国国造り伝説にも登場する花国の四方位守護神が
いつの時代でも、神仙を祀るようないわゆる宗教的なものは、どこでも大切なこととされている。そのため、月影の生家・珀本家は、白宗家に次いで家格が高かった。
そんな貴人の家に育てられた月影は、白虎神に仕える立派な神官となるために、日々修行に勤しんでいたのである。
月影は、先ほど自分が読んだ文の終わりに押してある御璽と花押、そして封をしていた
――――女王陛下の御紋“
本物だ。間違いない。
それは、黄王家の者以外、何人たりとも使うことを許されない、直紋中の直紋であった。これは、いわゆる庶民と呼ばれる
「お祖父さま。これがお祖父さまの元へ届いたということは、もちろん、白宗家のご当主さまもご存知ですよね?」
あらかた確認すべきことを終えた月影は、次に問うべきことを素早く考え、それを口に出す。
「月影。さすがだな。もちろん、このことは白宗家の当主さまもご存じだ。それに、もう一つ、文が来ておってな。その文の差出人は、白宗家の当主さまだ。今は、王都にいらっしゃる」
ほれ、これも読みなさい。彼はそう言うと、懐からもう一通の書状を取り出した。
月影は、これもまた渋々受け取ると、さっと目を通す。
詳しい内容は面倒なので省くことにするが、簡単に言ってしまえば、白宗家の当主から月影の祖父への依頼であった。
この書状を読みながら、月影はさらに頭を動かす。
確か、白宗家に連なる者で、今、十代前半の少年はいなかったような気がする。少なくとも白宗家直系には、妙齢の女性はたくさんいるが、自分と同じくらいの年齢の男の子は、一人もいなかった。
「お祖父さま。先ほど、白宗家のご当主さまは、今王都にいらっしゃるとおっしゃいましたよね?」
月影は念を押すように、自分の祖父にきく。
「ああ。だから、わしの元に、このような文が送られてきたのだ。そなたもすでに知ってはおろうが、白宗家の直系には、此度のお話にお応えできそうな男児は、残念ながらおられぬがゆえ」
四神宗家が一つ、白家の当主が王都にいる。
そんなことは、正月の
女王陛下や後嗣殿下のご成婚。
女王陛下や後嗣殿下、
そして、この他のごくわずかな例外を除けば、ない。
月影は今日がいつだったかを思い出す。確か、正月を迎えてから、ひと月も経っていなかった。
つまり、白宗家の当主が、正月の当主朝賀を終えた後に、女王陛下御自ら告知されたものであると考えられるのだ。
――――当然だ。この国の次期女王の将来の伴侶を選ぶのだから。きっと、今頃都の方では、準備に大忙しだろう。
思考に没頭し終わった月影は、再び祖父と正面から向き合った。
「それでお祖父さま。だから、僕に行って来い、ということですか?」
「そうだ。物分かりが良くて、助かるな」
月影の祖父は、悪びれることもなく頷いた。
それを見た月影は、悟った。ああ、これは、はっきり言っといたほうがいいな、と。
だから、彼はあくまで穏やかな口調で、話始めた。
「お祖父さま。わかりました。喜んで、参りましょう……なんて、僕が言うと思いましたか!」
そして。
最後の方で、気炎を上げたのである。
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