勅命


「……………………………………………………はい? すみません、お祖父さま。今、何と、おっしゃいましたか?」

 なんとか衝撃から立ち直った月影は、未だ動かない頭から何とか言葉を絞り出す。

 しかし、彼の祖父は素っ気なかった。

「だから、わしは王都に行って来いと、言っただけだ」

 ほれ、大したことではないであろう? 

 頼むから、そんな風に言わないでほしい。月影は、つくづくそう思った。

 だから、また叫ぶ。

「ちょっと待ってください、お祖父さま!? いったいなぜ、そのようなことを仰せになられるのですかっ!」

「いいから、四の五の申すまえに、これを読め」

 いちいち説明するのが面倒だと思ったのだろう。彼は、懐から一通の書状を取り出すと、月影に半ば押し付けるように差し出す。

 それを月影は、渋々受け取る。それから、丸まった書状を開き、内容に目を通した。


『“みことのり

 四神しじん宗家そうけおよびその一族たちよ。みな、息災そくさいであるか。

 花国王都・瑞花ずいかでは、寒牡丹かんぼたんの花が咲いておる。

 ここ数年は天災てんさいもなく、天下てんか万民ばんみん安寧あんねいを祈り、そのためにまつりごとを執ってきたちんは、誠に安堵あんどしておる。

 これはひとえに朕の治世を認め、支えてくれる臣下や民のおかげである。

 さて、朕が即位して二十年の月日が経った。

 朕が娘・こう澄花ちょうか女王じょうおう後嗣こうしも今年で十三となるが、未だ後嗣こうし許嫁いいなずけがおらぬ。

 よって、花国五十五代目女王・こう鈴花りんかの名の下に命じる。

 四神宗家およびその一族の血を引く、八歳から十八歳までのの子を、夏至の日までに王都・瑞花に連れて参れ。

 これは、女王後嗣の婿選びノためしを行うためである。

 なお、げんせいはくしゅの各宗家およびその一族から、最低一人は婿候補を出さねばならぬ。なお、人数制限は設けない。

 後嗣許嫁候補の優秀な若人わこうどたちと王宮で会うことができるのを、朕は、なによりも楽しみにしておる。

 そなたらにも、いろいろと為さねばならぬことがあろう。しかし、これは次期女王の夫を、ひいては朕の義理の息子となる者を選ぶ、大切な機会である。必ず、良き候補を連れてくること。


追伸 此度こたびのことは、それすなわち黄王家と四神宗家に結ばれし約定やくじょうである。決して忘れてはならない。


  第五十五代・花国かこく国主こくしゅ巫女ふじょ大王だいおう 黄鈴花 (花押かおう)(御璽ぎょじ)』


「……ってこれ、お世継ぎさまの婿候補を差し出せということですかっ!!!!」

 何気なく書状を開いて読み始めた月影は、その書状の送り主と内容を知って大いに驚いた。

 なんてことだっ! これはみことのり、それも女王陛下の宸筆しんぴつ(天子の直筆じきひつのこと。ここでは、女王の直筆になる)ではないか! それに、次期女王である後嗣殿下の許嫁候補を差し出せってっ!? 

 そんな、まるで天変てんぺん地異ちいにも等しいほどの驚きを露わにした孫息子に対し、珀本家当主は、

「まあ、そういうことだ。簡単に言えばな」と、重々しく頷く。

 ちなみに、この国の王は代々女系だ。

 国主こくしゅとして国の頂点に君臨する女性を女王じょうおう、その夫を王夫君おうふくん(いわゆる他国での王配おうはいと同じ)としょうす。さらに言うと、女王の後継者のことを女王じょうおう後嗣こうし(または王嗣おうし)、その夫を後嗣こうし夫君ふくんと称すのだ。

 そして、四神宗家というのは、花国で黄王家に次いでたっとばれている、四つの大貴族のことをいう。

 四神宗家の詳しい成り立ちは、ここで話すと長くなりそうなので省くが、ともかく一般庶民にとっては、黄王家ととてもえにしのある、雲上人うんじょうびとと言っても過言ではないほどの家柄であった。

 月影は、そんな四神宗家が一つ、白虎神を祀る白宗家の分家の次男坊として生まれたのであった。分家といっても、そこらの傍流ぼうりゅうとは格が違う。

 月影の家は、何と白虎神――花国国造り伝説にも登場する花国の四方位守護神が一柱ひとはしら――をまつることを家業としている、神官の家なのである。花国では、そのような神仙しんせんを祀ることを生業なりわいにしている家のことを、斎家さいけと呼ぶ。

 いつの時代でも、神仙を祀るようないわゆる宗教的なものは、どこでも大切なこととされている。そのため、月影の生家・珀本家は、白宗家に次いで家格が高かった。

 そんな貴人の家に育てられた月影は、白虎神に仕える立派な神官となるために、日々修行に勤しんでいたのである。

 

 閑話休題かんわきゅうだい

 

 月影は、先ほど自分が読んだ文の終わりに押してある御璽と花押、そして封をしていた蜜蝋みつろうの印を確認した。

――――女王陛下の御紋“黄花こうか龍王りゅうおう”と、黄王家こうおうけ直紋じきもん明王めいおう彩花さいか”。

 本物だ。間違いない。

 それは、黄王家の者以外、何人たりとも使うことを許されない、直紋中の直紋であった。これは、いわゆる庶民と呼ばれる市井しせいの人々なら、一生見ることのかなわぬ紋である。四神宗家やその分家の人々でも、普通なら、そうそうお目にかかることはない。なぜなら、黄王家および四神宗家の直紋付きの文書は、各家で厳重に保管されているものだからだ。もちろん、御璽や当主印も。しかし、四神宗家が一つ、白家の筆頭分家である珀本家の息子としての教育を受けた月影は、その紋を何度か見たことがあった。

「お祖父さま。これがお祖父さまの元へ届いたということは、もちろん、白宗家のご当主さまもご存知ですよね?」

 あらかた確認すべきことを終えた月影は、次に問うべきことを素早く考え、それを口に出す。

「月影。さすがだな。もちろん、このことは白宗家の当主さまもご存じだ。それに、もう一つ、文が来ておってな。その文の差出人は、白宗家の当主さまだ。今は、王都にいらっしゃる」

 ほれ、これも読みなさい。彼はそう言うと、懐からもう一通の書状を取り出した。

 月影は、これもまた渋々受け取ると、さっと目を通す。

 詳しい内容は面倒なので省くことにするが、簡単に言ってしまえば、白宗家の当主から月影の祖父への依頼であった。

 いわく。白・珀両家の血を継ぐ男児でかつ年齢的に条件に当てはまる者を、至急しきゅう探してほしい、とのこと。

 この書状を読みながら、月影はさらに頭を動かす。

 確か、白宗家に連なる者で、今、十代前半の少年はいなかったような気がする。少なくとも白宗家直系には、妙齢の女性はたくさんいるが、自分と同じくらいの年齢の男の子は、一人もいなかった。

「お祖父さま。先ほど、白宗家のご当主さまは、今王都にいらっしゃるとおっしゃいましたよね?」

 月影は念を押すように、自分の祖父にきく。

「ああ。だから、わしの元に、このような文が送られてきたのだ。そなたもすでに知ってはおろうが、白宗家の直系には、此度のお話にお応えできそうな男児は、残念ながらおられぬがゆえ」

 四神宗家が一つ、白家の当主が王都にいる。

 そんなことは、正月の当主とうしゅ朝賀ちょうが(四神宗家の当主またはその名代みょうだいが、女王陛下に新年のご挨拶に伺うこと)と、女王陛下のご即位の儀式。

 女王陛下や後嗣殿下のご成婚。

 女王陛下や後嗣殿下、三夫君さんふくん陛下(太王太たいおうたい夫君ふくん王太おうたい夫君ふくんおう夫君ふくんのこと。いわゆる、他国の三后と同じ)の崩御ほうぎょ逝去せいきょによるご大喪たいそう

 そして、この他のごくわずかな例外を除けば、ない。

 月影は今日がいつだったかを思い出す。確か、正月を迎えてから、ひと月も経っていなかった。

 つまり、白宗家の当主が、正月の当主朝賀を終えた後に、女王陛下御自ら告知されたものであると考えられるのだ。

 ――――当然だ。この国の次期女王の将来の伴侶を選ぶのだから。きっと、今頃都の方では、準備に大忙しだろう。

 思考に没頭し終わった月影は、再び祖父と正面から向き合った。

「それでお祖父さま。だから、僕に行って来い、ということですか?」

「そうだ。物分かりが良くて、助かるな」

 月影の祖父は、悪びれることもなく頷いた。

 それを見た月影は、悟った。ああ、これは、はっきり言っといたほうがいいな、と。

 だから、彼はあくまで穏やかな口調で、話始めた。

「お祖父さま。わかりました。喜んで、参りましょう……なんて、僕が言うと思いましたか!」

 そして。

 最後の方で、気炎を上げたのである。


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