月影、祖父に呼び出される


 月影げつえいは、祖父のいる室の扉の前まで来ると、一度立ち止まった。身だしなみも気持ち整える。

 それから、扉を三回軽く叩くと、自分の訪いを告げるために、月影は少しだけ声を張り上げた。

「お祖父じいさま。失礼いたします。月影です。お呼びと伺い、参りました」

 すると室の奥から、

「入りなさい」

 月影の入室を許可する老年の男の声がした。

「失礼いたします」

 その声に、月影はもう一度断りの言葉を言うと、祖父の室の重厚な扉を開けた。

 その開けた先には、白くて立派なあごひげを生やした一人の老人が立っていた。着ているきぬは月影のものとほとんど変わらないほど質素だが、長い年月を生きてきた者のみが纏うことのできる、独特の雰囲気を醸し出している。例えるならば、何百年もの長い歳月を生きる大樹のよう。そのくらい、彼は、滅多なことでは動じない、はく一族の――――白西はくせいしゅうでははく宗家そうけに次ぐ大貴族の――――おさであった。

 自然と、月影の頭が垂れる。

 自分に、拱手きょうしゅ(胸の前で、手を組む礼。右手を左手で包む。なお、女性なら左右逆の手になる)をして、頭を下げた孫息子に、

「よい。楽にせよ」

 右手を軽く振って止めた。

「感謝いたします。お祖父さま」

 月影は、短く謝意を述べた。下げていた頭を上げ、組んだ手を放す。

 その姿に老人は、威厳あふれる表情を緩め、好々爺の如き微笑みを浮かべた。

「さ、儀礼はこれでおしまいだ。月影、そなたもこちらに来なさい。お茶がある。それと、そなたの好きな菓子も用意しておる」

 そう言うと、彼は月影を室の奥にある卓子のもとへ、手招きをした。

「本当ですか! ありがとうございます!」

 自分の好物の菓子があると聞いて、よほどうれしかったのだろう。月影は頬を紅潮させて、喜んだ。

 そんな孫息子の顔を見て、もう一度満足そうに笑うと、彼は卓子の前の椅子に座った。続いて、月影も祖父に向かい合うようなかたちで別の椅子につく。

 そこには、あらかじめ用意されていたお茶とお菓子の乗った小皿が置いてあった。

 祖父が湯呑みを持ち、お茶を飲み始めたあと、月影も同じようにお茶を一口、口に含んだ。

 それから、自分の目の前の小皿に盛られた月餅を食べ始める。

 その、どこか小動物が両手で木の実を食べているようなかわいらしいしぐさに、月影の祖父は目を細めた。

 しばらく、夢中になって月餅を食んでいた月影だが、自分に注がれている視線に、いたたまれなくなった。なんか衆人環視の中、ご飯を食べているようで、とても居心地が悪い。

 だから、彼はその居心地の悪さを払い拭おうと、祖父に話を始めるように促した。

「あの…………。お祖父さま。今日は大切なお話があると伺ったのですが…………」

「ああ、そうだったな。そろそろその話をしようか」

「はい。お願いします」

 それまで穏やかに微笑んでいた祖父の顔が、ぐっと引き締まる。

 再び珀本家当主の顔をした彼は、居住まいを正した孫息子に、ある重大な話をしようと口を開いた。

「月影よ。わしはそなたに、頼みがある」

「はぁ…………。それは、何でしょう?」

 話の切り出し方が、予想外だったのだろう。月影の目に、疑問の色が浮かぶ。

 しかし、そんなことを気にするような祖父ではない。

「ちょっとしたことじゃ。しかし、一族の中でもそなたしか成せぬことでもある」と、月影には構わず、話を進める。

 月影は、いやぁ~な予感がした。いや、直観と言った方が正しい。こんな風に、祖父が少々もったいぶった言い方をするのは、大抵面倒ごとを月影にやらせようと、もくろんでいる時だ。月影の経験上、それはよぉ~く、よぉ~くわかっている。

 そんな身構え、警戒し始めた孫息子に、重々しく告げたのである。

「月影。王都へ行け。そして、務めを果たすまで、帰ってくるな」

「………………………………………………………………はあぁぁぁぁ――――――――――――――っ!?」

 次の瞬間。

 月影は絶叫した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る