空が落ちる時
雨宮 白虎
空が落ちる時に私は
バーン!!
突然レストラン内で鳴り響いた。
「そんな事は、空が落ちるのと同じ事よ!」
そんな甲高い声が店内に鳴り響いた。
ここは、集客を集めるためにイベントやパフォーマンスを行う事で人気のある、個人経営のこじんまりとしたレストラン。チェーン店ではできなユニークな催しに惹かれて来るお客が多い。
彼氏、
演劇で身を立てるのが子供の頃からの夢だ。
大学生に入ってから、生活の為にバイトと、演劇を熱心にこなしてきた。まぁ学業の単位はすれすれで、卒業出来たらい由しと考えていたので、全ての成績が優・良・可・不可の内、殆どが『可』ばかりだった。運よく山が当たった時は『良』が付いた程度だった。
社会人となり、互いの両親に紹介できる程に進展した今は、そろそろ身を固めたいと夢を語るようになった。
そんな思いとは裏腹に、
「今まで副業的にしている演劇だが、これから本格的に進めたい。一世一代の博打かもしれないが、ずっと夢だったんだ。これに掛けたいんだ」
なんて恋愛ドラマな展開を夢見ていた。
いくら親しい仲とはいっても、そうそう都合の良い台詞が聞ける訳がないか。
なによりも、演劇に
このレストランは色々な表現者を迎え入れ催しをするのを売りにしているので、作家作業の常連が多いのも納得できる。ある男が先程のやり取りを、
「いきなりテーブルをバーンと叩きつけるのか。突然の展開、話を強制に変えたい場合、リアルに体験できるとは思わなかったが、なるほど結構インパクトが有るモノだな。今考えてる流れを変えるのには使えそうだ。今日は収穫ありの当たり日で面白いかもしれないな?」
ある女性は、
「擬音だけじゃ弱いわね。周囲、特にウェイトレスが怖気つく様を丁寧に表現すれば尋常じゃない雰囲気になって楽しかしら?」
作家の卵達がネタ集めに全身を研ぎ澄ましていた。
著作権とかの問題があるかも知れないが、表現者が行った事を引用するならレストラン経由、又は演目終了の後に直接本人を話し合っても良い。
ただし、肖像権ならまだしも、客人の何気ない会話1つ1つにまで表現の許可が必要なのか? となると少々難しい所であるが、そこはそれなりにぼかしているのだろう。
そもそも、今日の催しは無いのだと聞かされていたから、店内は静かだと思ったからこそ、この期を選んだ。
それなのに軽く袖にされて、いとも容易く流されたのがとても悔しい。
悔しい。
悔しい。悔しい。
悔しい。悔しい。悔しいよう。
もしかしたら演劇の練習の為にと、それだけの為で? 今までずっと一緒に居てくれたの?
そのまま口論となり「私と演劇と、どっちが大事なの」というお約束な言葉を吐いて、
個人で動画をアップしてアルバイト的に広告収入を得るなら兎も角、演劇で生活するのはどれだけ大変な事かを
変な言い回しをしたのには理由があった。
そんな
独りでレジに向かう
「あなた、それどこで知ったの?」
「空が何とかって言ったでしょ?!」
あっけにとられたまま周囲を見渡すとウェイトレスらしき人が視線をそらした。先ほどの口論をこの店の人達に聞かれたらしく、しまった! 感じに赤面した。
早くここから出て行きたくも、女性は構わず話しを続けてきた。さすがに限界を感じて
「いいかげんにしてよっ!!」
って言うや否や、息を切らした青年がやって来た。
「どんな感じだい?」
女性は、はっとして周囲を見渡し、
青年は振り返ると初老の男性の所へ向かい身振り手振りをしながら状況を説明した様だった。
「人違いよ。分かったでしょ!」
言い放ちざまに
避けようにも両腕が邪魔をしているし、その後ろに青年が立っている。
(なんなの? この人達は。新手のナンパ? 喧嘩したのを好機にと這い寄ってきたの? いいえ、ナンパなら女性が混ざる意味が無いわね。勧誘? 何の為に?)
「どうやら我々の勘違いでした。大変にご迷惑をかけてしまって申し訳ない。しかし大事な事なのだ。少し時間をもらえないか?あまり聞かれたくない話なので、あの席までお願いできないか?」
と、奥の席を指さした。
(やっぱり勧誘だわ。
と救いを求めて先程の席へ振り向くと、その席には誰も居なかった。
奥の席では先ず名乗りから始まった。女性は
ウェイトレスは空気を読んでか、飲み物を手際よく配膳し直ぐに去って行った。
「もっと冷静に観察しないか」
「申し訳ありませんでした」
「もういい、大事な話をするから、このテーブルの近くに客が来ないように隣のテーブルへ移りなさい」
席位置としては、奥の4人掛けのテーブルで、壁を背にして店内を見渡せる位置にリーダーの
店内の開けた空間とはいえ、この席位置では
仮に、後ろの席に飛び退いても
「大変に申し訳ない。さっきの話は誰にも言わないで欲しい。秘密事項なのだが、すべてを打ち明ける事を我々の誠意と受け取って欲しい。その上でどうか内密にして欲しい」
そう言うと、
話はこうだった。
・小惑星の、それも特大のモノが半年ほど前に突然消滅した事。
・衝突や爆発の痕跡が無く消滅したこと。
・それが先、月の影となる所に突然姿を現した。
・これが地球に向かっていて衝突する危険がある。
と言うのだ。
「馬鹿にするのもいい加減にしてよ。今まで何度も衝突騒ぎはあったじゃない。そんな話、信じられる訳ないでしょ。人を馬鹿にして何が楽しいのよ!」
そんな怒りの言葉を聞き流して更に解説は続く
・今までの衝突騒ぎは、実際に起こらないから公開することができたのだ。
・しかし本当に危険がある場合は、どれほどのパニックになるか見当もつかないから公表ができないのだ。
・ただし情報統制のできないアマチュア天文学者のコミュニティーでは薄々気づかれている。
・そのコミュニティーでは戒厳令を避けるために隠語を使っている。
・それが「空が落ちる」
というものだった。
つまり
さらに解説は続いた。
イヤホンから聞こえてくる音は、ただの時報だった。
しかし、やけにノイズが多い。
「デジタルが進んだ現在ではあえてアナログのほうが漏れ難いのです。だれもアナログ放送の、それも時報なんて興味を持ちませんから。そしてこの放送、これは、時報間に入るノイズが暗号のモールス信号として混ぜているのです。私達はこれで連絡を取っています」
元々ノイズの多いラジオ放送と、スマホの精度が高いから意味の無い時報、しかもモースル信号。ここまで時代錯誤な過去の技術を持ち出されては、何周も廻って暗号通信の手段とは思わないだろう。人の意識の隙間を突いた発想としか思えない。
突然、アラーム音が聞こえてきた。誰にでも分かるピーピー音だった。
「なにこの音」
と不安な声でつぶやいた
と、同時に
電話の内容は分からないが、
どうやら相手は同僚の彼氏らしい。職場恋愛なのか、それ以前からの交際なのかは分からない。そもそも貸与された携帯を、同じ職場の仲間としても、私用で使って良いのかどうなのという疑問はあるが、つい先ほど言い合ってた自分と重ねてしまい、気付く事が出来なかった。
電話の口調が段々荒くなるなり、声を荒立てる
「それってどういうことよ!」
(これは秘密裏の話で目立ってはいけない)と、
陽子をなだめるために伸ばした手を左右に振るも、電話の勢いは止まらない。
「もう会えないってどういう事なの。え! 状況が変わったって? 進路が急に変わってもう日が無いってなに? 今研究室にいる人達以外には情報シャットアウト?!」
「ねえ、1日だけでも駄目なの?」
陽子が涙ぐみはじめる
「すまない・・・」
そう受話器から聞こえた気がした。
「もう終末(おし)まいなのは理解してた。だから、誰もいなくていいから、ままごとでもいいから、式をしようって・・・約束したじゃない!」
とうとう涙声になり満足に聞こえたものではないが、気持ちは通じているのだろう。
「1時間もいらない、衣装もいらない、、、小さな会議室でいいよ。ねぇ・・・お願い・・」
一呼吸ほど間があり、
「まもなく巨大隕石が落ちるのは分かってた事じゃない。もう回避できないことも!規模だって、、、空が落ちると思えるほどだってわかってたのだから、せめてごっこでいいから式だけは」
しばし時が止まったように静寂になる。
どうしてこの男たちは何もせず、ただ私たちを見ているだけなのだろう?
そう考えているうちに力が緩んだようだ。
「以上で~す。ご清覧ありがとう、ございました~」
突然の変貌に、
でもなんかおかしい。視線が私・・・・じゃない。その後ろ・・・か?。
と気づいた時には3人は深くポーズしながらお辞儀をした。
壁掛けの大型テレビに自分が振り向いている姿が見事に映し出されていた。
大きな拍手の中に歓喜の声や批判その他様々に喧噪ぶりままるで楽屋裏のようだった。
「御観客の皆々様。この度のアドリブ寸劇を拝観いただき誠にありがとうございます」
どこからか司会の声が聞こえてきた。どこかで聞いた声が・・・
「来週から公演します劇団
司会の間にウェイトレスらしき人がチケットを配っている。
観客のスマホには、寸劇のいきさつの解説とカメラアングル、音声メニューが表示されていた。
よく見ると、向かいに座った
ウェイトレスらしき人も仲間なら、テーブルの裏に盗聴マイクが設置されててもおかしくはない。
「この度犠牲になりました、とても綺麗な行きずりの女性に今一度憐みのは…っクシュン」
かなりベタな一呼吸が入った。
「あ~あ~、改めまして、この度の寸劇の協力を頂きました綺麗な女性へ今一度大きな拍手をお願いします」
この声は、冒頭の
そもそも、ここはいろんな劇団が使用するイベントカフェだ。
ここに誘ったのは
自分の夢への本気を知って欲しかったのか、分かれるくらいならば一層のことの計略なのかは、真偽は本人にしか分からない。
恥ずかしさと、気まずさと、嬉しさと、沢山の感情が入り交じり立ちすくんでいる
観客は大きな拍手と賞賛の歓声から沸き上がる、ネット小説の投稿の評価では得られなかった、甘美な思いに酔いしれる。
「あらざらむ この世のほかの 思い出に 今ひとたびの あふおもるるか」
(もうすぐこの世が終わる時、あの世の思い出にと、今一度会いたいと思えるだろうか)
そっと、和歌の一首を引用してつぶやいた。
空が落ちる時 雨宮 白虎 @amamiya-byakko
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