目田波駄目男といろんな本

 土木曽は、わざとらしく「アッー!」とか言っている。

 鈴木は、「きんもーっ☆」と聞こえるように言う。

 湿田まで、「うわぁ…」とか言い出した。


「どうしてこんなものがッ!」

 湿田は、「確かに…目田波は目の敵にしてるもんね、」と言う。味方面をするなんて、大した策士だ。でも担任も納得した。

「それもそうだ…目田波の机に誰かが入れたんだろうな。預かっておく、持ち主は後で取りに来なさい。」

 こういうことなら放置しておこう。悪のたくらみを暴くのは、またこんどでもいい。


 そのとき土木曽が「チッ……」と声に出したのは、あまり気付かれていないようだった。

 小田は、「次の機会を待つでござる。」と声をかけた。


 そして翌日。また朝のホームルームの時間になった。

「はいそれじゃあ今日も持ち物検査をしますよー。机の中のものを出してー。」

 面倒だが正義のためだ…先生もがんばっているんだ…あれ?今度はなんだ、噂の同性愛雑誌じゃないか!本物は初めてだよ!メタファーじゃない本物だ!


 土木曽が「ウホッ!」と、佐藤が「きんもーっ☆」と、湿田が「ハァ…」と言うのが聞こえた。

「どうしてこんなものが!」

「目田波…毎日お盛んなものが出てくるな。お前も少し成長したか。それはそうと、これは預かっておく、お母さんに渡すからな。」

 ママにこんなものを渡されるのは困る。でも今抵抗しても面倒だ。時間が足りない。後で職員室に押しかけて、お願いしよう。そう、いつものように、お願いするのだ。きっと伝わるはずだ。ぼくは正しいのだから。


 経緯を見た土木曽は、作戦の成功に安堵し、「フ…」と小さな声を出さずにいられなかった。小田は、喜色満面で「効いてるでござる。」とつぶやいた。


 休み時間になって、湿田がこっちを向いて喋った。

「目田波ってあっちの人だったんだね。」

「あっち?」

「その…ベーコンレタス…」

 ひどい小声だけど、聞き取ることはできた。でも、はっきりしない。知らない言葉だ。

「え?」

「いいんだよ、堂々としていれば。そういう人もいるんだから。」

 話が聞こえたのか、田中がやってきた。

「そうだよ、いいぢゃんベーコンレタス。」

 湿田はかわいげのある笑顔で答えている。

「いいよね!最近何読んだ?」

 ベーコンレタスとはなんだろう。さっぱりわからないけど、とにかく、そういうことにされてしまったまま、ぼくは放置された。それでもかまわないけれど、許せない。こいつらのことだ、きっと不健全なまなざしに違いない!


 先生との戦いは終わらなかった。そして今日もけっこう遅くなってしまった。それにしても湿田はわからない。試しに借りたベーコンレタスの本は、面白くもなんともない。でも読んでいるうちにそれっぽい場面が出てきた。なるほど、これはけしからん。

 でもぼくは健全だから、特にどうとも思わなかった。こんなものを貸すなんて、ぼくをそういう道へ誘う悪魔か何かだろうか。ひどいものだ。

 結局、ものすごく時間を無駄にしてしまった。寝て起きたら、また明日も戦いが始まる…


ウッ!


 その次の日も、ぼくは戦った。

「そんなわけで、今日は、学園祭用の萌えキャラについて決めようと思います。」

「案は、今から黒板に貼るものが出ています。」

 その日のホームルームで、学級委員の鼻眼鏡太郎と丸眼鏡花子が、そんなたわごとを言い始めた。


「待て!どれもこれも過度に性的な要素を強調しているじゃないか!」

「え?!」

 ぼくの一喝に鼻眼鏡はかなり驚いたようで、すごい声が出ていた。でもぼくは、気にしてなどいられない。正義を訴えるしかないんだ。

「誘うような目、無闇に膨らんだ胸、ありえない短いスカート、露出した太股、なんだこれは!ひどいじゃないか!性的な要素を強調するのは差別を助長するじゃないか!いやらしい!許せない!」

 例の三人は、「きんもーっ☆」とか言い出した。他に反応はないようだ。よし、これでいけた!そう思った。でも、丸眼鏡が言い放った。

「ええっと…まともなご意見はありませんか。」

 ここから先は、ぼくがいなかったかのように話が進んだ。


 出来上がったのはいやらしいキャラクターだった。しかも男根のメタファーをくわえようとしているような絵だ。許せない。

 ぼくは負けていない。勝てなかっただけだ。陰謀をめぐらせた学級委員にやられただけだ。だからこんどは必ず勝つ。正しいのだから、ぼくは必ず勝つ。


 でも、ちょっと気分が悪い。さっさと帰ろう。もうこんなところに用はないとか言ってみたいものだ。

 ここはひとまず、本屋を偵察してみることにした。あるある、いやらしい本ばかりじゃないか!女子校生もの、人妻もの、縛ったり垂らしたりするようなものまで、なんでもある!

 いやらしい内容でもなさそうなのに、なぜか性的な要素を強調したものもたくさんある。どうしてそんなに強調するんだ、意味がわからないぜ!

 そうだ、今日こそあれを確認しなくてはいけない。到底許せないあれだ。あれをなんとかしなくては!

「すみません、ベーコンレタスはありますか?」

 店員さんにきいてみた。でも、

「え…その、わかりません。」

と言われてしまった。

 店内をくまなく探してやっとみつけたベーコンレタスは、どれもこれも似たようなものだった。それにしてもベーコンレタス!最近まで知らなかったけど、こんなにあるなんて!!しかもどこにもベーコンレタスなんて書いていないんだ。卑怯なやり口だ。

 こんなものが大量にあるということは、ぼくがこれまで思っていたより有害図書が多いということだ。なんてけしからんことなんだ!

「どうしてこんなにいけない本を売るんですか!」

 店員さんに、そうたずねてみた。

「え…」

 店員さんは、答えてくれない。

「いけないことです、なんとかしてください!」

「あの…どういうことでしょう…」

 逆に質問されるなんて。自分が売っているものの責任を取ろうとも思っていないなんて、ひどい店員だ。許せない。ぼくがそう思っていたとき、店員さんがボタンを押していたような感じだった。裏から他の店員が出てきて、とりおさえられた。しばらくして警察が来た。

 警察には、なぜ店員に絡んだかとかそういう質問をされた。ぼくは絡んでなんかいない。ただ、ただ、正しいことを訴えただけだ。だから、けっこう長い間押し問答をした。

「君ねぇ…いい加減にしなさいよ。」

 警察は最後にそう言った。なんということだ!警察までこんな本屋の味方をするなんて!ぼくは、親が来るまで拘束された。世界はこんなにまでふしだらなんだ!どうなっているんだ!!


 そんなある日、また不可解なことが起きた。

 あの三人組の田中が、ぼくを呼ぶ。

「目田波、ちょっと来て。」

 こうして頼られるのは、ぼくの人望あってのことだ。何があっても、呼んでくれるなら行くしかないだろう。田中に手を引っ張られ、ぼくは体育倉庫に来た。手を握るなんて、性的だ、許せない!でも、振り払うこともできなかった。

「まあ座ってよ。」

 そう言う田中に肩を押さえられ、ぼくは座った。

「目田波ってさぁ…童貞だよね。」

 指でぼくの頬をなでながら、田中は不穏な質問をする。当たり前じゃないか、ぼくがふしだらなはずがない。でもどう答えたらいいのかわからないので、ぼくは黙っていた。

「で…さあ。ちょっとそういうのも楽しそうって話になったわけ。」

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