目田波駄目男を狙え
◆
ベッドの上で、今日できたいいことを整理しようと思った。ただ、今日も、はかばかしい戦果を挙げることはできなかった。でも、一人の力ではできないこともあるから仕方ない。町が一丸となっているここと学校は違う。仕方がないんだ。
それにしても許せないのは湿田だ。一々つっかかってきやがる。だいたいあの餅のような肌はなんだ。ふしだらにもほどがあるぜ。
ああ許せない…全く許せない。どうしてくれよう。まずヤツをなんとかするべきかも知れない…な…ウッ!
そしてまた夜が明け、学校へ行って、取り締まりを続ける。正義って、本当に大変だよね。みんな、もっとほめてくれてもいいよね。しかし、ここは、相変わらず、わからず屋ばかりだ。でもぼくはくじけない。正しいことをしているのだから、くじけてなどいられない。ぼくが決意を新たにしていると、肩を叩かれた。
「よう、ちょっと放課後校舎の裏に来てくれってさ。」
え?誰が?と訊ねる前に、よく知らない男子は去って行った。なんなんだ。まさか湿田あたりが、日頃の恨みをぶつけるとかそういう悪事を企んでいるのだろうか。
放課後を待って校舎の裏に行ってみると、誰もいない。あれは何だったんだろう。さっぱりわからない。そもそもぼくのような立派な人間が恨みを買うこともない。
よく見ると、壁に手紙が貼ってある。体育倉庫で待っていますって書いてある。なんでこんな面倒なことをするんだろう。
こんなことをするなんて、きっとヤツらの陰謀に違いない。いんぼう…淫棒……そうか、そういう発想か、許せない!行かなくては!!
すぐさま体育倉庫に入っても、誰の気配もしない。ぼくは正直だから素直に来たというのに、忘れているのだろうか。
すると扉が閉められた。どうやら、閉じ込められたらしい。卑猥なことに使える縄とか、男根みたいな棒に囲まれて出られないぜ!なんてけしからん場所なんだ!
外は暗くなり始めた。倉庫は敷地の外れにある。たぶん声を出しても無駄だ。しかも、どうせ誰も聞いていない。しまった。どうしよう。
ぼくは、まるで縛られているかのように動けない。これでは、動いても無駄に体力を使うだけだ。仕方がないから寝てみるかとか考えていた。うすぼんやりしていると、縛られた誰かのイメーヂが見えた。ああ、ヤツが縛られている。ざまあみろ。そこにヤツの声が聞こえた。
「目田波?!」
せっかくの妄想が終わってしまった。本物の声が聞こえるなんて、妄想にしてはできすぎだと思ったら、妄想じゃなかったようだ。それなら、出してもらえるだろう。
「湿田?!」
返事をすると、扉が開いた。湿田と体育の先生がいた。遅いな、助けに来るのが。
「いつもの図書室に出ないって言うし、裏に行ったとか聞いたから、探してもらったら…」
出ないってなんだ。でもそんなことを突っ込んでいる場合じゃない。
「まあ、こんなところか。災難だったな。さっさと帰れ。」
体育教師も、ぼくに罪がないことを察してくれて、一々問い詰めなかった。やっぱりぼくの正義は伝わっているんだな。
とりあえず、帰ることになった。いきさつの都合で、湿田も一緒だ。気が進まないけれど、仕方がない。
「ほんと目田波って最低よね。あんなところで閉じ込められて。」
せっかく解放されたと思ったら、湿田がわけのわからない個人攻撃をする。なんとひどいやつなんだろう。ぼくは答えてやった。
「何を言っているんだ、呼ばれたから行っただけだ。そしてぼくは最低なんかじゃない、最高さ!」
「あっ、そう…」
湿田は納得するしかなかったようだ。勝利は気持ちいい。
◇
「ブヒブヒ、目田波が帰るでござる。」
「また湿田と一緒でござる。」
小田と藻江は、物陰から様子を窺っていた。
「相変わらず仲がいいことでござる。」
「困ったものでござる。」
◇
ちょうどその頃、とある喫茶店で、土木曽が吠えていた。
「あーもうあいつうぜえええええ!」
池池も、怒っていた。
「俺もうぜえ。ギッタギタのメッタメタにしてやろうぜ。」
尾羅は、さりげなく提案した。
「さらって埋めるか?」
そこに、二人の侵入者があった。同じ高校の制服を着た、しかし着こなしは全く違う、オタク二人だ。その一人である小田が言う。
「面白そうな話でござるな。拙者たちも手を貸しますぞ。」
藻江はそれを聞いて闇そのものっぽいノリで笑う。
「ブヒヒヒヒヒ…」
土木曽と池池と尾羅は、予想外の展開にとまどいつつ、
「お、おう…」
とか答えた。小田は嘆く。
「拙者も大事なアニメの本をやられたでござる。許せないでござる。」
藻江も語る。
「拙者はフィギュアを割られたでござる。」
「…で、どうする?」
問う池池に小田は答える。
「とにかくヤツを困らせるでござる。」
土木曽は少し考えて言う。
「とりあえずそれくらいがいいか…」
そして尾羅も理解したようだ。
「やってみるか。」
藻江はただ笑う。
「ブヒヒヒヒヒ…」
◆
また放課後が来た。今日も、何十人となく注意し、指摘し、論破した。この調子なら、全人類を目覚めさせる日も近い。よし、ばんがろう。さて次はどこを正そうかと作戦を考えていると、目の前に誰か来た。小田だ。小田は身体が大きいので、いつも目立っている。
「目田波どの。」
「はい?」
「拙者、考えを改めたでござる。ついては、手打ちの儀式に、お茶でも。」
そういうことなら、断る理由もない。後ろでブヒブヒ笑っていた藻江もくっついて、二人は、ぼくを無理矢理ひっぱっていった。いったいどこへ向うのだろう。
店員は、「おかえりなさいませご主人さま!」と大声で迎えてくれた。なんだこれは、メイド喫茶じゃないか!性的なまなざしを送りまくる客のための店にぼくを連れてくるなんて!それにしてもあの店員、どこかで見たような…
藻江は、相変わらずブヒブヒ言っている。最初に見た店員は隠れてしまった。ふしだらなので注意しようと思ったのに。
ぼくは我に返った。やっぱりさっさと帰ろう。きっとこれは罠だ。そうだ、そうに違いない。いや…ここでぼくが何をしても、店はなくならない。許せない店だけれど、無駄な争いはやめて、観察しよう。ちょっとゆっくりしてから出ればいい。
◇
そのしばらく後、物陰から池池が電話していた。
「作戦成功。店から出るヤツの画像はバラ撒いたぜ…」
横にいる尾羅は、当たり前のように言う。
「このままさらって埋めるか?」
◆
すっかり遅くなってしまった。健全な青少年として、こんな時間に出歩いていてはいけない。あわてて帰ろう。
次の日、学校に行くと、大変なことになっていた。
「お前、メイド喫茶、好きなんだってな。」
「きんもーっ☆」
よく知らない男子とか、例の三人組とかが、色々言ってくる。昨日のことが、もう知られている…しかもまちがった話までおまけについて。これは…どういうことなんだ。どうしてこんなことになったんだ。
それにしても、湿田がつっかかってこないなんて、珍しいぜ!ついに諦めてくれたのかな。やったぜ!
ぼくが困っているうちに、担任が入ってきた。
「はいそれじゃあ持ち物検査をしますよー。机の中のものを出してー。」
まったく仕方がないな…許されないやつらをあぶりだすためとはいえ、こんなことに付き合わされるなんて。
……え?!?!なんだこの本は!いやらしいアニメの本じゃないか!不純だ!不埒だ!不潔だ!!!
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