九章 御子さま殺人事件(推理)3

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《未来 顔なし4》



クレイヴ・リチャードマンは、初期エスパー入植者だ。

勤勉実直な人柄から、仲間の信頼も厚く、推薦による記憶複写を何度も受けている。

ダブルAの複写だが、最新の機械調整で、四割弱の記憶を引き継いでいた。


村の出入り口のトンネル近くの路上に倒れているところを発見された。

見つけたのは、三村だ。

蘭たちとの約束を、ようやく思いだして、ふもとから、やってきたところ、倒れているクレイヴを見つけた。


屋敷に連行されてきたクレイヴは、あっけなく罪をみとめた。


「ついに、やってしまいましたか……」


どちらかと言えば、クレイヴは内気で、おとなしい青年に見えた。世界の御子さまを殺害しようという、凶暴でクレイジーな人間には、とうてい見えない。


ただし、ひとつだけ、ふつうの人間とは違う特異な点があった。


「ついにって、どういうことだ?」という、猛の問いに、クレイヴは、こう答えた。


「エンパシーゴーストです。僕のオリジナルは、ある男のエンパシーに取り憑かれていたんです。ふだんは気力で抑えていました。が、油断すると、すぐ、僕の体を勝手に動かすんです。イズモ行きのボートに乗ったり。ナイフや銃を手に入れようとしたり。毎晩、夢に、うなされました。僕は夢のなかで、その男になって、御子さまを殺しに行くんです。背後から頭をなぐり、とどめをさそうとして、初めて、その顔を見る。それで……泣きながら後悔する。そういう夢です」


あれッと、タクミが声をあげる。


「これですよ。最近、よく患者さんたちが訴えてくる症状。まさに、この夢だ」


龍吾がうなる。


「つまり、こいつが元凶ってわけか。こいつの見る夢が、もとになって、患者たちは、それを見てた?」


ユーベルは首をかしげた。が、何も言わない。とりあえず、タクミは話を進める。


「たぶん、そうだと思います。クレイヴさんの、そのエンパシーゴーストの名前、わかりますか?」

「ジェイソン……ファミリーネームまでは、わかりません」


ふと思いだしたように、オーガス。


「シャルルローゼさんが言っていた男ですね。入植直後に処刑されたという」


龍吾が怒り狂う。


「じゃあ、こいつが、そのゴーストに、あやつられて、やってしまったってことか? よくも、おれたちの蘭さんを。打ち首獄門だな、こりゃ」


クレイヴは肩を落とした。


「待ってください」と、タクミが、とりなす。


「この人は、サイコセラピーで治療すれば治ります。たぶん、記憶複写するときに、エンパシーゴーストも、この人の記憶として、いっしょに複写されちゃったんだ。


そこをちゃんと分離して、複写しなおせば、ゴーストは消えます」


「でも、このまま、蘭さんが蘇生しなかったら、どうするんだ? 世界の一大事だぞ」


「だからって、クレイヴさんを責めても、しかたないじゃないですか。真犯人は二万年も前に死んだ男ですよ。それとも幽霊をふんじばって、もう一回、処刑しますか?」


ううっと、龍吾がうなる。

タクミは言った。


「エンパシーゴーストって、やっかいなんですよね。生きてる人間じゃないから、話しあって改心させることができない。死んだときの恨みとか、憎悪とかが、磁場に強烈に焼きついてるだけだから」


「じゃあ、こいつから消しても、また別のやつが取り憑かれるんじゃ?」

「それはないです。エンパシーって時間とともに薄れるから。二万年も前なら、とっくに消えてます。今回は記憶複写との合わせ技で、すごく特殊な例ですよ。あっ、特殊な霊だって。ダジャレになっちゃった」


タクミは自分で言って、自分で笑ってる。


龍吾が吐息をついた。

「とにかく、これで一件落着か。この男から、事情聴取だな」


クレイヴをひったてようとする。

だが、そこで、猛が止めた。

猛は口元に、にぎりこぶしを作っている。さっきから、なにやら真剣な表情で、会話にも参加せず、ずっと考えこんでいた。


「待ってくれ。気になることがある」

「え? まだ、なんかあんのか?」という龍吾を、猛は無視した。クレイヴの前に、しゃがみこむ。

「なあ、あんた。さっき、記憶複写、受けたときの話したよな? ダブルAに機械調整で複写されたって」


クレイヴは自分自身、犯人は自分であると信じている。いぶかしげに、猛を見あげた。


「ええ。それが何か?」

「機械調整って、どういう原理なんだ?」

「さあ。僕も、くわしくは知りませんが、エンパシストの脳波を増幅させることで、ESP能力を増大させるんだそうです。だから、ダブルAの人でも、本来の能力より、倍以上の記憶を写せるんだとか」


タクミが補足する。


「脳波操作のパソコンといっしょですよ。発明したのは、オシリスなんですけどね。エスパーの脳波に同調して、さらに電荷をプラスすることで、能力を強化します。ESP増幅器そのものは、けっこう前から、あったんですけどね。このごろの記憶複写機のすごいとこは、エンパシストの読んだ記憶を、コンピューターにバックアップできることです。エンパシストが記憶を読んだときの脳波信号をデジタル化してね」


「記憶のバックアップ……」


「このシステムなら、一回、バックアップした記憶は、睡眠学習装置を使って、何度でも複写できるんです。これなら、いずれは完全機械化で、エンパシストの手を借りなくても複写できるように……国民全員のバックアップも、可能で……」


言いながら、何かに気づいたように、タクミの歯切れが悪くなる。

タクミは、ふくんだような目つきを、猛に投げた。


「……そういうことですか?」

「それしか考えられないだろ?」


おいおいと、龍吾が口をはさむ。


「なんだよ。二人で納得するなよ。ちゃんと、おれらにわかるように話せ」


猛は、あわれむような目をしていた。

だが、それは龍吾に向けられたものではない。


猛は同情したのだ。

彼の達した事件の真相に。


やがて、猛は語りだす。

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