九章 御子さま殺人事件(推理)2—4


タクミが、ため息をついた。


「なんだろうなあ。この容疑者だらけの感じ。猛さんだって、ほんとに自分でやってないとは言いきれないし」


「おいおい。おれは違うって」


「可能性の問題ですよ」


「可能性で言えば、ユーベルだってゼロじやないだろ? ユーベルはトリプルAランクの念動力者だ。別棟にいながら、中庭にいる蘭の頭を、ゴツンとやるぐらい、わけない」


「ユーベルに透視はできないんですけど」


「そこはエンパシーで、蘭の視点にシンクロすればいいよ。だいたいの位置は把握できる」


「ああ、まあ……そうですけどね。けど、やめませんか? そうやって可能性だけで、むだに容疑者ふやすの」


「たしかに、不毛だよな」


すると、水魚が意見をだした。


「可能性なら、母屋のかただけでなく、別棟の人間にもありますよ。猛さんは忘れてしまったかな? 昔、よく蘭が別棟から抜けだして、一人で外出したでしょう? どこかに、蘭が細工してるはずだ。秘密の抜け道みたいなものを。そこを使えば、居間にいたタクミさんたちに見られることなく、外へ出られるんじゃ?」


「そうだったよな。おれは書斎が怪しいと、にらんでるんだ。あいつが執筆すると言って、一人で書斎にこもると、いつのまにか姿を消してること、多かった」


それではと、今度は全員で書斎へ移動する。


書斎はタタミの和室だ。


でも、窓ぎわの机は洋風のデスクだ。


机の上には旧式のパソコンが、のっている。蘭のために特別に製造されている型だ。自分たちがパンデミック後、数百年の時代に生きてると思っている、蘭のために。


「窓だよな。ぬけだすとしたら」

「格子をどうにかしたんじゃないですか——あッ」


はめころしの格子に手をかけて、ガタガタやっていたタクミが変な声をだす。


すると、木の枠にそって、きれいに格子が外れた。大人一人の這いだせる穴ができる。


白日のもとにさらされた、蘭のぬけ道を見て、顔なしは、なんだか、落胆と、同時に照れくさいような気分に見舞われた。


猛が感嘆する。


「いい仕事してんなあ。切れめに色つけて、目立たないようにしてるよ。これなら脱出したいときだけ抜き差しして、中からでも外からでも出入りできる」


書斎の外は裏庭だ。が、建物をまわりこんで、中庭へも移動できる。


「これで別棟の人間にも、アリバイはなくなったか」


龍吾が意気込む。


「やっぱ、蕗子じゃねえの? うやむやになっちまったけど。さっきのナイフ、鈴蘭ちゃんの部屋にかくしたの、蕗子だろ? 蕗子なら、しょっちゅう、蘭さんのストーキングしてたみたいだしさ。この脱出口の秘密も知ってたんじゃないか?」


問いつめられて、またもや、蕗子はハデに泣きだした。


「わたしじゃありません! 鈴蘭さんか菊子さんがやったんです。水魚さんとの仲に嫉妬して」

「おまえは嫉妬しないの?」

「しません。ほかの女のものになるくらいなら、そのほうがマシじゃないですか」


その言いぶんには妙に説得力がある。


自分の容姿に自信のない蕗子らしい心情だ。


とはいえ、蘭への歪んだ愛情より、鈴蘭への憎悪のほうが勝る可能性も、すてきれない。


鈴蘭を殺人犯にするという、それだけのために、蘭を殺すことも辞さないタイプの女に、蕗子は見える。


ああッと言って、タクミが頭をかかえた。


「容疑者だらけ! 誰一人として、完全にシロの人、いないじゃないですか。僕とユーベルと、カトレアさんをのぞけば」


そうだろうか?——と、顔なしは思う。


自分は血まみれで倒れる蘭をおぼえてる。


あの光景は、たしかに前に一度、経験した。


猛が言う。


「誰一人は言いすぎだろ。安藤と愛莉は、まずムリだ。池野か龍吾と手をくまないかぎり。ろうかからも庭からも、人に見られずには抜けだせない。池野は昼子をかばって共犯になることも、なきにしもあらず。龍吾は……まあ、ずっと片恋してるからなあ。思いあまったかな? 水魚は、蘭との仲が、こじれたのかもな。『こんなことは、もうやめましょう』とでも、蘭が言ったのかも」


「猛さん!」と、池野、龍吾、水魚が同時に、にらむ。


「いや、だから可能性の問題だって……本気で言ったわけじゃない」


はあッと、猛は深く息を吐いた。


「とにかく、証拠が少なすぎるよ。あの凶器の石。鑑識に、まわしたんだろ? そろそろ、指紋とか、わかったんじゃないか? 聞いてみてくれよ」


猛はクラッシャーなので、自分では電化製品は、さわらない。


水魚が根付に仕込んだ脳波操作のパソコンから、ホロラインをつなげる。


白衣を着た研究員の姿が現れる。


顔なしの胸の奥を、ざらッとイヤな感覚が、よぎる。


研究員は、むだなく結果を報告した。


それによると、石に付着した血液は、まちがいなく蘭のもの。指紋はあり。ただし、日本人のデータベースには、照合する指紋の持ちぬしはいない。


「御子さまのご容態には、変化ありません」と言って、ホロラインは切れた。

「おかしいな。蘭をやったのは、屋敷の人間じゃないのか? それどころか、日本人じゃない」


海外の人間が邸内にまぎれこんでいたことになる。


「龍吾。村に侵入者いなかったか?」

「今、しらみつぶしに、さがしてる」


ちょうど、そのときだ。

龍吾のパソコンにホロラインが入る。


「龍吾さん。侵入者、発見しました! アメリカ人のエスパーです」


つれられてきたのが、その男。

クレイヴ・リチャードマンだった。

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