十章 御子さま殺人事件(解決)

十章 御子さま殺人事件(解決)1

《未来 顔なし5》



猛は語る。


「考えてもみてくれ。月の巫子は、この地球から火星まで、らくにエンパシー飛ばすんだ。ユーベルが気づかないエンパシーなんて、あるわけない。

つまり、クレイヴと同じ夢を見た連中は、エンパシーで、その夢を見たわけじゃない。となると、残る方法は一つだ。記憶のバックアップだよ。

バックアップされたクレイヴの記憶から、その夢の部分を、誰かが他のやつに流用したんだ。

睡眠学習装置を使って、最近に生まれたクローンの記憶処理に、その夢を混入させた。

成長したクローンは、頭に植えつけられた記憶を自分のものと信じ、セラピストのもとへ、かけこむってわけさ。それが、あやまった記憶だとは考えもせず」


龍吾が深刻な顔で腕をくむ。


「そんなことして、なんになるっていうんだ? だって、それで、じっさいに殺人にまで及ぶやつは、いなかったじゃないか。記憶を操作して人殺しをさせようっていうんなら、大失敗だ」


「その必要はないんだ。たくさんの人間が同じ症状を訴える。そののち、夢の元凶となった男が殺人を犯す。誰もが疑わないだろ? その男自身でさえ。自分がやったんだって」


ハッとして、全員、猛を見つめた。

猛は断言する。


「そう。目的は、おれたちに先入観をあたえることさ。犯人はクレイヴじゃない。クレイヴは、その特異な記憶を、犯人に利用されただけ。これは、ゴーストに体をのっとられた男が、突発的に起こした殺人なんかじゃない。綿密に計算された、計画殺人だ」


「でも、じっさいに、こいつが蘭さんをなぐったんじゃないのか? 石に指紋が……さっき、こいつの指紋と照合したら、ピッタリあったぜ?」


「それは事前に、クレイヴを捕捉しとけば問題ないよ。たぶん、クレイヴは、いつもの発作で出雲港まで来たところを、犯人に捕まったんだ。石をにぎらされて指紋を残され、薬かなんかで眠らされた。そして、村の入口に放置された。その石を凶器にして、庭に置いとけば、いかにも発作的な犯行に見える。

なあ、クレイヴ。あんた、ほんとに自分が蘭をなぐった記憶あるか? 意識を失って発見されて、御子が殺されたと聞いた。それも、あんたの夢に、とても近い状態で。あんたは自分がやったと思いこんだんだろ? 体をのっとられてたあいだに、やってしまったんだと」


クレイヴは大きく、うなずく。


「それじゃ……僕がやったんじゃないんですか?」

「ああ。よかったな。あんたはセラピストの治療を受けたら、無罪放免だよ」


クレイヴは涙をながして喜んだ。


「よかった……御子さま。僕は大罪を犯さずに、すみました」


「いや、あんたはいいだろうけどな。蘭さんは、事実、ああだし……」と、龍吾はぼやき、猛をふりかえる。

「じゃあ、いったい、誰だよ? ほんとの犯人は?」


「そんなの決まってるじゃないか。おれたちのなかで、一人しかいない。そんなことができるのは——」


猛は一瞬、その人を見つめた。が、すぐにまた目をふせる。直視するのが、しのびなかったのだろう。


猛は告げる。ささやくように。

「それは……機械医療師の、鈴蘭。おまえだけだ」


鈴蘭はうつむいた。

誰もが静まりかえって、彼女を見つめた。

ふたたび、蘭によく似た美しいおもてがあがったとき、黒目がちの瞳には、涙が浮かんでいた。


「……うまくいくと思ったんですけどね。まさか、うちに探偵さんが二人もいるとは思いませんでした」

「やっぱり、あんたね! だから、わたしが最初から言ってたのよ!」


ここぞと蕗子が叫ぶ。

猛はちょっと、うっとうしそうに制した。


「蕗子。おまえ、キモイから、追放な。青年団諸君、つれてってくれ」

「え? ちょ……なにす——」


蕗子はクレイヴをつれてきた青年たちにひっぱられていった。


「ああ……同じ屋根の下に、ストーカーがまぎれこんでたとは。あいつは記憶を消して、どっか遠い地方に、とばすよ。すまん。鈴蘭。さっきの続きだが。やっぱり動機は、あれか? 蘭と水魚の関係が……」


鈴蘭は微妙な角度で首をかたむけた。


「それは、もちろん、一つのきっかけではありました。でも、それ以前に、もう限界だったんです。どうしても、あの人を父として見ることができなくて。愛しさは募る一方で。これじゃいけないと思うんですけど、止められない。あの人のほうでは距離をとるようになって。前みたいにベタベタしなくなって。それがホッとするようでもあり、悔しくもあり……。もうグチャグチャです。いっそ、あのとき、こばまなければよかったかな、なんて思ったり……わたしって、罪深い女ですよね」


美しい顔を涙にぬらし、鈴蘭は泣きじゃくる。


タクミが言った。


「今回のことで思ったんだけど……これって、記憶複写の弱点ですよね。記憶複写するとき、強い思いほど残りやすいんです。

深く印象に残ったこと。毎日、くりかえしてきた習慣。誰かを愛する気持ち。憎む気持ち。こまかいことは、ぬけおちて、そういう強い思いだけが強調されていく。

何十回も何百回も、くりかえしてるうちに、不自然なくらい、誇張されちゃってるのかも。僕ら、みんな、自覚はないけど」


「おれが、蘭がいないと生きていけないと思うのも、不自然といえば不自然だよな。恋でもないのに、自分の存在を丸投げしたみたいにさ。クローンの思いは誇張されてるからなのか」


「いいところもありますけどね。僕とユーベルみたいに。愛した人への思いが永遠に変わらない。ペアがいる人にとっては、すごく幸せです」


ねえ、ユーベル。僕ら、ラブラブだもんねえ——などと、やってる。

しかし、それも記憶複写の副作用だったわけだ。


「そういえば、記憶複写を受けた夫婦って、けっきょく再生されても、同じ人を伴侶に選ぶんだよな。安藤や愛莉も、そうだし……」と、龍吾が安藤たちを見ながら、つぶやく。

「消えない思いか。片思いの人間には、つらいなあ……」


自分がそうだからだろう。

龍吾の口調は、しみじみと深い。


泣き続ける鈴蘭に、猛が問う。


「その思い、封印するか? 鈴蘭。次に再生するときは消すこともできる」


鈴蘭は首をふった。


「わたしはもう、いいです。次は再生しないでください。この思い……つらいけど、なくすのもイヤ。そのくらいなら、抱えたまま逝きます」

「そうか……」


鈴蘭の処遇は、今後、話し合いで決めることになった。

青年団の手で留置所につれられていく鈴蘭を、一同は見送った。


「なんか、悲しい結果になっちゃいましたね。御子さまもいなくなっちゃったし。ほんとに僕たち、もう終わりなのかな……」


タクミが言った、そのときだ。

水魚の寝付けが光り、研究所から連絡が入った。


「御子さまが回復されました。傷がふさがり、たったいた、目を——」

「蘭の意識が戻った?」

「ですが、少々、問題もありまして。一時的なものと思うのですが、記憶に障害が、ご自身を春蘭だとおっしゃってます」


それを聞いて、部屋のすみで泣いていた春蘭が立ちあがった。


「戻った! 意識が戻った——よかった……春蘭」


猛が息をのむ。


「そういうことか!」

「わッ。なんですか。いきなり大声ださないでくださいよ。ビックリ」

「……やっぱり、おまえ、かーくんのクローンだな。そういう可愛いとこ、そっくりだ」

「むむむぅ。可愛いって……なんかバカにされてる感じ」

「まだ気づかないのか。春蘭だったんだよ!」

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