八章 御子さま殺人事件(発生)3—2


火事にまきこまれたら?

通り魔に刺されるかも?

学校給食にノロウィルスが混入したら……。


およそ考えられるかぎりの心配をした。

ちょっと心を病んでた時期があったかもしれない。下校中の弟をつけまわす兄は異常だろう。


これではいけないと、自分で思った。呪いなんて理不尽なものには負けない。呪いが襲ってくるのなら、自分が家族を守ろうと。


そのために強くなる決心をした。柔道や剣道を習い、肉体的にも鍛えた。それ以上に、なにものにも屈しない心をつちかった。


薫がいてくれたから、それができた。甘えん坊で、すぐにピイピイ泣いて、猛のあとばっかり、ついてきた薫。


薫がいなければ、猛は、ここまで強くはなれなかった。守るべきものがあったからこそ、強くなれた。


そう。猛は一人になりたくなかったから、強くなったのだ。


蘭と同じ。ひとりぼっちで取り残されることが、何よりも怖かったから。


友達を自分と同じ運命に突き落としたと知ったとき、猛は誓った。


自分のすべてを、この友に捧げようと。


猛は死ねば、自分の運命から解放される。


が、蘭は、そうではない。蘭は死ねない。永遠につきまとう孤独から、のがれられない。


そんな運命に、蘭だけを残していくことは、とてもできない。たとえ、薫と別れてでもだ。


もちろん、薫が去った直後は悲しかった。


自分の半身をうばわれたような気すらした。でも、蘭がいてくれたから、乗りこえられた。


蘭は薫にくらべれば、ずいぶん気も強いし、器用だし、一見、とても優秀な人間に見える。


そのくせ、ひどく、もろい部分も、かかえていた。誰かに甘えていないと、生きていられないのだ。


蘭には、おれだけが頼りなんだな。おれがいないとダメなんだな、と思うことは喜びだった。


猛は誰かのためなら、どれほどでも強くなれる。必要とされることが不可欠だ。


蘭はその対象として、最適だった。


ちょっとでも、ほっとくと泣くし、いつも、誰彼なく引きよせて、危険なめにあう。


それは、とびきり美しい花を咲かせるが、目を離すと、すぐに害虫のえじきになる庭木のようなもの。


片時も離れられない。


そして、手がかかるほどに、愛情も高まった。


(蘭のためなら、世界さえ変えてやる)


今ではもう、蘭のことしか考えられない。そういう点では恋に似ている。


月から薫のクローンが帰ってきたとき、すっかり自立してしまってたから、なおのこと。


(かーくんは、もう一人で生きていける。おれを必要としてくれるのは、蘭だ)


蘭の存在こそが、猛の存在理由。


その蘭が死を望むなら、死なせてやるのが、猛のなすべきことではないだろうか?


そのあと、御子が泣き叫ぼうが、蘭のカリスマ性で保ってきた世界秩序が乱れようが、かまわない。


だって、存在理由が存在をこばむのだ。


それは、猛の世界の終焉だ。


あとのことは、あとの人たちに任せてしまえばいい。


本来、人間は死ぬものだから。


これまで人は、そうやって世代交代しながら、歴史をつむいできたのだから。


終わらない世界のほうが、きっと異常なのだ。


今期のリプレイで、今までと異なる変化が表れたのは、その予兆ではないかと思う。


蘭の望みが形になろうとしているのではないかと。


いつもの蘭と、少し感じが違う気がするのも、きっと、そのせいだ。


蘭が本当に死を望んでいるのなら、おれが蘭のためにできることは、なんだろうか。


考えているうちに、蘭の記憶の調整が終わった。


このあと二十分は、まだ意識は覚醒しない。そのあいだに屋敷につれもどし、お膳立てしておかなければならない。


「さあ、帰ろう。蘭。おまえのうちに」


ガラスの柩から抱きあげ、猛は蘭をつれ帰った。


タクミとユーベルは、まだ、そこにいた。


「何かあったんですか? 水魚さんたち、すごく、あわててたけど」

「緊急スリープだよ」

「ああ……こんなに早く破綻が出てしまったんですか」

「今回は、もう二度めだ。蘭が、おれと帰ってきたあと、おはぎ持って、また一人で出てくとこから、やりなおすから。おまえらも、そのつもりでな」

「はい」


芝居の準備が、ととのったところで、蘭が目をさました。


「……あれ? 僕、なにしてたんですっけ?」

「昼寝してたんだろ?」

「そっか。そういえば、なつかしい夢をみた気がする。もう忘れたけど」

「こんなとこで寝てたら、誰かに、ふまれるぞ」

「……そんな粗暴な人、猛さんしかいませんよ。なんだか頭が、ぼんやりする」

「変なとこで寝てるからだよ」


そこへ水魚がやってきて、おはぎが余ってることを告げる。蘭は笑った。


「じゃあ、僕、秀也さんに届けてきます」


蘭が重箱を持って出ていく。

これで一件落着のはずだ。

赤城に重箱を届けた蘭は、ご機嫌で帰ってきて、今夜はタクミたちと子どもみたいにモノポリーで、はしゃぐのだ。


「——おーい、蘭。一人で行くなよ」


さっきと同様に、蘭を追っていく。

猛は別棟と母屋をつなぐ柱廊のわきから、庭へおりた。


かけていく蘭の姿が見えると思った。

ところが、蘭の姿が見あたらない。十メートルか二十メートルしか差がついてないはずなのに。


建物のかげに入ってしまったんだろうか?


母屋と別棟のあいだの中庭に来たとき、猛の足は止まった。


苔におおわれた美しい日本庭園。

中心に池があり、ちょろちょろと水が循環している。


池のわきの石灯籠。

紅葉したカエデが、緑色の苔の上に、赤や黄色の葉をちらしていた。

その紅葉のじゅうたんに、蘭が倒れていた。

陶器のような白い肌を、朱に染めて……。

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