八章 御子さま殺人事件(発生)3—3

《未来 顔なし1》



夢を見ていた。

とても、幸福だったころの夢。

この夢のなかにいるかぎり、なんの苦痛も存在しない。

安息だけ。

ほかには、もう何も必要ない。


だが、誰かが泣いていた。どこか遠くで。

どこへ行ってしまったの? 一人にしないでと訴えていた。


(うるさいよ。僕を呼ぶな。僕は決めたんだ。ずっと、ここにいるって)


それでも、泣き声がやまない。

あまりにも、うるさくて寝てられない。


彼は目をあけた。まわりの人々が、さわいでいた。


「大変だ! 御子が倒れてる! 殺されてるって」

「そんな……蘭!」


あわてふためいて人々が走っていく。

タクミ。月の巫子。水魚。

屋敷の奥のほうから、春蘭。雪絵。蕗子や菊子も現れた。


人々が走っていく方向へ、顔なしもついていった。


中庭には、猛がいた。

母屋のほうからは、龍吾、オーガス、安藤、愛莉、池野、昼子、鈴蘭もやってきた。


そのまんなかに、御子の死体があった。

後頭部から血を流し、腹部を切りひらかれている。白いタートルネックのニットが、真っ赤だ。


何人かが、それを見てよろめいた。

女は悲鳴をあげ、泣きだした。


水魚がつぶやく。


「……大丈夫。御子は復活する。今すぐ、研究所へ——猛さん」


立ちつくしていた猛は、血みどろの御子を抱きあげた。走りだす猛を、水魚や菊子が追っていく。


とつぜん、その場にすわりこんで、泣きだしたのは、春蘭だ。


「イヤだ——いやァッ! 死なないで。死なないでッ」


泣き叫ぶ春蘭の手を、タクミがにぎる。


「輸血に君の血が必要かもしれない。君も急いで、研究所へ」


春蘭は泣きながら、うなずく。


「僕のものなら、なんでもあげる。全身の血を使ってもいい。だから……死なないで……」


春蘭はタクミに(必然的にユーベルにも)つきそわれて、研究所へ向かった。


残るメンバーの誰にともなく、鈴蘭が問いかける。


「いったい、なんで、こんなことになったんですか? わたし、睡眠退行機のメンテナンスしてて、たったいま帰ってきたんですけど」


龍吾が答える。


「どうもこうも……おれたちも、よくわからない。猛がさわいでるから出てみたら、蘭さんが……」

「侵入者がいないか、調べてみよう」と、オーガスが言った。

「そうだな。今すぐ、緊急配備だ。村にも非常線張って」


龍吾とオーガスがかけていく。

安藤と池野も手伝いに行った。


その場には、女ばかりが残った。

雪絵。鈴蘭。蕗子。昼子。愛莉だ。


「どうしましょう。こんなことが起こって……」


不安そうな雪絵に、いとこの愛莉がよりそう。


「心配さんでも、すぐに元通りにならいが、ここじゃ、男の人やつのジャマになるけん、なかで待っちょうか」


龍吾の手配で、殺人現場を見張る青年が二人やってきた。反対に女たちは、愛莉のすすめで、ぞろぞろ別棟のほうへ歩いていく。


一人になった顔なしは、ふしぎな気分で、中庭を見渡した。


おぼえがある。

この庭で倒れていた蘭。

凶器は……そう。池の端にならんだ石の一つだ。


「どげしました? カトレアさん」

「あッ、この石、血がついちょう。もしかして、これで殴られたじゃないか?」

「団長に相談さんと」


やはり、そうだ。

この殺人は、かつて一度、見たことがある。


あるいは自分かもしれないと、顔なしは思った。

蘭を殺したのは、自分かもしれないと。

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