四章 変容の月 3—4
それは、こっちのおおかたの人間が望んでることだ。
でも、蘭自身もそうだろうか?
このまま終わらないことを願ってはいないだろうか?
出発にさいし、オーガスたちは、ふたたび宇宙服を着用した。
オーガスが蘭に握手をもとめてくる。蘭が、その手をとると、強く、にぎりかえしてきた。蘭の手をにぎりながら、長々と、あいさつする。
そのまま、ボートのほうへ歩いていく。うしろにオーガスの部下三人がついてくる。
蘭は宇宙人たちに、かこまれてしまった。
ああ、やっぱりな——と思ったときには、蘭はオーガスに横抱きにされた。宇宙船のなかにつれこまれる。
四人は蘭を拉致したまま、すばやくボートを発進させた。
宇宙船は、フワフワ空へ浮かんでいく。赤トンボと同じ高さに浮上するのは一瞬だった。
蘭は操縦席のフロントガラスから、眼下を見おろした。人間も稲の波も、ぐんぐん遠ざかる。
猛が手をあげ、ほのかに微笑するのが見えた。さよなら、ありがとうと、その唇が、つづったようだ。
「おとなしくしてもらおう。さあ、席について。あなたの身柄は、我々の管理下に置かれた」
蘭は猛に微笑を返し、ゆっくりと手をふる。その姿は、もうアリのように小さい。
「ケビン。キングにシートベルトを」
一人が蘭の手をつかみ、席につかせようとする。蘭は男の手をふりはらった。
「あなたがたが僕をつれ去ろうとするだろうな、とは思ってましたよ。だって、僕さえ手に入れば、不死の研究も、ヘルの耐性実験も、好きなだけできるんだから。そんなことぐらい、考えない僕らだと思いますか?」
蘭はポケットから、あるものをとりだした。男たちの顔色が変わった。宇宙服のヘルメットごしでも見てとれる。
手榴弾だ。
月の連中にとっては旧式すぎる時代の遺物かもしれない。だが、威力はある。とくに、密閉された、せまい宇宙船のなかでは。
「何をするつもりだ。そんなことすれば、あなた自身も——」
「僕は不死身だ」
オーガスたちはギョッとする。
「ここで爆発させられたくなければ、ボートを地上へ戻せ」
オーガスたちは言われたとおりにはしなかった。いきなり、左右から、蘭にとびかかってくる。
迷わず、蘭はピンをぬいた。
手榴弾をゆかにころがす。
男たちは意味不明の怒号を発した。どうにか、手榴弾の爆発をふせぐ手立てを探して、右往左往する。
だが、そんなものあるはずがない。
ボートはキリモミ状態になった。ななめに降下していく。
今日は、ほんとに楽しかった。
猛や水魚と三人で朝食を食べた。
水魚に着替えさせてもらった。
村人に見送られて不二村を出発した。
道中は安藤や池野とトランプした。
こっちにつくと、女の子たちに御子さまと、さわがれたし。
蘭も知らない猛の秘密を聞いた。
思い残すことはない。
僕は本物になれた。
もう偽物じゃない。
蘭、ボクはキミ。キミはボクだよ……。
わあわあ叫ぶ男たちを見ながら、蘭は笑った。爆発までの数秒を、ひどく長く感じた。
*
ボートは大地に激突し、炎上した。
ようやく鎮火したのち、猛がなかをのぞく。
「胡蝶は?」
蘭がたずねると、猛は首をふった。
「そう……」
月の大統領が蘭の誘拐をくわだてるだろうことは、予測がついた。だから……。
「おろかですね。ちゃんと人の言ったことは、おぼえとくもんだ。最初の交信のとき、僕は言った。僕のクローンは、ただの人間にすぎないと」
蘭のクローンは三体、造った。蘭の不死性が再現されるかどうか、確認するために。
胡蝶。春蘭。カトレアだ。
もとは同じ遺伝子をもつ蘭の分身なのに、三人とも性格が違う。
胡蝶は、どちらかと言えば、いつも蘭に反抗的だった。
なのに、今回にかぎって、やけに協力的だった。胡蝶は、みずから進んで影武者になると言った。
代償に胡蝶が望んだのは、その日一日だけ、『蘭』になること。
「……死顔は?」
「笑ってる」
「そう。なら、よかった」
胡蝶は満足したのだ。
蘭には永遠に来ない安息を手に入れ、今は安らかに眠ってる。
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