四章 変容の月 2—1
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《近未来 ジェイソン1》
ジェイソンの祖父は月の大統領だった。
だが、西暦二千百四十五年のある事件のせいで失脚した。
月で誕生し急増していたエスパーが、じつは大統領の命令でひそかに造られた実験体だということが暴露されてしまったのだ。
大統領は失脚。
エスパーたちと、超能力を持たない人とのあいだに、しだいに
それは、やがてエスパー排斥運動を経て、エスパー狩りに発展した。
エスパーたちは月を見限った。
宇宙船をかっぱらい、地球へ帰っていった。
エスパーはドクター・ジョウノウチの研究によって造られた。したがって、遺伝的にヘルに耐性を持っていた。
エスパーは水魚が犠牲になった研究の産物だったのだ。
つまり、御子とエスパーは遠い親戚みたいなもの。御子たちがクローンベイビーと呼んでるのと同じ者たちだ。
ただ違うのは、月のエスパーは遺伝子操作されてるという点だ。
ジェイソンも月の大統領だった祖父の細胞から、その遺伝子を操作されて誕生した。
より優秀な大統領……のはずだった。
ところが、祖父は失脚した。
ジェイソンは祖父の(そして父の)職を継ぐことなく、月を追われた。
プライドの高いジェイソンにとって、これ以上ないくらいの屈辱だった。
おまけに地球に帰ってみれば、黄色人種どもが世界を支配していた。
祖父から聞いてはいたが不愉快だ。
だから、やつらが催した歓迎パーティーもすっぽかした。出席した連中はバカみたいに御子をほめそやした。
「なんて美貌だ。あれほど美しい人をこれまで見たことがない」
「東洋人は華奢だなあ。あれで男だなんて信じられない。だから、よけい神秘的なのかな」
「でも、どことなく西洋的でもあるよ。世界中どこの国でも通用するタイプの美貌だね」
「涼やかな声。理知的な会話。なんとも言えない甘ったるい魅力。笑いかけられると胸がしめつけられるよ」
などと言って。
(魅力的? 美しい? 鼻ぺちゃで細目のイエローモンキーだろ。あからさまな世辞なんか言いやがって)
第一、御子こそが祖父の宿敵だ。
御子が不老不死を見せびらかし、祖父に不死の研究を取り憑かせた。
ようやく、ESPによる記憶の全複写が可能になっていた。研究は山場を迎えていた。
オリジナルからクローンへ記憶が引き継がれれば、すなわち不死だ。
肉体的に不死になれないなら、精神を不死にしようという試みだった。成功するはずだった。
最後の最後で、おろかな国民どもに糾弾されなければ。
御子が憎い。あいつさえいなければ——という思いは日増しに強くなっていった。
地球に帰ったエスパーは、御子から北米大陸を与えられていた。なれない重労働で荒野を開拓する日々。
憎悪だけが醜くふくらんでいく。
おれは忘れない。この怨み。この屈辱。
大統領になるはずだったのに。
おれの栄光の道を台なしにした御子。
祖父を失脚させ、失意のあまり自殺させた御子。晩年は狂気にさいなまれていた。「わしは死なん。御子になるんだ」と叫びながら死んだ。
殺してやるんだ。
いつか、かならず、御子を殺してやる。
おれは、その方法を知ってる。
ある夜、共同住宅がわりの宇宙船のなかで、ジェイソンはエスパーのリーダーとその親衛隊にかこまれた。
「ジェイソン。君の思念は多くの者に害をおよぼす。よって有害思想犯とみなし、生存権をはく奪する。残念だよ。優秀なエスパーだったのに」
有害思想? 生存権はく奪?
いやだ。いやだ。
忘れない。おれは忘れないぞ。この怨み——
リーダーのにぎるレーザーガンが、つきつけられる。
ジェイソンは頭を撃ちぬかれて即死した。
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