〈前兆〉

 高層から望む江戸の町並みは灰色の世界であっても絶景であった。


正三に突き付けられた 【予言】 で重苦しい空気が流れる中、正三、杏音、助さん格さんの四人は綱吉の計らいで天守閣へと案内された。


――「こんな景色が見れるなんて、夢にも思ってなかったな」 正三は爽やかなまなざしでそれを眺めた。

三人も無言のまま景色を眺める。


――「助さん格さんは、この戦いが終わった後、どうするの?」 正三が問う。


「ううむ。ご隠居に着いて行く。でござるか」


「各地に残ったゾンビを退治していくっスかね……」


「それは言えるでござるな。ここ、江戸にゾンビが集まっているとは言え、少なからず各地にはまだ奴らが残っているでござろうからな」


「着いていくっスよ。格」

二人は拳を合わせた。


 次に正三は杏音を見つめ手で合図をして問う。

「私、ですか…………」 



「西洋かな?   僕も行きたかったなあ」


「行きましょう! 正三さん! 必ず!」


「……」


天守閣にしばらく沈黙が続くと正三は活力のない声で言った。


「……助さん。格さん。――トウイチさん、ご隠居さん、銀子さん。みんなに会えてよかった」


助さん格さんの二人はコクリと首を縦に振った。


――「杏音さん。キミに逢えてよかったよ」


「弱気にならないで! 先の事なんてわからないよ!」 杏音は大きな声で言った。


『……助』 格さんは子声で助さんに合図をした。


『何っス?』


『察するでござる』

助さんと格さんの二人は静かにその場から離れた。


 二人きりの天守閣。悠々たる沈黙もまた目覚ましい。




――数刻 色褪せた太陽が沈んだ頃 

ガガガ! ドォーン! 大きな雷鳴とともにザアザアと激しい雨が降り始めた。



 

――田宮家

 囲炉裏の前で傘張りの内職をする男。

ゆっくりと、ぎこちなく引き戸が開くと、びしょ濡れの妻が帰ってきた。


「おかえり。急な大雨だな」 男は手を動かしながら言う。

女は引き戸を開けたまま、ふらふらと男に近づいて行った。


「おい。どうした?」 女は体勢を崩し頭から囲炉裏の中へと倒れこむと熱の反射で起き上がろうともせず、ただうつぶせで体をヒクヒクしている。

男は妻を急ぎ囲炉裏から離し抱えあげたがピクリともしない。

妻の顔は酷く火傷し、ただれていた……


「お岩!」


――バアアぁーーっ! 女は赤い目で叫び男の首を噛んだ。


ぐああぁーーっ!



――江戸城本丸御殿

「ぞぞぞ、賊だーっ! 上様ーっ!」 血相を変え長い廊下を走る家来。

その大声と廊下を走る音は大雨で聞こえない。

辛うじてその叫び声を聞き取った銀子が豪華な金色の襖をゆっくりと開けると家来が飛び込んで来た。


「何? 何? 何よ~ぅ?」 口をモグモグしながら綱吉は言った。部屋にはご隠居もおり夕食が置かれている。


「ててて、天守閣の警備兵ぜぜぜ、全員と 【力場の間】 に居られた天海大和尚が急襲され……」


ご隠居は夕食をひっくり返し起き上がった。


「何者かに ……暗殺されました!」


ガガガ! ドォーン! 

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