〈作戦会議 壱〉

 人口百万人が密集する世界一の都、江戸。


その大都市を象徴する江戸城の城主、幕府第五代将軍、徳川綱吉。

 いち早く今回のゾンビ対策として 【生類憐れみの令】 の御触れを出した人物である。


――「あら! センパぁ~イ」


「おお、綱吉。久々なのだ」


ご隠居を先輩と呼ぶ人物こそ時の将軍、徳川綱吉であった。複数の家来を引き連れその威風堂々たる風格と装いに圧倒される。

胸元には、見たことも無い洒落た子犬を抱きかかえている。


「凄い……」 正三は緊張した面持ちで拝謁はいえつする。


「長旅の疲れもあるでしょうが、まずは作戦会議よセンパぁ~イ。みんな待ってるわ」 綱吉は強い視線で七人を見ながら言った。


七人は長い廊下を通り 【大広間】 へと案内される。

松の絵が描かれた金色の大きな襖の前で家来が立ち止まると奥からガヤガヤと大きな怒鳴り声が聞こえてきた。


――「静まらぬか! 上様の御成りであるぞ!」 家来が勢いよく襖をあけると数え切れないほどの侍や武士が言い争いをしていた。


「いつまで待たせんだ! この野郎!」 イキがった侍が叫ぶ。


「お前らのようなイモ侍がここへ入る事など本来であれば――」 家来が愚痴ると綱吉は抱えた子犬を離し前へ出た。


パン! パン! と二度手を叩き言う 「皆様! お待たせして申し訳ありませんわ。作戦会議を始めましょう!」


侍や武士、一人ひとりを凝視するかの様に鋭い目つきで見渡すと大広間はたちまち静かになった。


「さ! センパぁ~イ、皆さん。行きましょう」 綱吉が言うと七人は歩き出す。


侍や武士の中に切死端の民の姿が見えた。


「ドミニコ殿!」 格さんが笑って合図をする。


「グレンもいるっスね」 助さんが目を合わすと互いに礼をする。


 大広間奥、上段の間に綱吉とご隠居が並んで座った。少し離れて銀子と家来達が並ぶ。



――ゴホン! 「えー、それでは作戦会議を始めます。まずは我々の兵力を紹介いたします! 呼ばれた者達の主導者は前へ出て上様にご挨拶せよ!」 


――「赤穂浪士! 四十七名!」


「大石と申す! 化物どもは我々だけで十分! 貴様らの出番はない! 上様どうかお見知りおきを!」


白と黒の出で立ちの頑強な侍達は睨みを利かせ威嚇する。


――「異国の戦士! 三十名!」

「切死…… グレゴリオと申しまス。 ヨロシクお願いいたしまス」


緑色のオーバーコートを着た切死端の民はそわそわしている。こんな場所でキリシタンとは口が裂けても言える訳がない。


「素性が分かりませんわね。どちらから?」 綱吉が言うとご隠居が答えた。


「出島より来られし異国の者達よ。長旅ご苦労であった。道中、余の旅の協力をしてくれた事、心より感謝するのだ」


「あら、センパイの顔見知りでしたか。出島の戦士達よ、礼をいいますわ。ありがとう」


グレンは深く頭を下げた。


「なんだかご隠居さん、江戸に着いてから顔付きが変わったね」 正三が言う。


「うん。カッコイイ」 杏音もホッとしながら言った。


――「伊賀の忍! 二十名!」

侍と武士達でごった返す大広間に、いつからともなく黒装束の忍者集団が立っていた。


「褒美さえ頂ければ全力で化物どもを我らの忍術で片付けるざんす……」


「ネズミっ!」 助さんと杏音が声を揃えて言った。


「どうかしたざんずか? 私はハットリと言う名ざんすが」


ハットリは目だけ出た黒装束からサッと顔を出すと助さんと杏音にウインクをした。


「まあ、今回は味方なだけよしとするでござるよ」 格さんは言った。


――「助三郎に格之進そして…… そなたらは?」 家来が言うと銀子が答えた。


「旅の頼れる大切な仲間でありんすわ。何度、命を救われたか」


「おお! そうであったか。是非、上様にご挨拶を」


「杏音と言います。私も出島から来ました! 道中、ご隠居様達とお会いして一緒にここまで来ました」 杏音はにこやかに答えた。


「まあ! 可愛らしい娘。ねえセンパぁ~イ」


「良い子なのだ。しかも腕は 【くノ一】 並にやりおるのだ」


――「正三と申します! 隣に居るのはトウイチさん」 正三はドクターエンゲルから港の事件を話す。


「事の発端を知る人物ね。正三さんに盲目の浪人さん。ありがとう」


――ゴホン! 「上様そして我が幕府軍が五千、待機しております!」


「五千人!」 正三は目を丸くした。


――「その件に関してなのだが、今回このゾンビ討伐に対して、ただ単に数で攻めてはいかぬと余は思うておるのだ。五千の兵が噛まれてしまえば敵が増えるだけなのだ。ここはゾンビ退治になれた、この百名と、精々幕府軍百名の二百が良い所」


「センパイの言う通りね。残りは江戸の警備で決定。そして私達が防衛線に考えているのが日本橋なの。ここが突破され感染が広まると一気に江戸は崩れ落ちるでしょう……」 綱吉はそう言うと家来に合図を送る。


――ゴホン! 「皆の者! 良く聞けい! 上様は今回の討伐戦において特に優秀な戦績をあげた者達には、十万石の領地及び国持大名の地位を例外もなく与える! との事である! 必ずや日本橋を! いや、江戸を死守せよ!」


ウオオォーーっ! 侍や武士達は狂喜乱舞した!


――「では、現在江戸に張られている結界について偉大なるこのお方にお話を伺います!」

出入り口の襖が開くと豪華な装飾が施された黄金色に輝く駕籠かごを担ぐ二人がエッサ! ホイサ! と掛け声を合わせ大広間へと入って来た。


作戦会議は続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る