〈地獄絵図〉

 生暖かい風と共に腐臭がより一段と濃くなってくる……

 

江戸、日本橋を起点として各地を結ぶ街道。

目指す 【終着点】 へと近づくにつれ時折空から稲光が走る。

見渡すかぎり色あせた灰色だけの風景が続いていた。


――「うわあ! アレってもしかしてゾンビっスか!」 助さんの視線の先には膨大な数の動く黒いかたまりがあった。

重く低い念仏の様なうめき声が響き地面が震える。


「餓鬼、鬼、まさに地獄絵図でござるな……」 格さんは驚愕する。


「でも見て下さい。ゾンビ共は結界の力で江戸には入れないようです」 杏音は指を差しながら言う。


無数のゾンビ共は、まるでそこに塀や柵があるかの如く、その光り輝く虹色の境界線から先へは侵入出来ないようであった。


「どちらにせよ、この街道から江戸に入るのは無理でござるな。ちがう街道から行くでござる」 格さんがそう言うと正三が声を出した。


「みんな舟で江戸に入ろうよ」 一同は目を丸くして拍手をした。


 七人が乗れる舟を探すのにそう時間は掛からなかった。

一同は川沿いに捨ててあった小舟に乗り込み膨大な数のゾンビの塊をすり抜け川を上り江戸へと入る。


 虹色に輝く結界を抜けゾンビ共から離れるにつれ徐々に人々の姿が見え始めた。そこは灰色の世界であっても時に笑い声が聞こえる極めて活気づいた街並みであった。

 先に高くそびえ立つ城が見え始め、一同が乗る小舟が長く大きな木製アーチ状の橋の下をくぐる。


「【日本橋】 に到着でござる」 舟を漕ぐ格さんが言った。


「うむ。ご苦労であった。ここで降りるのだ」 ご隠居がそう言うと格さんは桟橋に小舟を泊めた。


――「おい! そこの怪しい奴ら!」 早々に武士が近寄って来くるとご隠居がズンズンと前に出て行った。


「……こういう者なのだ」 ご隠居は懐から印籠をちらつかせドヤ顔で言い放つ。


「ななっ! その紋所は! ……ご老公様ーっ! 大変失礼いたしましたーっ!」 武士は三歩後ろへ下がり九十度のお辞儀をした。

町人の野次馬が出始めると遠くから数名の武士達が走って来た。


「お待ちしておりました! 城内にて既に戦の準備が進んでおりますです! 各地より集結した武人も皆、揃っております! です!」 走って来た武士は大声で言った。


ご隠居が頷くとまたまた違う武士達がぞくぞくと馬と馬車を走らせやって来た。


「どうぞ! こちらにお乗り下さいませ!」 その豪華な馬車にご隠居と銀子が乗った。


「オヤジ、失礼するぜ」 トウイチも馬車に乗る。


助さん格さんは手慣れたようにヒョイっと馬にまたがった。


「乗ってみたかったんだ!」 正三は嬉しそうに馬にまたがった。


「私…… ちょっと」 杏音がおどおどすると正三が手を差し出した。


「僕の後ろに乗って」 


「あ、ありがとう」


七名を乗せた馬車と馬は、ゆっくりと動き出した。


――「たしか江戸って馬とか馬車って禁止じゃなかったかな?」 正三が言った。


「状況が状況だからでござろう」 格さんの視線の先には荷台に大砲やら刀などが詰め込まれた馬車が日本橋に向けて数多く集められていた。


「正三さん、乗馬上手いですね」 杏音は後から声を掛ける。


「助さんや格さんの見様見真似…… 楽しい!」 正三はとても嬉しそうだ。


「正三~! お姫様と一緒に落っこちるなっスよ!」 助さんがからかう。


「平気だよ!」


――高い石垣と大きな白い城門が見え始めた。

七人は江戸城へとたどり着く。

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