〈開戦 弐〉

 時をさかのぼる事数刻、清吉と分かれた正三は、ただただ、ぼーっと村外れの丘から遠くの山々を眺めていた。雲がゆっくりと形を変えながら視界から消えていく。東の山の端から太陽が次第に顔を出し始めると霧はまたたく間に晴れていった。正三はその最初の光を全身に吸収させ大きく背伸びをする。


――「二人は起きたかな。のんきすぎるよ。まったく」 正三はそう言いながら丘を後にした。


 村に戻ると早々ゾンビの様なやつれた村の女が手にかごを持ちゆっくりと歩いていた。


「おはようございます」


正三が挨拶をすると女は小さな声で挨拶を返した。籠の中には細い芋だか何かの干からびた根菜があった。


「……昨日、清吉さんから想肉の差し入れはありましたか?」 正三がそう言うと女は目を見開き激しく顔を横に振りその場を去った。


「あ、あのう。行っちゃったよ……」 正三は、あっけに取られながら清吉の家へと戻った。


――「あら、正三様」


「あら、じゃないですよ。二人が寝てる間に皆出発しましたよ」


「何も心配はいらんのだ。余らはここで待つのだ」 ご隠居と銀子は茶を飲みながら言った。


「そう言えば清吉さんが、二人が起きたら例の洞窟に来て下さいって言ってましたよ」


「おほ! 洞窟内での風変わりな朝食も悪くないのだ!」 

三人はすぐに裏口から外へと出るのであった。


 崖にぽっかりと大きく口をあける洞窟。夜と違い不気味さはないが、それでも中は真っ暗だ。


「かなり広い洞窟だったんだ。ご隠居さん、銀子さん足元に気を付けて下さいね」


――「正三よ、待つのだ。こう言う時には……」 ご隠居はそう言うと胸元からゴソゴソと 〈印籠〉 を取り出した。


「うわっ! 光ってるぞ!」 正三はそれを見て驚いた。

 印籠は眩い橙色の光を放ち辺りを照らす。


「舶来物の特別な石で出来た印籠なのだ。これ一つで城が建つのだ! がはは!」 ご隠居は先頭に立ち洞窟内へと入って行った。


水平に伸びた横穴を少しずつ進んで行くと松明たいまつの炎に照らされた人影が曲がり角の先でゆらゆらと壁に映った。


「あの角の先だな。清吉さーん!」 正三が呼んでも返事はない。

三人は灯りの点いた方向へと曲がった……




 異様な空間だった。松明に照らされた人影の様な物は柱に縛られた首のない人間であり、その柱が何本もさされてあった。

 中心にある木製の大きな調理台の上には無数のバラバラにされた手足や山積みにされた臓器などが鋭利な刃物と一所に無造作に置かれていた。

 骨と頭蓋骨そして髪の毛と皮等で出来たであろう置物を祭った奇奇怪怪な祭壇で手を合わす清吉が銀子の悲痛な叫びと共に振り返った。


「……清吉さん。これは」 正三は声を震わせながら言った。


――「合理的かつ効率的だとは思いませんか。こうして時代の先覚者となった私は強くたくましく生き残って行く事が出来るのですよ! この国は変わったのです。まさに地獄! インヘルノの世に!」 清吉は目を細め笑いながら答えた。


ご隠居は絶えず、えずいている。


「人が人を…… こんな事! あっていい訳がない!」

 

「大丈夫。最初だけですよ。なれてしまえば最高に旨い肉なんです。一部の村人は食べようともしない。正三さん、あなたも先覚者となりませんか? 新鮮な想肉は生でいけますよ」 清吉はそう言うと調理台におかれた臓器を口に入れた。


「うわあああっ!」 正三は銀のダガーを握り締めながら清吉に向かって行った!


清吉は正三の腕を素早く掴み血の付いた口を近づけ言う。


「私を殺しますか? 人が人を、あまり変わらない気もしますがねえ。ククク……」 清吉は正三を突き飛ばした。


洞窟の入り口から柄の悪い村人が数人入って来ると三人を囲む。


「正三さん。あなたとは話が合うと思っていましたが残念です…… お前ら! 三人を縛れ! 順に想肉にする」 清吉が言うと柄の悪い村人は三人を縄で縛った。


 清吉は刃物を持ち正三、ご隠居、銀子と順々に刃先を顔の真正面に差し出した。


――「まずは女からだな」 清吉は泣きじゃくる銀子の首筋に刃物を近づける……


――「ばっ! 化物だーっ!」 洞窟に叫びながら村人が走って来た。


「何! クマの奴ら何をしている! お前、三人を見張っておけ!」 清吉はそう言うと洞窟内に一人見張りを残し、柄の悪い村人と共に走って出て行った。


 想肉の洞窟に監禁された三人。山村ではゾンビの襲来が……

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