〈少年の絵〉

 山々にカラスの鳴き声が聞こえる。空は一面真っ赤な夕焼け。


 日の出前から切死端村を出発し、休み無しで黙々と歩き続け、おまけに黒妖犬の脅威にさらされた一行は皆疲れきっていた。


 やつれた道案内の村人は申し訳なさそうに口を開いた。


――「着きましただよ。ワシらの村です」


「申し訳ねえ。ありがとうございますだ」 二人の村人は何度も何度もお辞儀をした。


「昨今では極めて普通の寂れた淋しい村でござるな」 格さんは背中にご隠居をしながら言った。


「もう一歩も歩けませんわ! 汗びっしょりでありんす!」 銀子は派手な着物をほぼ露出させ、杏音を横目で見ながら、その抜群のスタイルを強調させ言った。


「暗れえ村ですんませんだよ。とにかくの家に案内しますだよ」


「せん かく しゃ?」 杏音は聞き返した。


「ああ、村長の事だべ」 村人は、ぽつぽつと歩き出す。


 人の気配のない山村であったが小さな住居を曲がった家の軒先に少年が一人、地面に座り込み絵を描いていた。


「君、絵が上手いね。怖いな。これはゾンビ…… 化物の絵だね」 正三は少年に話しかけた。


絵を描く少年は正三を見てこくりと無表情で頷いた。


「幽霊みたいっスね。斬新な絵っス」 助さんは言う。


 少年の絵は白衣を着た恨めしい顔つきの女だろうか老婆のゾンビが血を流す男の首を持ってたたずんでいる絵だった。


「うむ! 時の災禍を記録として後世に遺す事は非常に大切な事であるのだ。童よ余は感服しておるのだ!」 ご隠居は馬にまたがるかの様に格さんにおんぶされたまま言う。


「たまには良い事言うじゃねえかオヤジ」 トウイチが呟くと銀子が少年の描いた、もう一つの絵を見て言った。


「まあ! ゾンビがバラバラの人間を食べている絵……。 この子、相当病んでるでありんすわ。私気持ちが分かるわ~」 メンヘラ銀子は言った。


――「さあ! もう少しがんばりましょう。置いて行かれますよ」 杏音は先に行く村人について行く。


間もなく一同は先覚者の住居へと案内された。



――「清吉さん、今帰っただよ。村を救って下さる方々も一緒だ!」 やつれた村人が戸を叩くとすぐに男が戸を開けた。


「おお戻ったか! ご苦労様。この方達が例の? よろしくお願いします。さあさあ中にお入り下さい」

 

 先覚者の住居は周りの住居よりも大きく十名程が入っても狭くない立派な作りであった。


 やつれた村人二人は街道から渓流まで一連の出来事を先覚者で村長の清吉に話した。


――「ありがとうございます。私は清吉と申します。どうか村の危機を救って下さいませ」


「想像してた村長と違って驚きです。僕とほとんど歳が変わらない感じですね」 正三が言った。


「いやいや、江戸で少々学び事をして、故郷ここに帰っただけの男です」 村長の清吉は返答した。


「……目が細くて 【キツネ】 みたいっスね。ぷぷっ」


「……聞こえるでござる」 助さん格さんが小声で話す。


――「村の指導者はキツネ顔なのだ! 若いのに立派なのだ! ガハハ!」 毎度空気の読めないご隠居の発言に沈黙が走る。


「ははは、昔よく言われてましたよ。して、ご老人も武術剣術を?」 清吉は言う。


「ゴホン! この方は言うなれば我々の指導者でござる。主に賊を懲らしめるのは拙者、格と助、トウイチ殿と杏音殿でござる」 格さんが言う。


「ほう、確かに、この方々はいかにもお強そうですね」 清吉は細い目をさらに細くして四人を見る。


「強いなんてものではないのだ! まさに殺人まし~んな――」

「――それで清吉さん、賊の詳しい情報を教えて下さい」 杏音はご隠居の発言を中断して清吉に言った。



「はい。賊の頭は 【クマ】 と 【ネズミ】 と呼び合う二人です。毎日のように砦から子分を引き連れては、すき放題やらかしまして……


「……動物が揃いぶみっス。ぷぷっ」


「……やめるでござる」 助さん格さんが小声で話す。



「賊の指導者も動物なの――」

「――村で賊が現れるのを待つよりも、こちらから奇襲を仕掛けた方が良さそうですね」 杏音はご隠居の発言を中断して清吉に言った。



「だな。明日、朝イチで向かうぜ」 トウイチが言った。


「ありがとうございます。今日はこのまま、ここにお泊り下さい。私は夕食の準備をしてきます」 清吉はそう言うと夕食の準備をしに席を立った。


「では皆さん、村をよろしくたのんますだ」 やつれた村人二人も続けて家を出る。


 そして家の中が七名だけになるとトウイチが周りを見る素振りをしながら眉間にしわを寄せた。


「……」


「どうかしましたか? トウイチさん」 杏音が言った。


「妙に胸騒ぎがするぜ…… 清吉って男よ。なあ正三。お前、あいつの動向を探ってくれや」 トウイチは小声で話した。


「え? うん。分かったよ。出来る好青年って感じだけどなあ」 正三は清吉を探しに席を立った。


「では私、村の様子を少し見てきますね」 杏音は切死端の装備を外し外へ出た。

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