〈黒妖犬〉
――渓流
二人のやつれた村人の後を付いていくと流れが急な川に出た。所々に大きな岩が無数にある事から山間部の上流であることが分かる。
――「おい! 臭せえぞ!」 トウイチのゾンビ探知機が突然発動したが正三は冷静に答えた。
「トウイチさん、今の所、大丈夫です。きれいな渓流なんですけどね……」 正三の視線の先には岩に挟まったゾンビの死体、川が浅い場所には体が半分しかないゾンビの死体。深く流れの急な場所には岩にへばり付いたまま動かないゾンビなどが散らばっていた。
「とにかく注意して進むっス」 助さんは言う。
「正三さん、ちょっといいですか?」 暫く口を閉じていた杏音が小さい声で呟いた。
杏音は一同と多少の距離を置きながら正三に話し出す。
「トウイチさんって私に敵対心を抱いているような気がして。確かに私は人を切った事はありませんし、切死端としては経験不足ですが」 杏音は小さな声で下を向き話す。
「あの人、言葉使いが荒かったり、思った事をズバっと言う人だけど、言ってる事は間違ってないし、何よりご隠居さん達もみんな信頼している。僕もね。仲間だよ」 正三は真っ直ぐな目で杏音を見ながら話した。
「私、まだまだ未熟者ですね。変な愚痴を聞いてくれてありがとう」 杏音が正三を見てにっこり笑うと正三は顔を赤くして下を向いた。
「おい! 二人で何を話しておるのだ! ずるいのだ!」 ご隠居が大声で叫びながら二人に近寄ろうとするが銀子が力強く引き止める。
――「うわあ! 河童じゃ!」 突如、先を行く村人が大声を上げ叫んだ。奥の茂みから数体の変色したゾンビが現れた!
「行くでござる!」 助さんと格さんは怯える村人の脇をすり抜け向かって行った!
正三のそばにいた杏音も素早く動き出す。
鉄のナックルが頭をかち割り、青竜刀が首をはねる! そして杏音は銃の先に付いたスパイクで距離をとりながら的確にゾンビの頭を狙い刺す!
「我が軍は無敵なのだ!」 ゲバゲバと笑うご隠居の隣にいるトウイチが眉間にしわを寄せ口を開く。
「おい! 今度は獣臭せえぞ。野良犬でも居んのか?」 それを聞いた杏音が声を大きくして言う。
「気を付けて下さい! 感染した犬! 【黒妖犬】です!」 同時に茂みから明らかに通常種とは違う赤い目をした犬の様な獣が群れで現れた!
「……あの時の、どうべるまんと同じだ」 正三は一歩下がりながらも銀のダガーを握り締めた。
――ガウ! 黒妖犬が群れで襲い掛かって来た!
助さんと格さんは必死で避ける。
「分が悪いでござる…… 奴らの動きは早いうえ、河川の砂利、石で動きづらいでござるよ……」
「まさにピンチっスね! 燃えてきたっス! うおおっ!」 二人は反撃に出るも黒妖犬の狡猾な動きに惑わされる。
正三は、ご隠居と銀子に襲い掛かるゾンビを必死で倒していた。
「正三! デタラメオヤジと姐さんは任せたぜ」 そう言うとトウイチは黒妖犬の群れへとフラフラ向かって行った。
「気をつけるでござる。トウイチ殿。ゾンビと違いこちらの攻撃が当たらんでござる」
――ガルル! 黒妖犬が牙をむき襲い掛かって来ると同時に目にも留まらぬトウイチの仕込刀が動く!
――ギャイン!
「チッ!」 トウイチが舌打ちをすると黒妖犬の尻尾が砂利に転がった。
「惜しいっス!」
「何とかして動きを封じねばでござる」
――「お姉ちゃんの出番だ。よろしく頼むぜ」 トウイチはそう言うと杏音にグーサインをした。
「ええ、そのつもりで動いていました」 辺りに火花と火薬のにおい……
――バルル! 黒妖犬が群れで襲い掛かって来る!
バァーン! 辺りに銃声が響き渡る。
「今です! 皆さん!」 杏音が叫ぶと数匹の黒妖犬が血を流し弱っていた。銃に散弾を詰め、次の準備を素早く行う杏音。
トウイチ、助さん格さんは黒妖犬に止めを刺して行く。銃声が三回続いた頃にやっと辺りは静まり返り、川の流れの音が聞こえて来た。
――「クールだぜ。さすがゾンビハンター」 トウイチは杏音を見て笑みを浮かべた。
杏音は照れくさそうに微笑んだ。トウイチから褒められるとは思っても見なかったのだろう。
「命拾いしたっス。ふう」 助さんは座りこんだ。
「ご隠居! 正三殿!」 格さんが慌てて後を振り向くと疲れ切った正三が手を振る。
隠れていた村人二人がトウイチ達の元へ走って来た。
「あんたら強ええだ! 間違いねえ! 賊なんかコテンパンだよ!」 村人二人は嬉しそうに道案内を再会した。
「ご隠居さん、銀子さん、怪我はないですか? 僕、初めてこんなにゾンビを倒しましたよ。もうヘトヘトです」 正三は言う。
「うむ! ご苦労であった。余はこの通りピンピンなのだ!」 ご隠居は、そのだらしない腹を前に突き出しポージングを決めた。
――「行きましょう」 杏音は正三、ご隠居、銀子に声を掛ける。
黒妖犬の現れた渓流を後にした。
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